第54話 美幼女は、婚約者の幼少期を知る。
「なら、この話がいいかしら?」
今は深夜、タケの生家でお母様、義妹と3人でガールズトーク中だ。
「あれはタケシが小学校3年生の時だったかしら。カナが1歳になるかどうかで、わたしはあまりタケシの面倒を見れていなかった時期なの」
「へー、それならわたしが知らない話かも」
お母様はイタズラっぽい顔をして話し、カナは興味深そうに聞いている。
「タケシが擦り傷や引っかき傷、打ち身を沢山作って帰ってきたことがあったの。わたしは、カナに気をとられていたし、すぐにタケシは自分の部屋に行ったから、わたし気がつかなかったの。今考えれば母親失格よね。でもね、パパ、宏さんがちょうど非番でタケシの面倒を見てくれていて、一緒にお風呂に入った時に気がついてくれたの」
お母様は懐かしそう、かつ少し寂しそうな顔をする。
……お父様の事を思い出しているのじゃな。立派なお父様と聞いておったが、ちゃんと子育てにも参加しておったのじゃな。
「夜、タケシが寝た後パパは、わたしに話してくれたの」
◆ ◇ ◆ ◇
「智代さん、今お話していい?」
「はい、パパ」
ヒロシは、ミルクを一杯飲んで眠そうにしている赤子を抱き、背中をとんとんしてゲップを促しているトモヨに話しかける。
「実はね、タケシの身体に沢山怪我をしていたのを今日、お風呂で見つけちゃったんだ」
「え、どうして? そういえば今日は直ぐに自分の部屋に篭っちゃったから、ちゃんとタケシの顔見なかったわ。ごめんなさい、わたし母親失格だわ」
トモヨは、もうすぐ眠りそうなカナを抱きなおしヒロシに向き合って、すまなそうに頭を下げた。
「いや、トモヨさんは悪くないよ。どうやらタケシ、トモヨさんに心配掛けたくなくて、ワザと逃げて顔を合わさないようにしていたんだ」
頭をかきながらバツが悪そうにするヒロシ。
留守がちな自分に代わって家事育児を完璧にこなしているトモヨに対して、ヒロシは全く攻める気など無い。
たまたま自分が気が付いただけの事だから、とヒロシは話す。
「で、一体どうしてそんな怪我をしたの、タケシは?」
「それがね、僕にも中々言わなかったんだよ。どうやら僕が風呂に入る前に風呂を終わらせて逃げるつもりだったんだろうね。僕がいきなり風呂に入ったから、慌てて傷を隠そうとしたけど、僕がそれを見つけちゃったんだ」
ヒロシは少し困った顔をして妻に話す。
「で、僕は聞いたんだ。『その怪我はどうしたんだい? もし、誰かを傷つけて出来た傷なら、僕はキミを叱らなければならない。でもね、誰かを守る為に出来た怪我なら、僕はキミを褒める必要があるんだ。そんな傷なら恥ずかしい事なんて無い、勲章さ』って」
ヒロシは、トモヨに寄り添い、カナごとトモヨを抱く。
「そして、こうも聞いたんだ。『もしかして、虐めに対して反撃をせずに我慢したのなら、それを教えて。虐めの芽は早く摘み取らないとね』って。タケシの手には傷は無かったから、タケシが殴ったりしなかったのは、最初から分かっていたけど」
「そうよね、タケシが誰かに暴力を振るうなんて考えられないわ。あの子、優しすぎて、家に迷い込んだ虫も殺さずに外に逃がしちゃうくらいだものね。それに何回、捨て猫や捨て犬を拾ってきたか分からないもの」
トモヨは、思い出し笑いをしてしまう。
そんなタケシを親が愛おしく思えてしまうのは当たり前だろう。
「そうだよね。あの時も大変だったよ。なんとか飼い主や引き取り先を僕の職場で見つけてもらったりして、全部なんとかしたけどね」
苦笑しながらヒロシもタケシを愛おしく思う。
「で、なんとか聞き出したんだけど、タケシは虐めにあっている友達を庇う形になって今はタケシが攻撃対象になっている様なんだ」
タケシと同じクラスで勉強がとても出来るけど、運動が不得意で気弱な男子が居た。
そういう子は良くも悪くもクラスで目立ち、家庭の事情で不満をもっていたイジメっ子達のターゲットとなった。
そんな状況、タケシは持ち前の優しさと正義感から虐めが許せなかった。
さっそく、イジメっ子に直談判に行くも、華奢で背も小さかった優等生のタケシの言う事など、イジメっ子が聞くはずも無い。
そして、今度はタケシがイジメっ子の憂さ晴らしの対象となったのだ。
「そうなのね。タケシの事だから、自分が身代わりのヤギになれば良いとでも思っているのでしょうね。どうも前から自分をあまり大事にしないところあったものね」
トモヨは、カナが這い出した頃に段差を落ちそうになって、そこにタケシが下敷きになって受け止めたとき、タケシは頭を打って「たんこぶ」を作りながらも一切気にせず、カナが怪我していないかを一生懸命確かめていた姿を思い出す。
「自己犠牲過ぎるのも困るよね。親としては心配だよ」
「えー、それは貴方も同じよ、ヒロシさん。パパはずっと元気で居て欲しいもの」
◆ ◇ ◆ ◇
「その後、パパはバケモノと相打ちになって亡くなったのは、もうなんって言ったら良いのか分からないわ」
お母様は苦笑しながら、お父様について語る。
「おとーさんもおにーちゃんと同じ、決して強くないのに、よく無理しちゃっていたよね。もー親子揃って困るよ」
「あら、カナもパパのお人好しなところとか、突っ込むクセは似ているわよ」
お母様は、娘を軽く窘める。
「そうなの? わたしも気をつけなきゃ」
カナは両頬を両手で押さえて、恥ずかしそうにしていた。
「そうなのかや。タケは昔からタケだったのじゃな」
「ええ、そうよ。臆病で気弱なくせに正義感強くてお人好しで損してばかり。でも、とっても優しくて自分より周囲の人を大事にしてしまう子なの。だから、リーヤちゃん。タケシの事を宜しく頼むわ。あの人みたいな事は、もう嫌なの。だから、タケシには首に縄かけても無茶しないように見守ってね」
お母様は眼に涙を浮かべてわたくしにタケの事を頼んできた。
「もちろんなのじゃ。此方が命をかけて、いや此方と共にずっと絶対に生きていくのじゃ!」
自己犠牲は、残された人々を悲しませる。
どうせ人を救うのなら、いかなる事態でも生き残り、次の場所でも更に救うのだ。
「うん、それで良いわ。御願いね、リーヤちゃん」
「はいなのじゃー!」
まだ深夜の昔話は続く。
今回はタケくんや、お父様の過去話です。
3人以上人間が集まれば派閥が出来ます。
また、集団の中で目立つ「浮いた」存在は、突き叩かれがちです。
幼少期、自己の不満を他人へとぶつける虐めは、どうしても起こってしまいます。
この場合、虐められた子のフォローはもちろん、イジメっ子に対してもフォローが必要な場合は多いです。
イジメっ子の大半は家庭環境等に不満があり、それを虐めに向けていくことが殆どですから。
「作者殿、今回はシリアスなのじゃな?」
チエちゃん、私とて、人の子ですし、人の親です。
色々思うところはあるんですよ。
「なるほどなのじゃ! 虐め問題は、子供だけの問題では無いからのぉ。教師がパワハラを子供にする場合もない訳ではないしのぉ」
ええ、何かと難しいですよね。
では、明日の更新をお楽しみに。




