第13話 ドワーフ娘は、犯人を追い詰める!
「ヘレナ。すいませんが、市場に行って旦那様に供える花を買ってきてもらえませんか? 出来ましたら、あの方がお好きだった白い花をお願いします」
「はい、奥様」
ヘレナは、レディ・ホノリアに亡き主人の墓前、いまだ遺体は捜査室預かりなので墓は空っぽなのだが、そこに供える花を頼まれた。
「では、行ってまいります」
メイド服を着たヘレナは、下町にある市場へ向かった。
その背後に「影」が付いている事になにも気が付かず。
◆ ◇ ◆ ◇
「これと、これを3束づつ。ユリは花粉が付かないようにオシベを取って、コンスタンティヌス・ホノリア様の御屋敷に届けて頂けませんか?」
「はい、分かりました」
ヘレナは花屋で墓に供える花を注文した後そのまま屋敷に帰らず、下町の奥深く、歓楽街を越えて路地裏のスラムに進んでいく。
「おいおい、ヒトのねーちゃんよぉ。ここは、おねーちゃんみたいなキレイな花が来るところじゃねーよ。悪いこたー言わねーから、とっととお屋敷にでも帰んな」
建物が重なり狭い路地、スラム街独特の饐えた臭いが漂う中、そこに屯っている若いオーク種の男が、メイド姿のヘレナをからかって話す。
「ここいら、相変わらずガラが悪いんだねぇ。しかしアタイの顔も知らねーとは、オマエ新参者かい? トニーは何処だい? ヘレナが来たと伝えんな」
急に表情を清楚なメイドからヤクザの姉御風に変え、蓮っ葉な話し方をするヘレナ。
その様子を見た若いオークは、驚く。
「ま、まさか! ヘレナの姉御ぉ! お、おみそれ致しましたぁ。トニーの兄貴をすぐ呼んできまっさぁ!」
若いオークは、路地の奥へと一目散に走っていった。
その様子を多くの者達が窓から眺めていたが、
「おいおい! アタイは、見世物じゃねーんだ。さっさと窓閉めろよ!」
ヘレナがそう叫ぶと、皆一斉に窓を閉める。
「まったく、困ったもんだい。しかし、アタイもお屋敷勤めが長かったから、ここの雰囲気を忘れてたよ。まあ、近いうちにココに逃げ込む算段だけどねぇ」
「お、ヘレナ。お前大丈夫だったのか!」
「大丈夫じゃねーよぉ、トニー。アンタのおかげで旦那をアタイが殺しちまったんだから」
奥から来た風来坊風のヒト種の若い男に、噛み付くように叫ぶヘレナ。
「ソリャ一体どういう事かい?」
◆ ◇ ◆ ◇
「つまりヤクを打ち過ぎたのかい?」
「そうさ、アンタから貰ったのを全部使っちまったら、旦那気持ちよくなるどころか、泡拭いて死んじまったんだ」
ここはトニーの隠れ家、雑多なモノに溢れ、饐えた臭いも部屋全体からしている。
トニーは、汚れたシーツを引いたベットに座るヘレナを上から下まで舐めるように見る。
「全部とは大判ぶるまいだったなぁ。アレ、お前の稼ぎ1年分くれぇだっただろ」
「でもさ、アタイ旦那を気持ちよくさせて抱いてもらいたかったんだよ。アタイは、旦那に何一つ恩返ししてなかったし、旦那の愛人にして欲しかったんだ。でもさ、旦那はアタイをそういう目で決して見てくれねぇ。だから薬盛ってでも抱いて欲しかったんだよぉ」
ヘレナは、以前勤めていた風俗店で覚せい剤を使用していたのを見ていて、それを使ってサー・コンスタンティヌスをその気にさせて抱いて欲しかった。
しかし、今も昔も前妻や今の妻以外には眼もくれず、更に娘の感覚で風俗店から救い出したヘレナに対して、そういう感情は決して抱かなかったのだ。
「まあ、やっちまった事はしょうがねぇ。で、まだオメーが捕まっていないって事は、オメーの仕業ってのはバレていねーんだろ?」
「ああ、指紋ってのは残さなかったさ。前に捕まった時に、指紋ってのでバレるってのは知ってたからねぇ」
ヘレナが風俗店から助け出される際に、すでに導入されつつあった地球の操作手順により全員の身元確認用に指紋が採取されていた。
そして、それが個人識別に用いられる事をヘレナは聞かされていたのだ。
「じゃあ、後は他のモンうまく騙して、屋敷の金目のモン盗んでこねぇか? それとも跡継ぎ上手く騙して乗っ取りでもするかい?」
「おい、アンタ! どこまで外道なんだい! アタイ、そこまで落ちぶれたかぁねえよ」
ヘレナは泣きながら叫ぶ。
しかし、トニーは軽薄な表情を変えない。
「けどさ、ヘレナ。オメーこれから何処に逃げるんだい? オメーの歳と顔じゃ客もそんなに取れねぇ。その上、バレたら殺人でお縄さ。ヘレナよ、オメーはもうオレの処以外にゃぁ逃げる場所なんてねーんだよ。運がイイ事に、オレの上は全員とっ捕まった。今じゃオレがココの顔役さ。オメーも悪いよーにはしねぇぜ!」
トニーは椅子から立ち上がり、ベットに座るヘレナに近付く。
「昔、オレと仲良くしてたんだ。これからも仲良くしよーぜ!」
そして、2人の距離が0になった。
◆ ◇ ◆ ◇
2人が抱き合う部屋、ドアの下から「影」がそっと動く。
影は、そのまま廊下、階段を通り、路地へと出て行く。
そのまま影は、歓楽街の外へと早足くらいのスピードで動いた。
それに他の誰も気が付かない。
「影」は市場の喧騒に紛れ、とある茶店の露店の前で止まった。
そして、その影からこげ茶色の髪をしたドワーフ娘が顔を出した。
「ぷっはーぁ! あー、はずかしー! アタイにエロシーン見せるような尾行させるんじゃねぇ」
「すまぬでござる、ギーゼラ殿。拙者では目立ち過ぎるので尾行はムリなのでござる」
◆ ◇ ◆ ◇
「すまないねぇ、おばちゃん! アタイ、喉渇いたから助かったよ」
「いいんだよ、ギーちゃん。アンタにはいつもお世話になっているし。そこのイヌのお巡りさんも、荷物運びとか手伝ってくれているし、変な客を追っ払ってくれているからね」
アタイは、露店のオバちゃんの店でお茶と茶菓子をご馳走になっている。
もち、茶菓子の正規なお金は払っている。
アタイは影の精霊を使い、その中に潜んでヘレナを追跡尾行した。
そして、決定的な発言と犯人達のアジトを発見したのだ。
「ギーゼラ殿、今回はすまないでござる。まさか、そういう事になろうとは拙者は想像もせなんだ」
「ヴェイっち、それはアタイも想像しなかったからお互い様さね。とりあえず、盗聴器とカメラは仕込んでおいたから、タカ飛びする前に捕まえる準備しなきゃだね」
どうやらスラムに残っていた一家の残党は、トニーってチンピラが仕切っているらしい。
そしてトニーがヘレナに薬物を捌いていた。
これで逮捕状を申請する証拠も確保できた訳だ。
「しっかし、ヘレナもバカだねぇ。愛して欲しかった人を殺めちまうなんて」
「愛は盲目とも申しますし、悲しい事でござる」
ヴェイッコは、大きな身体をかがめて、アタイの横に座って茶をすすっている。
「アンタ達の仕事って大変だねぇ。でも頑張っておくれよ。アタシら庶民を守ってくれるのは、貴族様とかじゃなくてアンタ達なんだから」
露店のオバちゃんは、アタイの頭をナデナデしてくれる。
もう十分大人なアタイだけど、でもこういうのは嬉しい。
…オバちゃん、アタイ頑張るね!
「うん、アタイ達に任せておいてよ! ね、ヴェイっち!」
「おうでござるよ!」




