第16話 新米騎士爵は、予告状を鑑定する。:その2
「では、タケ。説明を御願いね」
「はい、マム」
鑑定をした翌々日、ブリーフィングルームに皆を集めて、僕は鑑定結果の説明を始めた。
「今回、殺人現場で発見されました怪盗からの予告状を鑑定したところ、様々な結果から殺人犯が怪盗アローペークスことルカ・ウゥルペスでは無い事が確認されました」
「やっぱりルカお兄ちゃんは、人殺しなんてしていなんだぁ」
フォルは嬉しそうな顔で僕の方を見た。
「フォルちゃんはルカ殿を信じておったのは、正しかったのじゃ!」
フォルの横に座るリーヤは、態々立ち上がって嬉し涙を溢すフォルの頭を撫でた。
「リーヤお姉さん、それにタケお兄さん。ありがとうございましたぁ!」
「いえいえでございます、お嬢様。さて、説明を続けて宜しいですか?」
「はいですぅ」
「はいなのじゃ!」
美少女2人からの元気な答えがあったので、僕はマムの方を一瞥して説明を続けた。
「では、前のモニターをご覧下さいませ」
僕は前面モニター画面に予告状の拡大写真を映した。
「この予告状カード、ヤギ革の羊皮紙で作られています。この表面に紫外線に反応する汚れらしきものがありましたので採取し、地球の警視庁科学捜査研究所DNAラボに送りました。DNAに関しては採取がされなかったものの、汚れは汗と判明、血液型はO型と確認されています」
汗には血液型を表すアミノ酸が含まれるものの、DNA情報を示す細胞片は存在しない。
これが血液等細胞が含まれる物であればDNAが採取できる。
「ついでに言うなら、微妙にヒト族とは血液型が違うっぽいの。獣人族や魔族種等との違いは、まだ研究中ね。それとガイシャの爪の間に皮膚片があったから、これはDNAラボで検査中よ。血液型はO型、男性というのまでは確認済みね」
DNAラボからの詳細データを見たキャロリンが補足説明をしてくれた。
地球の研究者と異世界人との接触例はまだ少なく、血液型も研究の途上らしい。
なお、殺される際に被害者が防衛の為に犯人を引っかく例は多々あり、その場合爪の間から皮膚片が採取され、DNA判定から犯人の識別に用いられる。
「続きまして、表面から指紋を多数採取いたしました。その一部は被害者の顔周辺から採取された指紋と一致、殺人犯がこのカードに触れた事が分かりました。なお、怪盗アローペークスは映像の通り手袋を使用しています」
怪盗は、映像及び僕の眼で白い鹿皮らしき手袋を使用している事が確認済みだ。
「そして、これが字を書いた部分の拡大写真です。よく見ると宛名の部分だけ、インクの色が微妙に違います」
他の文面、「お宝を盗みに参ります」等の部分と、今回の被害者名「ヤニス・ムスコス」の字の色が微妙に違う。
被害者名の部分だけ、少し紫色っぽいのだ。
「この字の部分に赤外線を当て反射光を分析したものが以下です。上が『お宝』の部分、そして下が『ヤニス』の部分です」
前面モニターに2つの赤外線スペクトル画像が表示される。
可視光に近い近赤外線から電波に近い遠赤外線までの波長ごとの吸収スペクトルだが、2つは微妙に形が異なる。
「これが無地部分の赤外線スペクトル。コレを差し引いたのが、それぞれの赤外線スペクトルです」
「なるほどね、全然違うわ。お見事よ、タケちゃん」
「全然違うのぉ」
「びっくりでござる」
「アタイもおどろき。地球の科学ってすごいんだね」
すっかりびっくり顔のチームの仲間達である。
「此方の婚約者たるタケは、凄いのじゃぁ!」
自分の事の様に自慢顔のリーヤ、それは実に可愛くてたまらない。
「お褒め頂き、ありがとうございます。まず上の字ですが、顔料インク。科捜研にあるデータと比較の結果、日本の文具メーカーの一般的な万年筆用インクである事が確認されています」
赤外線スペクトルは、使用している顔料によって異なり、そのデーターは科捜研レベルでは全て網羅されている。
「続いて、下の名前の部分、こちらのインクは染料インク。古典的な没食子インクでした。その為に羊皮紙の字が書かれた部分だけ『なめし』された状態になっています」
没食子とはブナの木に出来るハチの一種が寄生して出来た瘤。
ここには大量のタンニンが含まれており、それと鉄イオンやアラビアゴムを合わせたのが没食子インク。
没食子インクで皮に書いた場合は、書いた跡がタンニンで「なめし」た状態となり、そこに書いた字は千年単位で残る。
なお、紙に没食子インクで書いた場合は、インクの酸性により紙が腐食する。
更に万年筆にも向かないため、近年では中和をして酸性を下げたものが羊皮紙用インクとして用いられているとか。
「おそらく書いたのは羽ペンでしょうか。ペン先が違うのが書いた跡からも分かりますね。なお、筆跡鑑定も科捜研に御願いしましたが、2つの字は別人が書いた物だろうという簡易判定が来ています」
「では、これは元からあった怪盗の予告状を書き換えた物なのね?」
「流石はマム。もうマムから答えが出ていますが、こちらが紫外線照射下での拡大写真です。ガイシャ名の下に書かれた文字が見えますね」
紫外線を照射された予告状、ガイシャ名の下にあったのは……。
「ヴラドレン・チェルヌイフ。つまり、これは金貸しに対して出された予告状を利用したのね。書かれた名前を削って、上から名前を書き直したと?」
マムの問いに、僕は頷く。
羊皮紙に書かれた字を消すのは、海綿やナイフ、紙やすりで削る。
過去、羊皮紙は貴重品だった為、書き直し、上書きは頻繁に行われており、上書きされた羊皮紙写本をパリンプセストというそうだ。
「はい。これらから、今回の殺人事件にはヴラドレンが何らかの関係をしており、ヤニスを怪盗が殺したかのように工作をされたものと思われます」
「ありがとう、タケ。これで殺人事件とヴラドレンに関係がある事が立証されました。皆、ここからは足を使って証拠を集めますわ!」
マムは凛とした声で僕達に命令を出した。
「ギーゼラ、ヴェイッコは下町での聞き込みを御願いします。わたくしとリーヤは貴族街で調査をします。タケはフォルちゃん、キャロと一緒に、孤児院でルカ君の過去に何があったかを調査お願いね。では、全員出動よ!」
「アイ、マム!」
……さあ、事件の真相を掴むぞ!
「タケ殿、見事な科学鑑定なのじゃ! こういうドラマをワシは見たかったのじゃ!」
ええ、チエちゃん。
一見地味ですが、こういうシーンがあっての科学捜査ドラマです。
なお、皮ですが私達が使う場合は大抵「なめし」という処理をされて革製品になっています。
タンニンやクロム系薬剤を使う事で、皮のコラーゲン組織を腐敗したりせず、耐水性もある安定したものへと、皮膚から革へと変貌させています。
羊皮紙は、なめしがおこなわれておらず、伸ばして乾燥させたものなので、水分には弱いです。
「補足説明、ご苦労なのじゃ。さあ、明日の更新が楽しみなのじゃ!」
では、明日のお昼12時過ぎに、またお会いしましょう!




