第35話 新米捜査官は、孫子を語る。
僕は、邪神になったつもりで考える。
邪神にとって目的は、システムの奪取からの世界結界の解除。
邪神本体と仲間をこの世界に呼び寄せるのが、最終目的だ。
次に、邪神が邪魔になる障害。
それは邪神を倒す力を持つ魔剣使いのコウタとその仲間達。
彼の到着を邪魔すべく遠い惑星で騒ぎを起こし、そちらにコウタをひきつけた。
更に義妹のリタ姫や妻のナナへ危害を加えようとした。
邪神が使いそうな策。
既に力押しは2回行ったが、毎回封じられた。
特に今回は、街に攻め込ませずに一方的に壊滅させた。
ならば次なる策は、絡め手。
コウタの足止めをしている以上、時間制限があるので、自分が直接動くだろう。
しかし、自分が動いたら目立つので牽制と客寄せを兼ねて、倒しにくい囮を使う。
その囮に最適なのは、僕達が殺すのを躊躇う人間。
なれば遠い近隣諸国を使うのではなく、既に「タネ」を蒔いている帝国領内の領主達を使う。
そして、ちょうど彼らを護衛してきた私兵達が帝都郊外に待機している。
ここまでは思いついた。
「つまり、共通の敵を設定して帝国内を纏めるということだな?」
「はい、今は陛下が帝国内では『敵』扱いです。そこで、真の敵を提示し、陛下ご自身は帝国の全住民を守る為に力を使う宣言をしては如何ですか? 更に、味方をすれば得すると知らせるのです」
敵の敵は味方、邪神なぞに味方しても良い事は無いとアピールし、更にこちらに味方をすれば利が多い事を宣伝するのだ。
「ピンチはチャンス、せっかく全人類共通の敵が出来たのですから、それを帝国やその他国々が纏まる切っ掛けに使えば良いんです。このために地球の科学技術、テレビ等を使うのです」
「タケは、余に政見放送とやらをせよ、という事なのだな」
「はい、今晩中に話す内容を纏めてください。僕は地球に連絡をつけてマスコミを呼び込みます。ネット中継なら、今からでも大丈夫でしょう。次は、政権放送を見たり聞いたりしてもらう方法、確か帝都内には時刻を示す為に防災無線放送が数箇所にありましたよね」
すでにポータムでは街頭テレビはあるが、帝都ではテレビはまだ城内のみ。
定時の鐘が聞こえない地域が無いように、防災無線放送施設を利用し始めていた。
「うむ、今は定時の鐘の音だけ鳴らしておる。アソコから政見放送を流すのか?」
「はい、音量を最大にすれば帝都内全域は聞こえると思います。どうせ襲いにくる領主は帝都内に滞在中でしょうし、郊外の領主私兵にも聞こえるかと。後は、他領ですが、何か広報用の放送に使えそうなものがありますか?」
少年皇帝は、考え込む。
「確か、先だっての災害以降、魔法通信ネットワークは出来ておったのでは無いかなのじゃ。此方はお父様に見せてもらった事があるのじゃ!」
リーヤは、自分が見た帝国内の緊急通信システムの事を僕に教えてくれた。
「リーヤさん、それに強制介入して領主クラスに政見放送を届ける事は可能ですか?」
「うみゅぅ。確か親局からなら無理やり繋げる事は可能と聞いておるのじゃ!」
他領については領主の「首」さえ押さえてしまえば勝ちだ。
もちろん物理的では無く、世論というもので。
「なれば、放送については、そういう段取りでいきましょう。陛下には、何個かの有名な演説動画をお見せしますので、演技の参考にしてください」
僕は陛下に、ちょびヒゲで悪魔的に演説が上手かったナチス総帥の動画、そしてこれのパロディとも言える、宇宙世紀における公国総帥の演説動画を紹介した。
「ほほう、こんな感じで感情を込めるのか。ちょびヒゲや、このアニメとやらのは凄いな。言葉が分からないのに、心を揺らすぞ!」
世界でもっとも演説が上手いちょびヒゲ総帥。
そして日本アニメ史上、もっとも有名な演説。
アニメにそこまでディープでない僕でも、これは知っている。
「此方もつい、ジークなんて言いたくなるのじゃ!」
リーヤはいうまでも無く日本語が分かるし、本編を知っているのでノリノリだ。
「よし、分かった。では演説内容についてはアレクよ、頼む。他の文官達と相談して決めるのだ。其方も地球の演説を参考にせよ。これで味方が増えるのなら良いわ。血を流さずにする戦争、実に面白いぞ。よく、このような策を思いつくな、タケよ」
「この辺りは、地球の兵法の応用でございます。古代中国の『兵法36形』、そして『孫子』の兵法。後は、先程のちょびヒゲの国の『戦争論』などですか。孫子は政治的観点からの戦争を、戦争論は軍人目線からの戦争を説いています」
僕は、趣味で読んでいた兵法書について陛下に話した。
「それでなのね、タケちゃんの策が変幻自在奇想天外なのは」
「わたしもゲーム遊ぶのに『孫子』は軽く読んだよぉ。漫画のも読んだし。『孫子』は、攻める事を重視しないから、わたしは好きだよぉ」
「タケ殿、兵法書をお読みか。孫子は時代劇でも語られているでござるよ」
「タケっち、物知りだねぇ」
「此方はさっぱり分からないのじゃ!」
マムは両腕を組んでうむうむといった感じで納得し、フォルは自分も孫子を勉強した事を話した。
漫画は確か、二代目孫子といわれる春秋戦国時代の軍師、孫ピンの話だったはず。
彼も孫ピン兵法を記しており、近年発見されたと聞く。
ヴェイッコは時代劇から孫子を知っていたらしいし、ギーゼラは素直に僕を褒めた。
リーヤは自慢げに分からないとドヤ顔だが。
「ほう、では事が終われば、余も『孫子』とやらを読もうぞ。その書は一体どんな内容なのだ?」
「内容を少し乱暴に語るのであれば、戦争は国が滅びるかどうかの事なので、簡単に戦争をしてはならない。やるならば勝てる様に戦争前にとことん準備をして、必ず勝つようにしてから勝つという内容でございます」
僕は陛下に、簡単に孫子について語った。
「バカな戦争を延々として国家を疲弊させ、領民を泣かすのは愚の骨頂とも語っています。主戦場に、領民を巻き込む街を選ぶのは悪。そして戦争こそが、悪と語ります。戦争の悲劇を少しでも減らすのが孫子の主論です。これが今から2500年近く前に書かれたものであるのは、実に恐るべき事です」
超古代の兵法書ながら、その優れた戦略・戦術観は現代はおろか未来、異世界でも通じるものがある。
敵味方全ての悲劇を減らす為の兵法、それが孫子。
「うむ、今少し聞いただけでも凄さが分かるぞ。よし、余も孫子を勉強するのだ。だからこそ、こんなところで負けてはおれぬのだ。皆、頼むぞ!」
「御意!」
さあ、これからが僕の腕の見せ所。
力では勝てないけれども、頭で邪神を困らせてやる。
人類を舐めるな、邪神!
少し、古代中国の兵法書「孫氏」について語ってみました。
書かれている事は、ビジネスとかにも役に立つので、軽くでも見ると良いですよ。
「孫ピン」優しい軍師の漫画は、私大好きでした。
では、明日の更新をお楽しみに。




