第15話 新米騎士爵は、予告状を鑑定する。:その1
「では、始めますか!」
無人のラボに入った僕は、気合を入れるために声を上げた。
久しぶりの白衣を着ての仕事だ。
「現場は荒らされていたから、指紋も証拠も怪しいし。イイところ、殺人犯の足跡くらいだよね」
殺人現場は、僕達が向かう前に毎度ながら多くの人々が立ち入っており、証拠に使えそうなモノはあまり無い。
せいぜい、犯人が刺殺した際に被害者の出血で残した足跡くらいだ。
足跡のサイズからは、犯人が子供や女性では無いだろうという事しか、今のところ分かっていない。
これが地球でなら履物のメーカーなども分かるのだが。
……このまま白衣着ないで事件解決していたら、ホレイショさんみたいになっちゃうよ。まあ、マイアミの雰囲気は本家のラスベガスよりも好きだけどね。
「で、何から始めるのじゃ?」
「そうですねぇ? まずは、表面観察、指紋の採取、表面からの人間由来DNA採取からでしょうか……! って、どうしてリーヤさんがラボに居るのですか?」
僕は、誰も居ないはずのラボにリーヤがいるのにびっくりした。
「此方、事務所から追い出されてしもうたのじゃ!」
リーヤの話によると、事務処理が出来ない彼女は、事務が忙しいフォルやキャロリンにずっと話しかけて2人の仕事を邪魔していたので、マムに叱られてこっちを手伝って来いといわれたんだそうな。
「もうしょうがないリーヤさんですね。では、せっかくですから、こっちを手伝ってもらいますか。では、この白衣を着て手袋もしてください」
「はいなのじゃ!」
僕は嬉しそうにしているリーヤを見て、苦笑しながら何がリーヤに手伝ってもらえそうか考える。
裾を捲り上げても、布地が余ってダボっとした姿のリーヤが、いつもよりも幼く見えてとても可愛い。
……多分、リーヤさんが出来そうな仕事は無いよね。まあ、話し相手をしてもらいましょうか。
「では、リーヤさんは僕の作業の補助を御願いします。まずは、そこの紫外線ランプを持ってきてください」
「これなのかや?」
「はい、そうです。リーヤさんは、このグラスを掛けてください」
僕は、リーヤにオレンジ色をした保護グラスを渡した。
「掛けたのじゃ。では、何をするのかや?」
「まずは、このカードに紫外線を当てて表面を観察します」
僕は、怪盗からの予告状に紫外線を当てた。
「何か表面が光っておるのじゃ! あと、ここの字が少し変なのじゃ」
「これは何かの液体が付着しているかもですね。一応、綿棒で拭って地球のDNAラボに送りましょうか。字の部分は後から調べましょう」
僕は羊皮紙カードの表面を薄く水で濡らし、それを綿棒で拭った。
「これで何か分かるのかや?」
「うまくすればカードに最後に触った人の情報が得られるかもです。まあ、望み薄ですけどね」
捜査室に来る前に予告カードは多数の人間によって触られている。
ポータム騎士団や警察は、証拠を触る際には手袋をするように教育を受けているので大丈夫だけれども、それ以前に触っている人物がどれだけいるか分からないからだ。
もちろん僕もちゃんと手袋をして作業中だ。
「では、今度は指紋を取りましょう。リーヤさん、そこのガラス容器を開いてください」
「この透明の容器じゃな」
僕はガラス容器の中央から吊るした紐の先にあるクリップに、ピンセットで摘んだカードをセットした。
そして容器内のホットプレート上のアルミ箔容器に、「とある」液体薬品を数滴落とす。
その後、容器の蓋を閉めて、ホットプレートの電源を入れた。
「一体何が起こるのかや?」
「リーヤさん、見ていてくださいな。今からこのアルミ箔容器から白い煙が上がってきますよ」
「本当なのじゃ!」
しばらくすると、モクモクと白煙が容器内に充満する。
「もう良いかな?」
数分経過して白煙が落ち着いた頃、僕は容器を空けて、そこからカードをピンセットで摘んで取り出した。
「リーヤさん。このカードの表面を見てくださいな」
「うみゅ? あ、指紋が浮かび上がっておるのじゃ!」
羊皮紙カードの裏表に沢山の指紋が浮かび上がってきた。
「これは指紋検出シアノ法と言います。先ほど入れた薬は、シアノアクリレート。瞬間接着剤というものをリーヤさんはご存じですか?」
「確か直ぐにくっ付く糊じゃな。此方、プラモを作っておるときに、指をくっつけて困ったのじゃ!」
先日のRGモデルを作っていた時、一部補強に使った金属部品の接着に流し込み型の瞬間接着剤を使用した。
それで、リーヤも覚えていたのだろう。
「この接着剤は水分と反応して固まるのですが、指紋に含まれる物質とも反応するので、こうやって蒸気にして吹きかけると固まった後に指紋が浮かび上がります」
この方法は布や凸凹としたもの、遺体からも指紋を採取できるので、とても優秀だ。
「御遺体の顔周りからも指紋採取が出来ていましたから、それと一致するかどうかの判断はできますね」
僕はカードに浮かび上がった沢山の指紋を一枚ずつデジタル撮影をした。
「さあ、次は表面をFTIR顕微鏡で見ましょうか」
「これは何をするのじゃ?」
リーヤは小首を傾げて僕に聞いてくる。
その様子が毎度ながら、とても可愛い。
「顕微鏡は、もう知っていますよね。これは顕微鏡で見ているものに赤外線を当てて、その反射から今見ている物質が何かを調べます。
「これは面白いのじゃ!」
リーヤはモニターから見えるカードの拡大映像を興味深そうに見る。
「えーっと、この表面の毛穴からして、たぶんヤギの皮から出来た羊皮紙ですね」
拡大映像には毛穴が3つずつ並んでいる。
羊皮紙に使われる皮には、羊、子牛、山羊、鹿、豚などがある。
羊皮紙は、皮の裏表の毛や肉、脂肪をそぎ落とした後、引っ張って乾燥させたもの。
なので、植物紙よりは大量生産に向かず、植物紙開発以前の羊皮紙を使った書物は、手書きなのもあって高額だった。
なお、昨今の帝国では地球からの紙の輸入及び植物紙生産が開始され、契約書などの重要な案件を書いたもの以外は植物紙を使うのが一般的になりつつある。
……そういう意味では、捜査室でトイレットペーパーを使っているのは贅沢かな?
「あれ、この字。書いたインクが違うかも?」
「うみゅ? あ、確かに感じが違うのじゃ。それに、ここはさっき紫外線で光り方が違ったのじゃ!」
……これは重要証拠かも!
「これで怪盗の潔白が分かるかもですね!」
僕は、事件解決の糸口が見つかったのと、フォルが悲しまずに済みそうで嬉しくなった。
「今回は、真面目に鑑定をしておるのじゃな?」
はい、久しぶりに全開で科学捜査しています。
海外ドラマCSIシリーズとかで、よく見るシーンですね。
一応、地の文章とかで説明をしていますが、分からなければ質問を感想に下さいませ。
後から、ここに追記で説明を致しますので。
なお、今回の羊皮紙の情報は「羊皮紙工房」様(https://www.youhishi.com/)の記事を参考にさせて頂きました。
こちらは、羊皮紙販売もしていますので、気になる方はどうぞです。
「明日の鑑定続きが楽しみなのじゃ!」
ということで、明日の更新をお楽しみに!




