第4話 新米捜査官は、幼女に泣きつかれる。
「えっと、魔法円の仕様はこれで良かったんだよね、確か」
僕は今、領主ザハールの屋敷内にあてがわれた部屋にて、魔法の準備をしていた。
「これが周囲の環境マナを集める術式、えっと、これがマナを特定の術に変える術式、この場合は魔力付与の物質構造強化っと」
机の上に特殊インクでプリントされた魔法円、そこに少しずつ自分の体内からマナを注ぐ。
体内マナコントロール、やり方はこちらに来てから、リーヤに教えてもらった。
「丹田とかクンダリーニに理論が似ているんだよねぇ。多分、元は同じものなんだろうね」
「気」のコントロールは、古来よりアジアである程度の理論化はされていた。
それが、異世界の魔法と関連がある事が分かり、近年研究が進んでいるとも聞く。
「僕レベルの魔力量で起動できる魔法図式が印刷で出来るだけでも、随分の進歩だね。さあ、ここに銃弾を置いてっと」
僕は、魔法円の中心にライフル徹甲弾を置いた。
「で、マナ充填スタートっと!」
僕は、魔力徹甲弾を作る魔法図式を完全起動させた。
マナの輝きが銃弾の周囲を舞う。
「これで、一晩で一発完成っと。僕のマナ量と制御能力じゃあ、これで精一杯だもの。自動で朝には出来上がるだけでもマシだよね」
銃弾の扱いに関しては、ヴェイッコでは魔力が使えない、リーヤには触らせるのが怖いしマムも許可を出してくれない。
いうまでもなく、術系統が違うマムやギーゼラには頼めないし、マナが術を使うのに足らないキャリロン、銃には全く関係ないフォルにも任せられない。
結局、僕が自分で加工するしかない訳だ。
つぎ込むマナを間違えれば、炸薬が異常発火する危険性もある訳だし。
「夜分申し訳ないのじゃ。入ってよいか、タケよ」
僕が作業を終えて眠る準備をし始めたとき、ドアがノックされ、リーヤの声が聞こえてきた。
「はい、良いですよ。いえ、どうぞリリーヤお嬢様」
僕は急いで余所行きの共通語に会話を切り替えてドアを開いた。
「タ、タケぇぇ!」
するとリーヤが僕に飛び込んできた。
「り、リーヤさん?」
僕は急いでドアの向こうを確認したが、そこは無人だった。
「一体どうされたのですか? お嬢様が側仕えも伴わずに、深夜に男の部屋に入るなんて」
「じゃって、じゃって、この家では誰も此方の事を愛してくれぬのじゃぁ! もう此方には其方しか大事にしてくれるものは、居らぬのじゃぁぁ!」
そう日本語で叫んで僕の胸の中で泣くリーヤ。
「リーヤさん、それは無いと思いますよ。少なくともお父様はリーヤさんの事を愛してくださってますよ。ただ、家や領地を守る為に愛する事を見せにくいのと、多分不器用な方ではないかと思います。僕の父も、すぐに照れくさくなって逃げてましたよ」
僕は、リーヤさんをベットの方へ案内しつつ、日本語で優しく話す。
どこの父親も愛する事に関しては不器用だ。
特に思春期真っ只中の娘に対しては、どう扱っていいのか困っているらしい。
……僕がリーヤさんの父親だったら、猫かわいがりするか、触れるのが怖くてどうしたら良いのか分からないか。そのどっちかだろうね。
「そうなのか? お父様は、お母様に反論してはくれなかったのじゃぞ?」
涙に濡れた顔で僕を見上げるリーヤ。
「それは部外者の僕のいる前で領主婦人に恥をかかせる訳にもいかないからでしょう。第一、リーヤさんの家出先を既知のマムにしてくれた段階で大事に思っていない訳無いですよ」
……娘の家出を黙認しつつ、保護先にマムを指定して世界を見る経験をさせてくれている段階で、駄々甘のパパだと僕は思うぞ。
「そ、そうなのかや? 此方はお父様を信じて良いのかや?」
「ええ、信じてあげてくださいな。後、今日お母様にリーヤさんが言い勝った時も、リーヤさんを叱らなかったでしょ。多分、お父様も日頃からお母様の言動に思うところがあったのだと思いますよ」
僕の言葉にハっとし、泣き止むリーヤ。
「確かにそうじゃ。タケが居る前で親子喧嘩をしたのに、その事では此方は咎められておらぬ。そうか、お父様もお母様に困って居ったのじゃな。お母様、昔はあんな風ではなかったのにじゃ」
僕に抱きついたまま、寂しそうな顔をするリーヤ。
……子供の高い体温が気持ち良い。もし僕に娘が出来た時に抱いたら、こんな感じなのかな?
「もし良かったら聞いて良いですか? お母様とは一体何があったのですか?」
「うむ、こちらこそタケには聞いて欲しいのじゃ。もう随分と前の話じゃ……」
◆ ◇ ◆ ◇
リーヤは僕の横にくっついて話す。
「此方には、お姉様とお兄様がおるのじゃ。あれは、お姉様の結婚の時の話じゃ」
貴族、それも領主の娘となれば、家同士が政略結婚としての扱いになるだろう。
しかし、リーヤの姉は自分が貴族学校時代に知り合った男性と恋仲になってしまい、結婚前に子を成してしまったのだ。
「あの時のお母様の落胆した、そして怒りに満ちた顔は怖かったのじゃ」
リーヤ姉の恋仲になった男性は同じ魔族で帝国北方の領主の息子、しかし三男坊で家督とは全く関係ない事務官向きの男性だったのだ。
家の都合からすれば、両家とも思惑から大きく離れている。
しかしながら、寿命の長さからか妊娠の可能性が著しく低い魔族。
ならば妊娠してしまった胎児を下ろす選択肢は、あり得ない。
領主子息同士の結婚、更に子作りの相性が最適ということで、なんとかお互いの立場は守られはしたそうだ。
「その後はお兄様じゃ。お兄様は魔力もそう多くなく、性格も大人しくて文官向きじゃ。お母様、今度は家督をなんとかしてお兄様に継がせるために色々とやっておったのじゃ。しかし、お兄様はそのプレッシャーに負けて壊れそうになり、お姉様やお義兄様の伝を使って中央へ逃げて行ってしまったのじゃ」
義兄、兄ともに文官系。
そこで帝国皇帝に仕える高級文官として共に働いているそうだ。
「お姉様だけで無く、お兄様にまで逃げられてしまったお母様は、ますます壊れてしまい、此方に重圧をかけるようになったのじゃ!」
そしてリーヤに厳しい花嫁修業という名の苦行が与えられ、最終的にリーヤも母から逃げた。
「お母様の考えも全く理解せぬ訳でもないのじゃ。じゃが、家の、そして領地の事をいきなり此方に全て背負わせてくるのは困るのじゃ。此方が大人になれば、領主の補佐として相応しい男性を宛がわれ、息苦しい貴族社会で生きるしか無くなるのじゃ」
車の中で、僕は簡単にリーヤの立場を大変と言った。
しかし、現実は更に厳しいものだった。
……リーヤさんには子供で居られる時間が短かったんだね。お姉さん、お兄さんがどう扱われるのか見ていたら、無邪気じゃいられないよ。
僕はリーヤが可愛いだけでなく哀れに思い、彼女の頭を撫でた。
「タケ、ありがとうなのじゃ。此方はこういう触れ合いを皆としたいだけなのじゃ。本当は、いつまでも子供のままで居たいのじゃ。じゃから、ここ二十年程、此方は一切成長をしておらぬ。魔力が半分暴走して此方の身体を小さいままにしておるのじゃろう、というのがマムや主治医の見立てじゃ」
僕は、びっくりしてリーヤの顔を覗き込んだ。
「そう、びっくりせんでも良いのじゃ。今はもう大丈夫なのじゃ。タケに話を聞いてもらったから、心も落ち着いたのじゃよ。此方、タケと一緒に居られるなら、大きくなれるかもなのじゃ!!」
涙で泣きはらした顔で僕に笑いかけるリーヤ。
その笑顔は痛々しく、しかし綺麗に見えた。
「自動車の中で言いましたが、もう一度宣言しますね。僕、守部武士はリリーヤ・ザハーロヴナ・ペトロフスカヤと生涯を共にします。もちろん結婚は無理ですが、従者として、友人として一生共に貴方の後ろを歩ませて下さい」
「タ、タケ。うわぁぁぁーん」
僕にしっかりと抱きつき、大泣きを始めるリーヤ。
僕はリーヤの背を左手でぽんぽんとしながら、右手で彼女の頭を撫でた。
その内、リーヤから泣き声は消え、寝息に変わっていった。




