第70話 新米騎士爵は、見知った天井を見て起床する。
「あれ、ここは……」
僕が眼を覚ますと、そこは「海ほたる」では無い。
ましては、どこかの旅館でも病院でも無い。
……普通、こういう場合はお約束として『見知らぬ天井』なんだろうけど、今回は良く知っている天井だね。
僕が身体を起こし周囲を見ると、そこは僕の実家2階の見慣れた自室。
だいぶ日も暮れてきた夕刻だ。
「あの戦いって夢だった……訳は無いよね」
1階から聞こえてくる賑やかな声で、僕は「海ほたる」での戦闘が実際にあった出来事だと実感した。
「あら、コウタさんにナナさん、リタさんまでウチに来たんだねぇ」
僕は、少し重い身体をベットから引っ張り出し、賑やかな音源の元へ歩んだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「あら、タケシおはよう?」
「うん、母さんおはよう。で、これは一体どういう状況なのかな?」
僕は広間に降りてくると、そこは沢山の人々でごった返しており、部屋の仕切りだった襖まで取り払って宴会状態になっている。
「タケ! 気絶したままだったから心配したのじゃぁ!」
僕を見たリーヤは、さっそく僕に飛びつき首に抱きついた。
「ちょ、痛いですよぉ。心配かけてごめんなさい、リーヤさん。それに皆さん、ありがとうございました!」
僕は、リーヤが飛びついてくる勢いに負けて尻餅をつき寝転んだ。
「じゃって、いくら呼びかけても起きぬのじゃ。此方、心配で心配でたまらなかったのじゃ!」
リーヤ、僕の上に圧し掛かったまま、胸の上で泣く。
「ありがとうね、リーヤさん。もう僕は大丈夫ですからね」
僕は、きつく抱きつくリーヤの頭をそっと撫でた。
「ワシは、問題ないから心配しなくても良いといったのじゃがな」
「ええ、ワタクシの診断でも、ただの疲労からの睡眠だと説明したんですけど……」
チエとキャロリンが並んで酌を交しながら、僕の方を見て説明をしてくれた。
「それでも、此方はタケが心配じゃったのじゃ!!」
僕の胸の上で「ふくれっ面」で怒るリーヤ、その様子は愛おしくてたまらない。
「本当に心配をかけてごめんなさい」
僕はリーヤをそっと抱き、彼女のつむじに軽くキスをした。
「あらまあ、知らない間にタケシもオトナになったのねぇ」
「おにーちゃん、えっちぃ!」
……あ、しまった。母さんとカナがいる前でやっちゃったぁ。
「タケぇ、もっとなのじゃぁ!」
更に「行為」を要求する色ボケなリーヤ。
「はい、今日はここまでです! あのね、母さんや皆が居る前でこれ以上やれる訳ないでしょ!」
僕は、するりとリーヤの抱擁から逃げ出して母さんのところに行った。
「タケのいけずぅ!」
リーヤの怨めしい声が聞こえるが、しょうがない。
……僕だって辛抱しているんですよ。そりゃまだリーヤさんを『抱く』訳にはいかないし、これ以上ザハール様を困らせたくないものぉ。
僕は、先ほどまで服越しに感じていたリーヤの体温と柔らかな質感、そして香りを惜しみながらも、聞きたかった事を母に聞いた。
「母さん、これは一体どういう事なの?」
「ここに居る皆さん、タケシと一緒に戦って事件解決してくれたんだもの。わたしが接待しないで誰がするの?」
「まあ、主な出資先はワシと陛下なのじゃ。後、警察や自衛隊からも御偉さんのポケットマネーから金一封を貰ったのじゃ!」
「余も今回の皆の活躍に感謝だ。これで日本と我が帝国の関係が更に改善すれば、皆幸せなのだ!」
……なるほど、大体の事情は理解できたよ。大人数が急に来たから前回お世話になった酒場を予約出来なくて、仕出しを準備してもらったのね。
僕は、チエや陛下の話、そして広間に沢山並んでいるオードブルを見て、事態を理解した。
「料理は、ワシが予めお母様に頼んでおいたのじゃ!」
「チエちゃん、タケシが出発してすぐから人数きっかり教えてくれるんですもの。すごいわね」
無敵の魔神将は、仕出しやケータリングにも詳しいらしい。
……人数まで事前に分かっているのは千里眼としか言えないよねぇ。
〝そんなのは、舞台裏やら参戦メンバー見たら直ぐに分かるのじゃ!〟
内心にも即座に反応するチエ。
一体、どこの「舞台裏」まで見てきているのやら。
「では、主賓のタケ殿も起きたようじゃし、そろそろ今回の事件のシメにはいるのじゃ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「バトラー、ブランデー、ヘネシー・リシャールを」
「はい、どうぞ」
豪華なラウンジに1人座る中国系の優男は、老齢の執事から超高級ブランデーが入ったグラスを受け取る。
「さて、今回の案件面白い結果になりましたねぇ。当初の計画とは全く違う方向には行きましたが、実に興味深いですね」
三十路前半に見える優男は、グラスを手の中で遊ばせ高級ブランデーの香りを愉しむ。
「でも宜しいのですか? 今回はかなり赤字に思えますが」
ラウンジ設置のミニバーのカウンターの中でグラスを布で磨く白髪が目立つバトラー。
しかし、その眼は老齢とは思えぬ厳しさで、顔には皺に隠れて多くの傷がある。
「当初の計画では、テロ組織を活発化させて各国の政情を不安定化させる。そして対テロ用の武器や技術、人材などなどを当社から売買、派遣させるように動くはずでした。これは『上』も了解済みのこと、だからかつて廃止された財団の政府内秘密研究所が開発した技術まで『国』から供与させたのです。『国』も、他の国が壊れず、しかし『国』を追い越さずに必要とされる関係でいたいのですから」
ブランデーを一口呑み、誰に言うでもなく呟く優男。
「『同盟』はそういう意味では、イイ道化役でした。まさか資金難からイスラム系過激派までくっつくとは当方の意想外ではありましたが、『国』からは過激組織がまとめて監視できるからありがたい、とお褒めも頂いています」
くっくっと笑う優男。
「で、バトラー。サンプルは回収できていますか?」
「はい、ショゴス、ドラゴン、ドレイク、ワイバーン。全てのサンプルを回収し、既に本国のラボへ送っています」
バトラーは仰せのままにと、答えた。
「ご苦労。なら、最低限の利益を得られはしたのですね。しかし、今回最大の得たものは、そう魔法。あれほどの火力をただ1人で放てるとは実に驚愕です! ぜひともアレを私共の商品に取り入れたいですね」
優男はグラス片手に興奮気味に叫んだ。
「御意。調査を致しておきます」
「後、『同盟』は用済みだから手早く処分宜しく」
優男はゴミを捨てるかのように、簡単に組織処分を命じる。
「はい、警察及び国際裁判所に情報を送ります。もちろん、その前にこちらと繋がるラインは『消去』しておきます」
「結構!」
深夜の豪華客船リコリス号最上階の秘密ラウンジで、悪巧みは続く。
「なるほど、コヤツらが敵の親玉なのかや。アイツがそうだったとはワシの予想通りなのじゃ!」
あーん、チエちゃんってばぁ。
楽屋裏まで来て、情報収集するのは止めて欲しいんですけどぉ。
「まあ、ワシが願うのは無辜の一般市民に不幸を起させぬ事なのじゃ。悪党どもが自爆するのは、勝手にやっておれば良いのじゃ! じゃから、慌てて敵の首を取るような真似はせぬのじゃ。第一、そんな事をすれば物語は破綻するのじゃ! それは絶対に避けねばならぬのじゃ!」
それが分かって頂いているのなら、助かりますです。
さあ、この真の敵がいつタケ君達を襲うのか、それは今後のお楽しみです。
では、明日の更新をお楽しみに。




