第3話 リーヤ、1人ぼっち
「そういえば、共通語でもリーヤさんの話し方はかなり古風ですよね。日本語でも古風っていうか、ちょっと変わった感じで……」
「日本語の場合は、意図的に『のじゃ』にしたのじゃ! 此方、アニメで見た『のじゃロリババァ』が此方に似ていおったから、真似たのじゃ!」
タケは、恥ずかしがって逃げたわたくしをお姫様抱っこしたまま、皆のところまで連れて行ってくれる。
……お姫様抱っこされるの、夢じゃったのじゃ!
わたくしは嬉しくて、更にタケに抱きつく。
「お姉様やお兄様が家から離れた後、此方は1人になってとても寂しかったのじゃ。お父様は、ちゃんとお相手してくれたのじゃが、お忙しい身で無理は言えなんだ。その上、あの時期のお母様は変じゃったから……」
「ええ、そのあたりの事情は僕も良く知っています」
わたくしは、寂しかった過去を思い出す。
「じゃから、此方は当家で働いておった執事と仲良くなったのじゃ」
◆ ◇ ◆ ◇
「ドナート! ドナートは、何処なのじゃ!」
わたくしは、はしたないと思うも、執事のドナートを大声で呼んだ。
「はい、リーヤ姫様。ワシは、こちらですのじゃ!」
ぽたぽたと廊下をゆっくり歩くドナート。
顔や手、見えるところに沢山傷跡があり、片足を引きずるその歩みは遅々としている。
「ドナート! 此方は、其方が何処にいったのかと。もしや屋敷の何処かで倒れているのでは無いかと心配したのじゃぁ!」
わたくしは、ドナートに飛びついた。
「おやおや、姫様。はしたないですのじゃ。それにそのようなお話し方では、お母様に怒られますのじゃ」
「良いのじゃ! 此方、其方のマネをしておるのじゃ!」
やせ細り、高齢のドナートは少しふらつくも、わたくしをしっかりと受け止めてくれた。
ドナートは祖父の代からペトロフスキー家に仕えていて、つい先日まで父の筆頭執事をしていた。
しかし、最近は老化も進み、過去の戦傷もあって身体が思う様に動かなくなったため、領主筆頭執事の座を後継者に譲り、わたくし担当の執事となった。
「それでは、リーヤ様と一緒にワシも領主様に怒られますのじゃ」
「そ、それは困るのじゃ! 此方、お父様たちの前ではちゃんと話すのじゃ!」
傷と皺だらけの顔を笑みで満たしながら、傷だらけでも暖かい手でわたくしの頭を撫でてくれるドナート。
わたくしは、この老騎士がとっても大好きだった。
甘やかすだけでなく、貴族令嬢としてちゃんと言うべき事、やるべき事を教えてくれた。
一時期は、忙しい父母よりもドナートと過ごす時間の方が長かったくらいだ。
特に口うるさい母からは、意図的に逃げていたし。
そんなだから、わたくしはドナートの話し方もマネをして、古風な言い回しを随分と覚えた。
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しかし、時の流れは残酷だった。
「ドナート、ドナート! 死んではならぬのじゃ! まだ、此方の側に居るのじゃ!」
「ひ、姫様……。申し訳ありませんのじゃ。ワシは、最後に姫様のお側に仕えさせて頂きまして、とても幸せじゃったのじゃ。出来ますれば、姫様の縁談を見てみたかったのじゃ」
ドナートは死の床に居た。
いかな魔族種とも言えど、無限の寿命があるわけではない。
過去、わたくしの祖父を庇った際の戦傷がドナートの身体を蝕んでいた。
そしてある冬、流行り風邪がアンティオーキア領内に蔓延した。
もう生命力が少なかったドナートは、あっけなく軽い風邪から肺炎を起こし、倒れた。
ドナートの容態は一進一退を繰り返し、一度は持ち直したかのように見えた。
しかし深夜、ドナートの容態は急変した。
「ドナート! しっかりするのじゃ! 此方、ドナートには此方の子も面倒見て欲しかったのじゃ!」
「は、ははは。ワシも出来ればそうありたかったですのじゃ。じゃが、ヒトは老いや病からは絶対に逃れられぬ。姫様、ワシに近付くと危ないのじゃ……」
涙が止まらないわたくしに対し、弱弱しい声で話すドナート。
ドナートは、わたくしを感染症から守るように、優しい魔力でわたくしを覆い、自分から遠ざけた。
「ドナート、ドナートぉ!」
わたくしは、医師や看護士、執事、側仕え達によってドナートの病室から追い出された。
「ドナートぉ!」
〝姫様に、今後良き出会いと幸せが訪れますように……〟
「どぉなぁぁぁとぉぉぉ!」
朝を迎える直前、ドナートは息を引き取った。
約500年を越える波乱の生涯だったと、後から父に聞いた。
そしてこの頃、わたくしはある男の子と出会い、その後別れた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ドナートは、此方にとって第二の御爺様でもあったのじゃ!」
「随分、ドナートさんに可愛がられたんですね。」
タケは少し涙ぐみながらも、温かい手でわたくしの頭をずっと撫でてくれる。
その手は、ドナートの事を思い出させてくれる。
「タケみたいに、いつもこうやって頭を撫でてくれたのじゃ! 此方、これが大好きなのじゃ!」
「そうなんですか。じゃあ、今は僕がドナートさんの代わりですね」
タケは、わたくしをお姫様だっこから下ろした。
「それは違うのじゃ! ドナートはドナート、タケはタケなのじゃ! ドナートとはキスは出来ぬのじゃ!」
そう言って、わたくしは背伸びして奇襲気味にタケに軽くキスをした。
「り、リーヤさんたらぁ。油断も出来ませんよぉ!」
「うふふなのじゃ! しかし、タケ。少し縮んだのかや? 此方、背伸びが楽じゃったのじゃ!」
真っ赤な顔のタケ。
その様子が面白くて、わたしは口元を両手で覆いながら笑った。
前までなら、思いっきり背伸びしなければ届かなかったタケの唇に、今日は普通に背伸びをしたら届いたのだ。
「それはリーヤさんの背が伸びたからですね。良かったです。順調に成長なさっているのですから」
「そうなのかや? 捜査室に帰ったら身長測るのじゃ!」
「あ、じゃあ、お正月のケーキで太ったっていうのは成長したからでは?」
「それとこれとは、違うのじゃ! 乙女の体重を見るのはタブーなのじゃぁ!!」
わたくし達は、賑やかに話しながら射撃ブース横の机で休憩中の仲間の下へ帰った。
……ドナート。此方は、どこか其方と似た者を伴侶として見つけたのじゃ! 天空から此方人等をずっと見守って欲しいのじゃ!
「ふむ、自分を大事にしてくれた老騎士の話し方を真似したのじゃな。リーヤ殿にも悲しい別れがあったのじゃ」
ええ、チエちゃん。
生きている以上、長短はあれ必ず死、別れからは逃れられませんからね。
「ワシも多くの別れを経験したのじゃ。初めての娘、友。娘との別れは、特に辛かったのじゃ!」
外伝で語られていた事ですよね、チエちゃんがチエちゃんになった切っ掛けの。
「そうなのじゃ! 娘との出会い、そして一緒に暮らすことで、ただの魔神だったワシは、母となり、ヒトに成れたのじゃ!」
娘さんとのふれあいが、慈悲深いチエちゃんを生み出したのですか。
今度落ち着いたらチエちゃんの過去、もっと知りたいです。
「ウム、いずれは作者殿にも語るのじゃ!」
作者の頭の中にいる子達、この子達にも皆人生がある。
できれば、全部の子達が幸せで居て欲しいと思うのは、作者がリアルで父親だからなのでしょうか?
とある小説解説で、作者の感性はかなり女性よりってのは思いましたけどね。
「作者殿は、ワシらにとって父であり母なのじゃ! しっかりするのじゃぞ!」
はい、頑張って物語を紡ぎます!
「では、明日の更新をお楽しみになのじゃ!」




