第5話 リーヤ、仲間に歩み寄る
「これは、どうしたらいいのでしょうか?」
「えーっとね。うーん、アタイにもわからないの、いえ、分かりませんです。マム、どうしたらいいんですか?」
わたくしは、「ぱそこん」とかいう機械の前で困っていた。
ここ、捜査室では、羊皮紙、そして板に植物紙どころか、電子化とかいって、「ぱそこん」という機械で事務処理を行っている。
わたくしの地元、アンティオキーアでは、一昨年くらいからやっと植物紙が使われだした辺り、植物紙の使いやすさに感動していたどころか、もっと意味が分からない方法で記録をしているのだ。
……此方、いえ、わたくし理解の範疇を超えているのじゃぁ。いえ、越えているのですわ。
「ぱそこん」とやらは、うんともすんとも言わない。
わたくしでは読めない文字が「でぃすぷれー」とかいう物に映っている。
隣の席でぽちぽちと「きーぼーど」とかいう字らしきものがたくさん書かれたボタンがあるものを、睨めっこで押しているギーゼラ。
彼女に聞いても、詳しくは分からないらしい。
頭を抱えて唸っている狼男は、完全にお手上げ状態だ。
「あら、リリーヤ様。お困りですか?」
エレンウェ様は、にこやかな表情のまま、わたくしの机まで来てくれた。
「あ、ここは確かこうですわ? 難しいですわよね、わたくしも、やっと文章を打て出したところですのよ。もうすぐ学校を卒業してくる優秀な事務職の女の子が来ますから、詳しい事はそれからね」
エレンウェ様は、カタカタとボタンを打って、「ぱそこん」を元に戻した。
「ありがとう存じますわ。女性の方が来られるのは嬉しいですね。そういえば、先ほどギーゼラ様がエレンウェ様の事を『マム』と呼ばれていましたが、どういう意味なのですか?」
「あ、『マム』ね。これは、地球の軍隊、警察用語なの。英語という地球でも代表的な言葉だと、男性指揮官の場合は『サー』、女性指揮官は『マム』っていうの。英語ならお母さんを『ママ』とか『マミィ』と呼ぶらしいから、そこからかしら?」
「そうなのかや? いえ、そうなのですね。では、わたくしも『マム』とお呼びすれば宜しいのですか?」
「ええ、そうして頂けると嬉しいですわ」
ニコニコ顔のままのマム。
後から考えれば、この時のわたくしの言い間違いをわざと聞き流してくれたのだろう。
「分かりましたわ、マム。わたくしの事もリーヤとお呼びくださいませ」
わたくしは、マムにリーヤと呼んで欲しい旨を伝えた。
……いちいち「様付け」は、やりにくいのじゃぁ。いえ、やりにくいのでございますわ。
「宜しいのですか? 略称でお名前をお呼びして」
「ええ。ここでは、わたくしマムの部下ですもの」
わたくしは、種族差別や貴族の面倒くさい仕来りがイヤで捜査室で逃げて来ている。
まだ「猫かぶり」状態だけれども、いつまでも御貴族様扱いされるのも、困る。
……本当は、早く地でしゃべりたいのじゃ! でも、いきなり、『のじゃ』とか此方が言えば、皆驚いて嫌われてしまうのじゃ。
わたくしの名前、リリーヤ。
略称がリーヤやリーラ、愛称がリーレンカ、リリューシカなどになる。
……貴族言葉に慣れぬ者に、いきなり愛称は無理なのじゃ。略称でもじゅうぶん砕けて良いのじゃ!
「では、今後はリーヤさんと呼ばさせて頂きますわ」
「あのぉ、アタイもリーヤさんて呼んで良い?」
「拙者もいいでござるか?」
「はい。ギーゼラさん、ヴェイッコさん」
わたくしは、皆に笑顔で答えた。
……ヨシ。これで一歩、皆に近付いたのじゃ!
◆ ◇ ◆ ◇
「え、僕。てっきりリーヤさんが愛称って思ってました」
「ややこしいから、此方言わなかったのじゃ。今回、皆にも初めて言うのじゃ」
わたくしは、勢ぞろいした捜査室の仲間&チエに初めて愛称の事を話した。
「じゃあ、リーヤさんはリーレンカさんって呼んで欲しいのですか?」
「うむぅ、今更タケにそう呼ばれるのも、くすぐったいのじゃ。お父様達もあまり言わぬ言い方なので、もう良いのじゃ。それにその呼び方には正直あまり良い思い出が無いのじゃ」
わたくしは、悲しい記憶がある秘密をぐっと飲み込んだ。
……アヤツの事は誰にも、例えタケにでも言えぬのじゃ。
「リーヤさんがそう言うのなら、僕は今まで通りで良いですよ。ザハール様すら教えてくれなかった話を無理やり聞く気もないですし」
「タケぇ!」
わたくしは、嬉しくなってタケに抱きついた。
……此方の事をいつも大事にしてくれるタケが大好きなのじゃ!
「リーヤちゃん、いまは職務中よ。イチャイチャは、そこまで!」
マムは、わたくしの頭を軽く撫で、タケから離れるように促してくれた。
「はいなのじゃぁ! しかし此方、今もパソコンは苦手なのじゃ。どうしてキーボードは基本英語表示なのじゃ。日本語キーボードで無いと、此方報告書が書けないのじゃ!」
「元は英文タイプライターからだと僕は聞いてますね。最初に開発されたのはアメリカ辺りですから、自分たちが話す言葉に合わせたのでしょうね」
しょうがないので、わたくしはタケから離れつつキーボードへ苦情を言った。
なぜなら、いつも報告書を作るのに随分と苦労しているから。
と言って、今更手書き報告書には戻れない。
……此方、うっかりミス多いのじゃぁ。表計算ソフトの助け借りねば、収支計算なぞ出来ぬのじゃ!
なお、当たり前の様にチエは、わたくしとタケの様子をハイビジョン撮影している。
「リーヤ殿は、くるくる表情が変わる上に可憐じゃから撮影栄えして良いのじゃ!」
……この悪魔めぇ。此方、恥ずかしいのじゃ!
わたくしは、チエにアカンベをする。
それも、チエはニコニコしながら撮影しているのは困ったことだ。
「そういえば、最初の事件の報告書。形になっていなかったわよね、リーヤちゃん」
「確か、ここに来てわたしの最初の仕事は、リーヤお姉さんの報告書修正でしたぁ」
マムとフォルが、わたくしの顔を見て笑う。
「しょ、しょうがないのじゃ! 此方、あれが最初の事件だったのじゃぁ!」
「リーヤさん。それはどういう事件だったのですか? 無理にとは言いませんが、教えてくれますか?」
「リーヤ様、自分も知りたいです。自分、まだまだ全然捜査室の仕事が分からんのです」
タケは、ちょっと心配そうな顔で聞く。
たぶんさっきの「話したくない」事を気にしているのだろう。
……ブルーノは、ただの興味本位じゃな。過去記録調べれば簡単に分かる事件じゃし、スダレンコフ子爵達ら帝国内中立派には一切関係ない話なのじゃ。
「しょうがないのじゃ! 此方、話すのじゃ!」
わたくしは、ちょっと困った事になった事件を思い出した。
「リーヤ殿はワシと同じく、今まで友達関係が少なかったのかや?」
まったく無かった訳でもないですが、近い年齢の子達と遊んだ経験は少ないですね。
「ふむぅ。もしや、リーヤ殿が話したくない件とは……?」
その事は、次もしくは最終章まで「お預け」です。
しばらくお待ちくださいね、チエちゃん。
「うむなのじゃ。では、ワシ楽しみに待つのじゃ!」
では、明日の更新をお楽しみに。




