第6話 新米捜査官は、幼女の見合い相手と対面する!
「始めまして、リリーヤ。ボクはイワン、イワン・ニコラエヴィチ・ヴェリーキーと言います」
今日はリーヤの見合いの日
今、リーヤの対面に座る男が軽薄そうに話す。
「リリーヤ、実にキミは愛らしい姿をしているね。それに素晴らしい知性・魔力の持ち主と聞く。是非とも我が家に入って頂き、その美貌と知性を生かして欲しい。もちろん、結婚はキミが大人の姿になってからだ。大丈夫、それまでキミに手を出す気は無いよ。婚約だけしたら良いからね。ボクの予言だと、キミはボクに惚れるはずさ」
……ナニ、コイツは言っているんだ? その風貌でリーヤさんが惚れるとでも思うのか? そりゃ僕は童顔なだけの平凡な日本人だよ。でもね、アンタ程年齢もいっていないし、醜く太ってもいないぞ。それに予言ってバカか?
イワン、まさしくイワンの馬鹿って言いたくなるヤツ。
身長はいいとこ160cm、体重は絶対100kgは越えている。
年齢はヒト族なら五十路くらいで、ザハールよりも歳上に見える魔族。
その無能かつ愚かな雰囲気、まさに暗君という感じだ。
「お褒めに頂きありがとうございます、イワン様。貴方様のお父様が中央で要職に御付と聞いておりますが、貴方様はどちらでお働きなのですか?」
リーヤは笑顔の仮面を被ってイワンに対峙している。
……ああ、僕は後でリーヤさんからいっぱい苦情を聞かなきゃならないんだろうねぇ。
僕は屋敷に来た翌日、リーヤにザハールから夜に聞いた話をそっとした。
それを聞いたリーヤは僕に嬉しそうに抱きついた後、ザハールの居室へ御淑やかさを失わない程度の最大速度で歩いていっていた。
翌々日、朝のザハールの表情がいつも以上に晴れやかだったのは、多分父娘の心がお互いに通じたからだろう。
……だからこそお父様の顔を潰さないように、リーヤさんは精一杯がんばっているんだろうけど、限界も近いかもね。
「ボクかい? ボクは何もしていないのさ。優雅に美を眺めるのがボクの仕事。あくせく働く事なんて、庶民や下級貴族がやっていればイイ事さ。ボクら上級貴族は、彼らがやっている事を見ているだけでいいんだよ」
「あら、イワン様。それでは毎日お暇でしょ? わたくし、今はポータムで公安のお仕事をしていますの。毎日、色んな事件が起こって大変ですが、皆様の安全を守れる仕事をやっていますわ」
……うわー、ものすごい皮肉言っているよ、リーヤさん。こりゃ、導火線にいつ火が着いても可笑しくないぞ。
「それは大変だね。でも、リリーヤのような綺麗な子がそんな危険な事をしなくてもいいんだよ。だから早くボクの婚約者になれば良いんだ。そうしたら、働く事もなく、毎日優雅に暮らしていけるのさ」
イワン、事前に僕がマムから聞いていた情報以上に腐れきっている。
中央官僚の息子で、既に何人も嫁を交換しているらしい。
事故や病死と聞いてはいるが、本人を見るに何か裏があったのではと思ってしまう。
これは、本当ならザハールもリーヤに会わせたくなかったのだろう。
しかし、おそらくイワンの父親を経由して中央からなんらかの圧力があったに違いない。
だから、会うだけで返事はすぐにしなくても良いという確約を貰ってリーヤに会わせたはず。
しかし、イワンはすぐに婚約を望んでいる。
明らかに話が変わっている。
……本当にコイツ、上級貴族の魔族かよ? 僕が見ても大した魔力を感じないぞ。しかし、後に立っている側近の爺様の方が怖いな。
「あら、イワン様は、わたくしのようなお子様と婚約なさるのですか? では、イワン様の経歴に傷が付きますわよ。お子様を手篭めにするために婚約を申し込んでいますって」
「いえいえ、リリーヤ。ボクとキミの愛情の間には年の差なんて無いのさ。ボクの予言だと、キミとの間には二男三女の子供が生まれる事になっているんだからさ」
……さっきから、イワンの馬鹿。予言がどーのとかばかり言っているけど、予知能力なんてコイツにある筈ないじゃないか。
「イワン様は先程から予言を申されておりますが、それは何方が予言されたものかしら。わたくしの未来予定には、そのような事は一切ございませんが」
……あー! リーヤさん、とうとうぶち切れて、アンタとは結婚なんてしないぞ、って言っちゃったぞ。
「それは変だねぇ。予言はボクがするもの、今までは100%予言どおりになってきたんだよ。ボクのジャマをしてきた政敵は皆勝手に事故死しちゃったし、欲しいものは全部ボクのものになってきたんだ」
……あれ、これって犯罪の臭いがしませんか?
「これまでも沢山の女の子たちと結婚してきたんだ。皆かわいそうに早く亡くなってしまったんだけど。まあ、誰もちょうど飽きてきた頃だったけれどね。だからね、リリーヤ。キミはボクのお嫁さんになるんだ。そして今度こそボクは子供をいっぱい作るんだ!」
……リーヤさん、ごめん。そろそろ僕は、我慢の限界です。リーヤさんの前に僕が暴れます。
こんな破廉恥で犯罪犯す様なジジイにリーヤさんを渡せません!
リーヤの後方で使用人の振りをしていて立っていた僕は、脚をもつれさせたように見せて派手に転んだ。
がしゃーん!
僕は転ぶ時に横を通っていたトレーを巻き込み、食器を割らないようにキャッチしながら金属トレーだけをぶつけて派手な音をさせた。
「なんだ? そこの無様な使用人は? ザハール殿、そちらの使用人はなっておりませぬな。ボクが一世一代のプロポーズをしている最中にジャマをするなんて」
「申し訳ない、イワン様。おい! 早くそこを片付けするんだ! ナニ? せっかくお入れした特級の茶葉が全滅しただと? イワン様、急な事で申し訳ありませんが今日の会合は、ここまでにさせて頂けませんか? 準備を再度行いまして、もう一度お見合いとしたいと思います」
ザハールは僕の顔を一瞥し、僕の行動の意図を察知してくれた。
「そ、そうか。今日は顔合わせも出来た事だし、見合いはまたの機会にしようぞ。では、リリーヤ。またお会いする時までご健勝であられますように」
「はい、イワン様も事故なぞに会いませぬよう、お気をつけて下さいませ」
そして、イワンは僕の方をぎゅっと見てから立ち去った。
その時、イワンの後方にいた側近らしき老魔族からも僕に視線が来る。
老魔族の視線はイワンの比では無く、文字通り突き刺さるような冷たいものだった。




