第12話 新人捜査官は、推理をする。
「では、何故ヘレナがガイシャと関係して、その死に関係あるか。カルヒ巡査長、街での聞き込みをお願いしますわ」
「了解でござる、マム」
大分お腹が膨れてきたのか、満足っぽい顔のヴェイッコがメモを書いたスマホを見ながら話し出した。
「ガイシャ宅から貰った従業員の名簿を元にそれぞれの過去や素性を調べたのでござる。まずは執事。彼は先代、サーの父君が領主に仕える上級官僚として働いていた時代から屋敷にいたのでござる」
執事、耳の尖り方からしてハーフエルフ種。
見た目は中年くらいに見えたけど、僕が想像するよりも高年齢なのだろう。
「街や貴族街でも有能と評判が良く、今回の事件で既に多くの貴族からヘッドハンティングを受けているそうでござる」
確かにやり手っぽいイメージがあるから、奥様と子供達だけになったホノリア家を守ってくれそうでもある。
「で、問題のメイド、ヘレナでござるが9年前の災害で家族を失って、しばらくの間、町の歓楽街や如何わしい処で働いていたところ、ガイシャが住み込みのメイドとして引き取ったとあるでござる」
9年前となると、ヘレナもまだ十代前半の少女。
家族を失った女の子の行く先として風俗系というのは、どの世界でもお約束と言えよう。
「なお、ガイシャは7年程前に仕事の一環で如何わしい店の検挙活動中にヘレナを発見したそうで、ガイシャ自身に怪しげな趣味はなかったでござる」
その頃のガイシャは奥様を亡くして2年程で、お嬢様は幼い。
更に支えになる現奥様が屋敷に居たはずだから、そんなコトしている暇は無いだろう。
如何わしい店で搾取されていた若い娘を救って、正道を歩ませる為に雇ったというのも理解の範疇だ。
「その如何わしい店は、先日捕まえたマナレーゼ一家の店だったとの記録があり、その時ファミリーの若いモンと付き合いがあったそうでござる」
そのセンが覚せい剤の入手経路な訳だ。
「つまり、その時の繋がりでヘレナは覚せい剤を入手することが可能だった訳ですね」
「はい、マム。その如何わしい店では、かなり以前から薬物使用があったそうで、地球産のモノも検挙時には使用開始されていたと、当時の記録に残っているでござる」
これで、完全に「線」が繋がった訳だ。
「なお、屋敷の他の使用人でござるが、シェフ等は通いの上、ガイシャを殺す理由も特段無いのでシロと思われるでござる」
ヴェイッコ、足を生かして中々な調査をこなして来た。
その風貌は、お茶目と凶暴が入れ混じった感じ。
表情一つで、子供達の人気者になったり、コワモテのお兄さん方を震え上がらせる事も出来る。
先祖代々、騎士、それも警備系に従事する家系の出身だから、刑事役が天職にも思える。
「では、売人を捕まえてヘレナに売ったのが確認出来れば、逮捕状も出せます。わたくしが警察の留置場や騎士団の牢獄で確認致しましたが、売人関係は今回逮捕できていません。おそらく街の闇に潜んでいると思いますので、皆さん捜査の継続をお願いします」
「サー・イェス、マム!」
……マム、家系は神殿の高級神官だからナイト格よりも上の貴族なんだよね。まあ、地球式の軍隊式敬礼では、サーって言うけどね。
何故、地球式が採用されていたのか。
僕がこちらに来た時から、こうだったから理由は不明。
もしや地球の軍隊映画とかの影響で無いかとは類推中。
「さて、後は……。モリベ巡査、いえタケ。この『肉じゃが』の作り方、特に崩れるように柔らかい豚肉の作り方教えてくださりませんか? これウチの子にも食べさせてあげたいのぉ!」
今までの冷徹な指揮官の仮面を脱ぎ捨てて、1人の母親の顔をするマム。
マム、実はシングルマザーで今単身赴任中。
遠く離れた帝都にある実家の神殿で、お子さんは乳母の方々のお世話になっているそうだ。
なかなかお子さんと一緒に居られないから、寂しがっている風に僕には見える。
時々、スマホやPC画面をじっと見ているけど、お子さんの写真や、今は無き旦那様の絵姿を見ているらしい。
……マムも、僕同様あの災害の被害者なんだよね。
「考えてみたら、ウチの子とタケ。実年齢は同じくらいなの。だからかしら、時々タケの事を思いっきり可愛く見えちゃうのよぉ」
……まあ、未だに10代に見られそうな僕じゃ、しょうがないよね。
「はいはい、りょーかいです。マムのお子さんの変わりは出来ませんが、お役に立てたらとは思います」
「ありがとうね、タケ。ウチの子もこんな良い子に育って欲しいわぁ」
プライベートでは、ほんわか風なママさんのマム。
出来れば、早くお子さんと一緒に暮らせるようになってほしいものだ。
「確かにタケっちは、アタイにとっても良い弟分さね。もう少し筋肉は付けてほしーがな」
「ギーゼラさん、ちょ、痛いです。しかし、無理を言わないで下さいよ。人種的にアジア系日本人は筋骨隆々にはなりくいし、その上僕は家系的にもどっちかと言えば華奢ですから。もちろん捜査のジャマにならないようには鍛えてますけど」
ギーゼラは僕の背中を叩いて、僕を可愛がってくれる。
……そういえば、父さんも華奢なほうだったから、警察学校時代武道で困ったって言ってたっけ?
「そりゃ、さっきのDNAってヤツがそうなっているってことかい?」
「ええ、環境や努力、鍛えることで遺伝子の設計限界には近づけますが、設計を越えるのは並半端な努力では難しいですね」
……日本人にアフリカ系の様なムッキムキに成れってちょっと難しいもん。ドーピングは健康に悪いし。
「そうか。ま、タケっちにヴェイっちになれと言うのがムリなのはアタイにも分かるけどな」
「では、ギーゼラ殿は、ガイシャのお嬢様みたいに御淑やかになって欲しいでござる。大抵コンビになる拙者がいつも困るのでござるよ」
ギーゼラがヴェイッコに話を振る。
しかし、日頃のやり返しと反撃に出るヴェイッコ。
「なにぃ! このスシ野郎、なに言ってやがるんだい! アタイは、硬っくるしーのとか種族の仕来りが嫌で実家から逃げたのに、ここでも硬くなれってのは嫌だい! ねー、リーヤっち」
「そうじゃ、此方も似たような理由で家を出たのじゃ。ここでくらい羽を伸ばして何が悪いんじゃ、このイヌのお巡りさんがぁ!」
しかし、ウチの二大口やかましい女の子を怒らせたのは失敗だ。
いつもの「悪口」で打ち返されるヴェイッコ。
……ヴェイッコさんのミドルネーム、スシってのは日本語の寿司を連想するし、狼系獣人だから、「犬のお巡りさん」というのも満更間違いじゃないんだよねぇ。
「あー、また2人して拙者を虐めるでござる。マム、キャロ姉さん、タケ殿、フォルちゃん、拙者を助けて欲しいでござるぅ」
「今のは貴方が悪いわ、ヴェイッコ。あまり女の子を虐めちゃ駄目よ」
「マムぅぅ!」
賑やかで居心地の良い捜査室の面々。
平和で賑やかな夕食が、まだしばらくの間続いた。
(追記解説)
第11話では、少し暴走しすぎてDNA鑑定まで話が進まなかったので、今回は真面目に解説を致します。
DNA鑑定に用いられますのは、以下の5検査方法です。
1)STR法
STR、短鎖縦列反復配列を利用する方法です。
DNAの中には、あるDNA配列が一つの単位になて直列に複数回繰り返して並んでいる特定領域(遺伝子座)がたくさんあります。
遺伝子座における数塩基~10塩基程度の短いDNA繰り返し回数をSTRと呼びます。
これは両親から片方ずつ受け継ぎ、個人識別及び親子鑑定に用いられます。
STRを測定する際に利用されますのが、今話題のPCR法です。
PCRはDNAの一部を増幅、増やす事で分析をしやすくします。
ちなみに、コロナウイルスの場合はRNAウイルスなので、いったん逆転写(RNAからDNAを生成)するRT-RCP法を用いていますね。
PCR法を用いることでSTR法は、数値として検査結果を出すことが可能になり、客観的に判断がしやすいです。
また比較的低コスト、短時間での検査が可能ということで、犯罪捜査でも多く用いられます。
アメリカでは、犯罪捜査用DNAデータベースCODISシステムとして、STR法のデータを集約しています。
ドラマ「CSIシリーズ」ではCODISにヒットした、とかよく聞きますよね。
2)MLP法
またの名をDNA指紋法とも言います。
DNA内の高多領域であるミニサテライトのバンドを複数同時に検出します。
人種や民族に関係なく、またデータ化されていない被験者の比較にも用いられます。
バンドはメンデルの法則で親から子に遺伝しますので、親子鑑定にも使えます。
染色させたバンドを比べて比較するので、数値化が難しく正確な判断には専門技術者が必要になります。
3)SLP法
単独のミニサテライトについて調べる方法。
主に2対の遺伝子の違いを判断し、STR法よりも識別能力が高いです。
兄弟、伯父甥などSTR法では難しい肉親関係鑑定にも有効です。
MLP、SLP法とも人件費や検査費用が高額になるため、STR法と併用される場合が多いです。
4)ミトコンドリアDNA
第11話で解説しました様に、細胞内小器官ミトコンドリアは独自DNAを持ち、母系遺伝をしていきます。
民族、人種、そして遠縁の血族判定にも用いることが出来ます。
5)Y染色体STR法
同じく第11話解説で説明しました、男系遺伝子です。
他の常染色体マーカー(STR法)ほど個人差は出にくいので、民族、人種、父系血族判定に用いられます。
未解決事件である世田谷一家殺害事件の犯人については、犯人の残した血液からミトコンドリアDNA及びY染色体STR法による解析が行われ、以下の事が分かりました。
男性、A型、母系は南欧系、父系は中国漢民族(65%)及び朝鮮民族(51%)及び東南アジア(ビルマ87%)に比較的多くみられる(日本国内では関東3%、九州20%ほど)遺伝子型であること。
このように、犯罪捜査や親子鑑定、人類史の研究にDNA鑑定は役立っています。
以上、DNA鑑定についてでした。




