第18話 新人捜査官は、立てこもり犯を撃つ!
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ヘレナの号泣する声が野外へも届く。
「そろそろ出番じゃのぉ。今ならヘレナも大人しく捕まるじゃろうし、これ以上はユスタ様が危ないのじゃ!」
リーヤは、屋敷の庭園にある噴水の上に飛び上がり、名乗りを上げる。
「そこな屋敷に篭城する愚か者よ! 此方こそは、アンティオキーア領主、ロード・ザハール・アレクサンドロヴィチ・ペトロフスキーの次女にして、ポータム治安維持警察隊、異界技術捜査室、警部補のリーリヤ・ザハーロヴナ・ペトロフスカヤじゃ! 幼子を早う解放し、そこから出てくるのじゃ! 今なら命の保障はしてやるのじゃ!」
そしてリーヤの後方に、水柱が立つと同時に巨大な水の竜が立ち上がる。
……なるほど、自分に注目をさせた上で水竜を召喚して牽制ね。これなら、火事の心配も無いから安心だね。
ガチャーン!
窓ガラスが割れる音がして、破れた窓から調度品らしいものがリーヤに投げつけられる。
もちろん、そんなものは水の壁に遮られて、リーヤに当るはずも無い。
「オメーら、ここから立ち去れ! さもねーと屋敷に放火するぞ。それに、このガキがどーなっても良いのかよぉ!」
トニーは羽交い絞めにしたヘレナにナイフを突きつけている。
「マム、射殺許可頂ければやりますが?」
「もう少し待って。あのバカにも生き残るチャンスはあげましょう。それにタケは殺したくないのでしょ」
「アイ、マム」
……マム、優しくて涙が出るよ。
「ほう、そんな事をして無事にここから逃げられるとでも思うたか、そこな愚か者よ。幼子を解放して投降せよ。これが最後通告じゃ! ユスタ様、もう少しの辛抱ですよ」
リーヤはトニーに最後通告をした後、優しくユスタに話しかけた。
「はい、リーヤお姉様!」
「このガキが要らん事言うな!」
トニーはナイフをユスタの肌に押し当てる。
……これは!
僕がトニーの胴体中心へ目掛けて引き金を引こうとした瞬間、衝撃の光景が見えた。
「お嬢様ぁ!」
飛び掛ったヘレナが、トニーのナイフを持つ右手に噛み付き、ユスタをトニーから開放したのだ。
「この腐れアマが!」
トニーは怒り、ヘレナを蹴る。
そして、ナイフをヘレナの頭上に振り上げた。
……ここだ!!
僕は、ターゲットをトニーの胴体中心部から、振り上げられたナイフへと動かした。
ブシュ!
僕の撃った弾は、狙い通り振り上げたナイフを握るトニーの右手をナイフごと貫いた。
ライフル弾の威力は強烈で、トニーの右掌は完全に吹き飛んだ。
「ぎゃぁぁぁ!」
左手で吹き飛んだ手首を押さえ、痛みに暴れるトニー。
「逮捕!」
そこに「影」から飛び出したギーゼラが飛びつき、スタンバトンを叩き付けた。
「お、お嬢様!」
ヘレナは、トニーに突き飛ばされしゃがみこんだユスタに近付き抱き上げようとするも、自分の手が「汚れて」いることに気が付き、そこで立ち止まる。
「ヘレナ、どうも助けてくれてありがとう」
恐怖と悲しみで涙に塗れながらも高貴さを失っていない笑顔で、ヘレナに感謝の言葉を告げるユスタ。
そしてヘレナの手をそっと握る。
「ご、ごめんなさい、お嬢様ぁぁぁ」
涙が止まらないヘレナだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「皆、お疲れ様でした。無事、最低の被害で事件を解決できたわ。どうもありがとう!」
事件が終わった翌日、マムの提案でまた僕が皆に料理を振舞っている。
……そろそろ料理のレパートリー怪しいから、勉強しないといけないなぁ。けど、僕の本職って化学検査員だよね?
「こ、この麺のコシはなんでござるぅぅ!」
「外側は柔らかいのに、中がしっかり。タケよ、コの麺は一体なんなのじゃぁ!」
「うん、これ。麺も旨いけど、スープもすっごいよね! タケっち、美味しいよ!」
「タケシお兄さん、これはお魚のスープですかぁ?」
「そうね、カツオ、いやもっと青い魚の出汁ね。タケ、これは何?」
マム以外の面子は、眼の前のお椀から口や眼を離さない。
「あらあら、そんなに美味しいの、このウドンとかいう麺は? あら、美味しいわぁ!」
今日は昼間ということで、本格的な料理では無く素材勝負に出てみた。
「今回は、僕の生まれ故郷に近いところの名産、四国は『さぬきうどん』にしてみました。まあ、麺は流石に手打ちとはいきませんでしたので、冷凍食品です。ただ、スープ、出汁には拘ってみました」
そう、一見手抜きに見えるけど、これが美味しいから香川県民は朝昼晩3食ウドンを食べて糖尿病を発症するのだ。
薬味として青ネギ・生姜を大目、カツオ出汁で甘辛く煮た油揚げに、瀬戸内の小エビで作った海老竹輪もセットだ。
「タケ殿、この麺が冷凍、一度凍らせたものでござるか? とてもそうとは思えぬでござる」
器用に箸を使って麺を啜るヴェイッコ。
時代劇で蕎麦を食べるシーンが多いから、啜って食べる練習をしたと聞く。
「はい、これは『さぬき』香川県の地元企業が苦労の末開発した製品です。冷凍や生麺で失われやすい麺のコシを残す為、小麦粉だけでなくタピオカ粉を使って、独特のコシとモチモチ感を出しています」
「そういえば、此方はタピオカドリンクとか飲んだ事があるのじゃ。あの黒いモチっとしたのが入っておるのか?」
見た目通り、流行には一度乗ってみるリーヤ。
「ええ、あれは確かイカスミとかで色をつけていたはずですが、そのとおりです」
……あれ、一時期ブームにはなったけど、様は白玉粉と同じデンプンだものね。
「で、タケっち。このスープの仕掛けは一体なんだい? フォルちゃんやキャロんが分からないって事は、かなり特殊なものなのかい?」
ギーゼラは、美味しそうにスープを飲む。
「そうですね。日本料理、特に西日本のものに馴染みが無いと分からないかもですね。これは、日本は瀬戸内海で取れるカタクチイワシを煮て干したもの、煮干、イリコを使っています」
日本には魚を干して乾燥させた出汁用の干物が多い。
カビを生やして水分をトコトン奪う鰹節、鯖節。
トビウオの干物を使った「あご」、そして瀬戸内の「煮干」などなど。
この辺りは、海外や異世界人をも唸らせる一品だ。
「これですが、新鮮なものは青く輝きます」
僕は、皆の前に小皿に載せた煮干を出した。
「この小さな魚が、この旨みをだすのじゃな?」
「なんか、魚って臭いがするね」
「小魚といってバカに出来ないでござる」
「これ、そのまま食べられるの?」
「はい、フォルちゃん。新しいのは、頭と腹をとってそのまま食べられます。醤油をかけて軽く火を通すと、ご飯のお供に最適ですね」
「うん、ぱく! おいしいね」
猫娘が煮干に食いつく。
……まー、実にありがちな絵面だね。
「でも、このままだと青魚独特の臭みもありそう。それはどうやったの、タケ?」
「流石はキャロリンさん。それは生姜、ジンジャーを使っています。西洋でも香草を肉や魚の臭み取りに使用しますが、これもそうやってます。また茹でるのでは無く水出ししていますので、余計上品に仕上がりました」
「それが、このすっきりとした旨みね。醤油も普通じゃないんでしょ?」
「はい、同じ瀬戸内海に浮かぶ島、小豆島の特産醤油、後は近隣の酒造会社の味醂を使いました」
正に瀬戸内海の合体技、この魅力に香川県民は勝てないのだ。
「なるほど、これがサヌキウドンなのね」
「はい、良かったら本場にも来てください。こんなものじゃないですから」
マムも満足そうにうどんを食べる。
「では、そろそろ事件のまとめをしましょうか?」
「はい、マム!」




