第2話 新米騎士爵は、母と妹を案内する。
「ここがポータムなんだ、おにーちゃん!」
「カナ、迷子になったら困るんだから、タケシやリーヤちゃんから離れちゃダメよ」
今、母と妹は異世界のポータムに来ている。
そして、市内を僕やリーヤと一緒に観光中だ。
現在、日本での「海ほたる」襲撃事件から1ヶ月程たったシルバーウイーク中、しかし季節や公転周期が地球とはズレているポータムがある帝国では冬の中頃である。
「だってぇ、見るもの全部RPGゲームで見たものだもの。これが現実だなんてすっごーい!」
もっこもこの白いニット・セーターにブルゾン、ミニスカート、厚めのストッキング、ロングブーツと気合が入っているカナのファッションである。
「そうなのかや? 此方にとっては、こっちが普通なのじゃ! 日本の方が、驚きでいっぱいなのじゃ! まあ、安全度は日本のほうが上じゃ。ここではタケや此方からは離れたらダメなのじゃ!」
対するリーヤ、彼女も最近は日本から服を買って着ている事が多く、ベージュのスゥエット、茶系チェックの吊りスカート、黒のレギンスにショートブーツ、そこに短めの赤いダウンジャケットというおしゃれな感じである。
なお、服は羽と尻尾が出るようには改造されている。
「えー、そーなの? でも、おねーちゃんが居るから、わたし安心だよぉ!」
カナは、リーヤの左手を組んで豊満な胸を押し付ける。
「そうなのかや? そう言ってくれると此方も嬉しいのじゃ!」
リーヤもカナに背伸びして抱きつく。
ニコニコとしている美少女達が仲良さそうに抱き合っているのは、実に見栄えが良い。
「はいはい、僕はアテにならんのですね」
半分冗談でふてくされてみる僕。
すると、そんな僕の背中をバーンと叩く母。
「タケシ、アンタしっかりしなよ。ただでさえ、リーヤちゃんの方が姉さん女房なんだからね。でもね、いくら年上でもリーヤちゃんは、小さな女の子には違いないの。それも忘れないでね」
薄紫のレディーススーツをきっちりと着こなした母は、義理の娘になる魔族を温かい眼差しで見守る。
「い、痛いよ母さん! リーヤさんは、僕の奥さんになる人ですから、ちゃんと守りますよ」
母と妹、リーヤの両親に顔合わせをするということになり、僕とリーヤが休暇を取ってリーヤの実家があるアンティオキーアへ行くことになっている。
先日、マムが勘違いをして僕の部屋になだれ込んだのは、僕達の休暇取得が出来た事とリーヤの父ザハールとの段取りが取れたことへの連絡だったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「お初にお目にかかります。この度は、わたくし達をお呼び頂きありがとうございます。わたくしはタケシの母、守部 智代と申します。何かと、こちら様とは違う事も多く、また貴族の作法にも疎い愚息が多数ご迷惑をおかけしているかと思います」
「始めまして、わたしはタケシの妹、佳奈です。兄がお世話になっております」
アンティオキーア領主、ペトロフスキー伯爵家の大広間に僕達は居る。
上座には、領主にしてリーヤの父、ザハール、そして伯爵夫人にしてリーヤの母、エカテリーナが座る。
その横には正装して白い令嬢服を纏うリーヤが、妙に緊張した顔で座っている。
それを前に、緊張でガチガチになっている母とカナが畏まって挨拶をした。
因みにカナ、今日は高校の制服を着ている。
……制服って学生時代なら礼服としては最上級なんだよねぇ
なお、僕は捜査室の儀礼用服だ。
本当ならそろそろ騎士爵にあった服を注文しなきゃならないのだろうけど、予算の都合や地球でオーダーした場合の時間都合で、なかなか踏ん切りが付かない。
……いかな騎士爵といっても、僕の給料は大して高くないからねぇ。捜査室の給料は日本の警察に順ずるから巡査級では……。
僕は、保安官や騎士爵としての給与は、まだあえて貰っていない。
自分自身、そこまでの役職を担いきれる自覚も自信も無いからだ。
ただ、リーヤの婚約者として、更に皇帝直属の配下として動く時には、それなりの服装が必要となる。
……また、今度陛下にお会いする時に、礼服を作るって名目で少しお給金もらおうかな?
僕は、そんな事を考えながら、母や妹の挨拶を聞いていた。
「今日は身内しか居りません。ですので、緊張はしなくて良いですよ、トモヨ様。タケ殿は私の命の恩人であり、娘にとっても恩人であり、愛する人です。心配はいりませんよ」
「ええ、タケ様は十分しっかりものですわ。そのお母上と妹様ですもの。お気を使わずにどうぞ。リーヤちゃん、タケ様。ちゃんと通訳を御願い致しますの」
リーヤの両親は、にこやかな表情で母や妹に接してくれる。
「お気遣い頂き、ありがとう存じます。今回は、通訳アプリもありますので、リリーヤ様のお手を態々煩わせる必要はございません」
母はスマホをかざして、自らの言葉も機械通訳させた。
なお、いうまでもなくアプリは魔神将チエ製作だ。
「なるほど、既にチエ殿が力を貸して居るのだな。なら、もう身元調査なぞせぬでも良いな。まあ、タケ殿を見れば悪人では無いのは百も承知だがな。それに陛下からも宜しくと聞いて居る」
ははは、と笑うザハール。
どうやら少年皇帝は、母の事も気に入ってくれた様だ。
「お父様、あまりトモヨ様をからかうのではありません。いきなり異世界貴族の前に引っ張り出されたのですもの、緊張して困っているに決まっているではありませんか?」
リーヤ、今日は真面目に御貴族お嬢様言葉で話している。
「あら、リーヤちゃん。どうせ貴方の事ですもの、日本に行った時にトモヨ様にご迷惑をおかけして、『ごめんなさいなのじゃ!』とか言ったのでしょ? もう、変に取り繕う事も無いのよ。ここには、古くから仕えてくださる方々とわたくし達しかいないんですから」
エカテリーナは、オホホとここぞとばかりにリーヤを攻め立てる。
「……そ、そのような事はございません、お母様」
「ええ、リリーヤ様はタケシとは違い、しっかりしていらっしゃいました」
少し言いよどむリーヤをフォローする母。
「うむ? 今日はタケ殿、何も言わぬがどうしておるのだ? まさか、今更緊張でもする間柄でもあるまいに?」
ザハールは、黙っている僕が気になったのか、こちらに顔を向けて聞いてきた。
「あ、申し訳ありません。僕が変にお話ししますとややこしくなるかと思い、黙っていました。母や妹については申し訳ありません。急に貴族と話せと申されても、ご無礼があっては困ると思うのが普通でございます」
僕は、慌てて母や妹のフォローをする。
……そりゃ、リーヤさんのご両親相手だから、この程度で済んでいるし、陛下ともお話ししているんだから、なんとかやっているだけなんですけどぉ。
僕はガチガチな母と妹を見て、どうしようかと思う。
「しょうがない。チエ殿、どうせ覗き見しておるのだろ? もう、硬い話は無しでざっくばらんにしたいのだ。出てきてはくれぬか?」
ザハールは天井の方を見ながら虚空に話しかけた。
「しょうがないのじゃ! 今回はサービスなのじゃ!」
そういって、空いていた席にちゃっかりと虚空から跳躍してきたチエ。
ちゃっかりとお茶を要求するその手には、小型HDカメラがある。
「トモヨ殿、カナ殿。ザハール殿は、見た目ほど怖くは無いのじゃ。何せ、あのリーヤ殿のお父上じゃから、お茶目なところもあるしのぉ」
「チエ殿、今日はあまりそういう話はして欲しくないのだが……」
「チエ殿、此方はお父様の悪口は聞きたくないのじゃあ!」
ザハール・リーヤ親子は揃ってチエに文句を言う。
その様子に、エカテリーナ、母、チエ、そして僕は笑ってしまう。
「タケぇ、此方を笑うのでは無いのじゃぁ。チエ殿、このような場面まで写すのではないのじゃぁ!!」
リーヤがいつも通りに文句を言い出したのを切っ掛けに、緊張が走った両家顔合わせは、笑い声が聞こえるものになった。
◆ ◇ ◆ ◇
「そうなのですね。幼い頃から、タケ様はタケ様だったのですね」
「タケシは、けっして『様』なんて柄じゃないですよ。小心者で臆病ですもの。まあ、絶対に逃げる事はしないですし、愛情深い子には違いませんから、リーヤ様を一生大事にして、他所に浮気なんてしないですわ」
「そうそう! おにーちゃんに、そんな甲斐性無いですもの。手を出すのも遅いから、リーヤおねーちゃんは今も『無事』なんだし」
話題は、僕の幼い頃から今までの「やらかした」事案について。
顔から火が出そうになるくらい恥ずかしい。
「なら、今度はリーヤの恥ずかしい話をせねば、つりあいが取れぬな」
僕の顔を横目で見たザハール、わくわく顔で今度はリーヤの過去話を始めた。
「お、お父様! 此方、はずかしーのじゃー!!」
リーヤの叫び声が領主館の中に響き渡った。
なお、顔合わせの後、恒例のごとくザハールから料理の注文があったので、僕、母、カナ、そして手伝いたいと言ってリーヤも加わり、日本から持ってきていた食材を、準備してきていたプロパンガスコンロで見事に仕上げ、食べた全員から好評であったとだけ加える。
「ワシもトモヨ殿の料理食べたのじゃ! ちゃんとガスコンロなど機材持込に協力したのじゃから、これくらいは役得なのじゃ!」
あれ?
チエちゃんは、今後は本編に出ないのでは?
「呼ばれたら出て行くのが礼儀、特にザハール様からのお呼び出しは無視できないのじゃ!」
まあ、場を和やかにはしてくれたから良いかな?
「そういう事にするのじゃ。ワシの出番は、あくまでギャグパート。本編のシリアスパートはタケ殿が、がんばるのじゃ!」
という事で、明日の更新をお楽しみに。




