第2話 新米捜査官は、金属分析をしながら驚く。
時間が遡る事、5日。
僕は、ラボでアイアンゴーレムの破片を分析していた。
「よいしょって。破片が小さいからターゲットが大変だよね」
僕は金属破片を分析機器にセットする。
「硝酸で熱分解したサンプルとデータが一致すれば、いいけど」
……1人で作業していたら、独り言多くなっちゃうんだよねぇ。
「タケ、忙しいところすまないけれど、よろしいかしら?」
「はい、マム。しかし、マムがこちらにお見えなのは珍しいですね」
ラボにマムが顔を出してきた。
「あら、そうかしら。これでもわたくしは室長なの。部下の子達がどんな事をしているかは、知っておく必要があるのよ?」
マムは、指揮官ではなく母親の顔で僕の仕事をのぞき込む。
「これは、アイアンゴーレムの破片かしら?」
「はい、今からそれを分析するところです。既に酸に溶かしたものは分析済みですね。では、スタートしますね」
僕はパソコンから分析スタート命令を分析機器に送った。
「この機械はどういうものなのかしら、タケ? 良かったらわたくしに教えてくださらないかしら?」
「はい、マム。この機械は、LA-ICP-MSです。まず、試料にレーザーという強い光を当てて溶かして蒸発させます」
……まず、異世界人にレーザーを説明するのが大変。
「たしか、リーヤさんの魔法に『激光』という術があったはず。それと同じ原理の強い光です。まあ、機械の中なのでその光は見えませんし、見たら目が焦げちゃいますけれど」
「あら、それは大変」
マムは笑ってくれる。
「で、蒸発したものをこちらのプラズマ、鉄すらも溶ける超高温の炎の中に通して、完全にバラバラにします。ここもまぶしいので外からは見えません」
高電圧と高周波による変動磁場、つまり誘導結合でアルゴンガスを超加熱励起させて、約1万度のプラズマを作っている。
……これって、一見ビームサーベルみたいに見えるんだよね。
アルゴンプラズマソードってカッコイイかな?
確か同じ希ガスのキセノンも励起させやすいから、人工衛星のイオンエンジンの推進材に使ってたっけ。
「そしてバラバラになったものを次のふるい、MSフィルターで重さ順にふるい分けします。そうすることで、重さの違う金属がどのくらいずつ入っているのかが分かります。例えば鉄と銅、鉛ではそれぞれ同じ形でも重さが違いますよね。この機械は、その重さの違いを見ています」
「えーっと、つまり少しでも破片があれば、その物がどんな金属の組み合わせで作られているのか分かるのね」
「はい、そうです」
流石はマム、理解が早い。
「なら、魔剣の作り方なんかもすぐに分かりそうね」
「そちらの場合は、成分組成だけで無く魔法で結晶構造、つまり繋がり方や固まり方を組み替えているでしょうから、この機械だけでは無理ですね。そっちのX線回析装置でなら結晶構造が分かるので、合わせ技なら魔剣の秘密も分かるかもですね」
「あら、だったらドワーフの鍛冶屋さんは皆さん廃業ね」
うふふと笑うマム。
……Spring-8とかの放射光分析なら不可能じゃないかもね。
「そう簡単にはできないのは、地球の古代日本刀でもまだ未知な部分があるので、ドワーフさん達はまだまだ大丈夫でしょう。で、マム。今日は、こんな話をしに、ここに来たのでは無いですよね」
「タケ、貴方良いカンしているわ。貴方は魔法の素質あったわよね? もしかしてテレパスもできるの?」
マムは、魔法使いらしい事を僕に聞いてくる。
「僕は、少し魔力感知と、初級レベルの魔力付与が出来るくらいで、精神感応系はさっぱりです」
僕が異世界派遣になった理由の一つが、魔法の素質があったこと。
はっきり言って最低レベルだけど、無いよりはマシだ。
「じゃあ、心を読んだ訳じゃないのね。なら、きちんとお話しますわ。実は、タケ。貴方にはペトロフスカヤ警部補と一緒にアンティオキーア領に行ってほしいの」
アンティオキーアとはリーヤの御父上が領主をしているところだ。
「もしかしてリーヤさんの里帰りへの同行ですか?」
「ええ、彼女のお見合い話なの」
「え――!!」
……幼女のリーヤさんがお見合いだってぇぇ!
◆ ◇ ◆ ◇
「つまり、リーヤさんが里帰りする際に僕が自動車で送り迎えをするのですね」
「ええ、そういう事なの」
リーヤの故郷、アンティオキーア。
そこはここ、ポータムがあるモエシア辺境伯領の御隣になる。
帝国の領土の最も南に存在し、これ以南には広大な海が広がるモエシア領。
モエシアより北、より帝都に近い位置に存在するアンティオキーア。
そこの領主様、ロード・ザハール・アレクサンドロヴィチ・ペトロフスキーがリーヤの父親である。
しかし、魔族の名前付けルールが、地球はロシア語基準なのは謎である。
なので、リーヤとザハールでは、姓(男性:ペトロフスキー、女性:ペトロフスカヤ)が少し違うのだ。
これもどこかで文化交流があったのか、今となっては全くの謎だ。
と、無駄な思考を僕がしている合間に、マムの話は続く。
「どうしてまた急な話になったのですか、マム? リーヤさんって、言ったら何ですが、まだお子様でしょ?」
僕は当然の疑問をマムに聞いた。
「実は、この間リーヤのお父様から、わたくしとリーヤ宛に手紙が来ましたの」
マムに来た手紙には、リーヤをしばらく家の都合で休暇にして欲しい事が書かれていたそうだ。
「でね、わたくしリーヤに聞いていたの。お手紙、何が書いてあったのって」
リーヤは父からの手紙を見て、憤慨したそうな。
「『なんで、此方が、見合いなぞせねばならんのじゃー!!』って叫んでいたわ」
マムは笑いながら、リーヤの声真似をした。
「そりゃ、僕でも叫ぶと思いますよ。『寝耳に水』ってやつですから」
「あら、その言い方面白いわね。わたくしの日本語語録に追加しておきましょ」
マム、結構研究熱心で、日本語や英語等の面白い言い回しを収集しているそうだ。
ちなみに、現在の会話は共通語。
さっきまでの学術会話は、日本語メインだったが、普通の会話は、ところどころ日本語を交えた共通語で話している。
「どうやら、貴族間のお付き合いで、どうしても断り切れなかった縁談を持ち込まれたらしいわ。さすがにわたくしも部下の危機を聞き捨て出来ませんから、直接お父様にお電話をして確かめましたの」
今、異世界貴族の間ではスマートフォンを持つ事が流行になりつつある。
大災害後に、日本のとある女性が空間を跨いだ長距離通信規格を開発し、異世界と地球間でもタイムラグが殆どない通信を可能とした。
なんでも多次元に質量を分散する微細結晶体を使うことで、ごく微細な異空間ゲートを作成し、それを通じて電波通信をしているんだとか。
異世界門の極小バージョンらしいのだが、何故大災害直後にこんな技術が実用可能レベルまで出来ていたのか、開発者の素性共々秘密とされている。
……僕としては便利だから、細かいことまで気にしなくてもいいじゃん、って思っているけどね。
この間使ったイルミネーターも、この通信機能を利用している。
なんでも、このイルミネーターの開発者も同じ女性なんだとか。
「そうしましたら極秘事項だからと言われて、秘匿メールで事情を説明されましたの。あ、その内容は国家レベルに関わる話だから、タケには今は詳しくは話せないの。ごめんなさいね」
「いえ、国家に関わる重要な事と教えていただけるだけでも幸いです。しかし、なんでそういう事に僕が関わることになったのですか?」
ただの出向地球人の僕が、異世界の国家レベルに関わるのには、それなりに理由があるはずだ。
「それはね、リーヤのご指名なのよ。一応、喧嘩別れで家出してきている形にはなっているのに、おめおめと一人は帰りにくいのって」
「どうして僕なんでしょうか? 女性同士、ギーゼラさんとかもいますし、なんならマムでも」
……確かにリーヤさんは、僕に構いがちだけど、それは愛玩動物的な扱いっぽいと思うんだけど。
「わたくしも不思議になってリーヤに聞いてみたの。どうしてタケなのって?」
どういう答えなのだろう、僕には想像もできない。
「そうしたら、真っ赤な顔で答えてくれたわ。この間、自分の身を顧みずに庇ってくれたのが、とっても嬉しかったんですって。それに堅苦しい事も言うけど、何かと話しかけてくれているのも良いんですって」
そういえばヤクザの銃撃戦の時、僕は震えながらも、リーヤの前に盾として立った。
「今まで、あんなふうに庇ってもらった事が無かったのと、震えながらでもオトコノコしていたのがカッコよかったんですって。それに貴族として意識しないですむのも良いんですって」
……そう改まって言われると恥ずかしいなぁ。
「それでね、今の事わたくしがタケに話したというのはリーヤには内緒よ。あの子、全身真っ赤になりながら話していたから、貴方がその事知ったと思ったら、どうなるか分からないもの」
いたずらっ子みたいな笑顔で僕に話すマム。
「マム、どうして僕やリーヤにそこまで親身にして下さるのですか?」
「だって、2人ともわたくしにとっては可愛い部下であり、子供達ですからね」
その笑顔は、慈愛に溢れた母のものに思えた。
……あ、今日にでも母さんに電話しなきゃ。
初日更新はここまでです。
続きは、明日の12時をお待ち下さいませ。




