第56話 新米騎士爵は、朝の散歩をする。
「うーん、昨夜は良く眠れたぁ」
今日は旅行8日目、そして今は朝5時半。
寝なれた自室のベットの為か、昨晩は22時前には「とぷん」と眠りについたので、早朝に目が覚めたにしては十分睡眠時間は確保できており、気持ちの良い朝だ。
「どれ、ちょっとだけ覗いてみますか」
あまり宜しくは無いと思うが、僕は3人が眠る広間を覗きにいった。
「あら、まあ」
そこにはカナ・リーヤの両方から抱きつかれている母の姿がある。
母は少し暑そうだが、3人とも幸せそうな寝顔をしている。
「これは、皆が起きるまではそっとしておいた方が良いね。勝手に僕が朝ごはん作るのも何だから、ちょっと散歩でもしてきますか」
僕は仏間に向かい、父に改めて報告をする。
「父さん、もう母さんから報告があったかと思うけど、異世界の可愛い女の子、リーヤさんと僕、婚約したんだ。まあ、まだまだリーヤさんはお子ちゃまサイズだから、実際に結婚するのはだいぶ先にはなるかな。そりゃ、母さんには早く結婚式や孫を見せたいけど、こればっかりはリーヤさん次第だもんね。ということだから、上から僕達を見守っていてね」
昨日帰ってすぐに、向こうでの仕事については報告をしていたけれど、僕は母にリーヤが婚約者として認めてもらった事を改めて父に報告をした。
「それと、僕も父さんが悩んでいた『正義の力』ってやつが良く分かったよ。自分が手に入れた力、よく考えて使うね」
そして僕は家から少し北に向かい、海側にある小山を登った。
そこは昔から城山と呼ばれ、春にはサクラの名所である。
僕は、ゆっくり坂道を登り、頂上、模擬天守閣があるところまで登った。
「うーん、瀬戸内は今日も穏やかだね」
朝の空気を吸って、僕は大きく身体を伸ばす。
「タケ! こんなところに居たのかや?」
大きな声が上から聞こえてきた。
そして僕が声がした方向の空を見上げると、そこには黒い魔神、リーヤがいた。
「よいしょなのじゃ!」
リーヤは僕の横に着地すると、ポンと煙を出して幼女姿に戻った。
「リーヤさん、よく僕の居場所が分かりましたね」
「起きたらタケが居らんので探したのじゃ。居場所は主従契約のパスを辿れば直ぐだったのじゃ。お母様にタケの居る方向を聞いたら、たぶん城山じゃと言ったので、登るのが面倒じゃったから、変身して空から来たのじゃ!」
変身を躊躇なく行って、ニコニコ顔で僕の顔を見上げるリーヤ。
……確か、変身って寿命削るから頻繁にはしないはずでは?
「あのー、リーヤさん。確か変身は寿命削るのでは無かったのですか? 僕を探すくらいで使っていただいたら、僕は心配になるんですけど」
先日の対魔神戦や病院での説得ならまだ分かる。
しかし私用で簡単に使っていいものなのか?
「それじゃが、叱られた時についでにお父様に確認したところ、何時間も使って体内マナが枯渇するような運用は命を削るという意味で、マナ運用をチエ殿に教えてもらった今では、短期使用はまず問題にはならないという事らしいのじゃ。様は幼い頃はマナ総量もコントロールも不完全じゃから、使わないように脅しの意味もあったのじゃと」
「それなら良いのですが、くれぐれも無理は禁物ですよ」
「それは分かっておるのじゃ。此方はタケを一生守ると、昨夜お母様やお父様にも約束したのじゃからな!」
リーヤは、えっへんとドヤ顔をする。
「母さんは分かるけど、父さんと約束って?」
「昨夜仏壇に参って、此方報告したのじゃ!」
ちゃんと仏壇の存在を知っているリーヤに僕は少し驚く。
「なんじゃ、その顔は。此方は地球の宗教というか日本の風習くらい勉強しておるのじゃ! タケのご家族に会うのに恥ずかしい事はしたくはないのじゃ。それにお父様に関係する事には立ち会いたかったのじゃ!」
そして僕はリーヤが昨晩、僕が小学3年生の時にあった虐め事件についての話を、母から聞いた事を知った。
「タケのエゲツナイ作戦の発祥、そして素晴らしいお父様の事を、此方知ったのじゃ!」
「えー、僕ってエゲツナイのぉ!!」
早朝の一の丸に僕の声が響いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「これは天守閣なのかや? コンクリートで出来ておる様に見えるのじゃが」
「これ、模擬天守閣なんです。確かに、ここには城が戦国時代には存在しました。しかし天守閣とかは元々無く、戦闘指揮所として、または城主の住居としての櫓は存在した様です。なにせ戦国期中期くらいの平山城ですから。」
「つまり、ここは江戸城などの平和な時代の城では無いのじゃな」
リーヤ、僕の答えから更に正解を引き出した。
この辺り、領主候補として戦術的な事を学んでいるのと、僕の影響で色々勉強しているからだろう。
「はい、そのとおりです。今から詳細を調べますね。この地は今でも『四国の交通の要所』、この地を取れば四国を制覇するのに近道だと思われ、幾度となく戦乱に巻き込まれていますね。最初に城ができたのは鎌倉時代末期の南北朝といって天皇という日本を代表する方が2人現れて争った時期、1337年と言いますから大体700年前です」
僕も詳細を調べてびっくりする。
まさか、700年も前からここに城があったとは、僕も今回で初めて知ったから。
「その南北朝時代には3回程落城、つまり城の管理者が負けている様ですね。そして戦国時代には河野氏の領地になったそうです。1572年には阿波徳島の三好氏からの攻撃を受け、その後城主の妻鳥氏が土佐高知の長宗我部氏に寝返ったので河野氏配下の河上氏が城を奪取、しかし1585年、今から450年程前に長宗我部氏の攻撃を受けて落城、一族全員討ち死にしたそうです」
「つまり、何回も落城した守りにくい城じゃったのじゃな」
「そ、そうかもですね。石垣とかは作っていましたが、本格的な城の建設まではできていなかった様ですし」
リーヤの身も蓋も無い意見に絶句する僕。
確かに言われて見れば毎回落城するのは、どうなのだろうか。
「あ、この後、更にアノ豊臣秀吉の四国攻めでもう一回落城していますね」
計6回落城した城というのも全国的に珍しいのではないか?
田舎の四国にしては、激しい戦場であったと僕は思う。
「これには悲しい話があって、1585年の際、城主は裏切りによって海岸近くの泥地で暗殺されたそうです。そしてそれを聞いた城主家族は城に火を放ち、娘の年姫は、この断崖から海へ身を投げたそうです。なので、この場所を『姫ヶ嶽』、そして亡くなった姫が流されて打ち上げられた香川県観音寺市豊浜町の浜を『姫浜』と言うようになったそうです」
「そうなのかや! 負けた武将の家族、特に若い女性の処遇が酷くなるのは、何処の世界でも同じじゃな。この地にも悲しい話があるのじゃな。此方もある意味、姫と呼ばれる存在、他人事では無いのじゃ」
悲しげに崖から海を見るリーヤ。
今の平和な瀬戸内海からは、450年前の戦乱は感じられない。
「まあ、此方は簡単には死なぬのじゃがな。タケと一緒に戦って必ず生き残るのじゃ! 最後まで諦めずに、足掻いて見苦しいと言われようとも、生き残るのじゃ。タケ、これは其方も同じじゃ。絶対、此方と一緒に生きるのじゃ! 勝手に自己犠牲なぞするのでは無いのじゃぞ!!」
リーヤは真剣な顔で僕に、何が何でも生き残れと命令する。
「はい、僕も簡単に死は選びませんし、死ぬつもりもありません。必ずリーヤさんを幸せにするために生き残って見せます!!」
「それでこそ、此方の愛するタケなのじゃ!!」
僕達は、そっと抱き合い軽くキスをした。
暑くなってきた夏の太陽が、僕達を祝福するように熱した。
「よし、再びキスシーンゲットなのじゃ!」
あれ、チエちゃん。
もしかしてリーヤちゃんを尾行していたの?
「そんなの当たり前なのじゃ。タケ殿とリーヤ殿にはそれぞれ分身を警護兼撮影用に配置済みなのじゃ!」
まあ、デバガメチエちゃんは放置しましょうか。
物語の城ですが、マジで落城しまくり。
別名の仏殿城という名前が縁起でもないという話も無きにしもあらずとか。
「しかし、上手くリーヤ殿とタケ殿がお互いに命を守りあう話に出来たのじゃな」
そこは上から舞い降りてきたんですよ。
年姫の悲劇を聞いたリーヤちゃんは、昨晩のお父様との「約束」もあって、タケくんに自己犠牲をするなって言うと思いましたし。
「なるほどなのじゃ。さあ、物語はそろそろ大きく動くのじゃ。明日の更新が楽しみなのじゃ!!」
あーん、また作者の台詞取られたぁ!!




