第10話 新人捜査官は、御三どんをする。
「では、皆さんが集めた情報から犯人を絞り込みましょうか」
「はい、マム!」
再び捜査会議。
しかし、また僕が御三どん、台所仕事しているのはどうしてなのだろうか?
……こいつら、僕の事を日本食料理人と勘違いして無いかなぁ?
「では、ペトロフスカヤ警部補。お願いしますわ」
マム、優雅に話しているけど、眼を目の前の「肉じゃが」から離さないのはどういう事なのやら。
「うむ、では始まるのじゃ! ん、むふぅ!」
リーヤ、口の中にジャガイモ頬張って話すのは、お行儀悪いと思う。
……リーヤさん、お貴族令嬢がして良い表情じゃないぞ。どれだけ、欠食児童なんだか。
「えーっとじゃな。屋敷での聞き込みで分かったのは、メイドのヘレナが怪しいという事じゃ。死因を言うても無いのに、違法薬物の過剰摂取と知っておった」
口を滑らしたのか、誘導尋問をしたつもりは無かったけれど、違法薬物で亡くなったとはっきり言ってしまったヘレナ。
重要参考人である事は、間違いあるまい。
「他じゃが、遺産相続とか辺りに別段怪しい事も無いし、後妻殿と先妻のお嬢様は仲が良さそうじゃった。家督争いとかも特段無さそうじゃし、家族内の犯行は考えにくいかのぉ」
「どうもありがとう、リーヤ。落ち着いてご飯食べて下さいね」
苦笑しながら話すマム。
マム自身、どうやら先日鍋に使った昆布を煮染めた佃煮が、気に入られたご様子。
出汁取りに使った昆布を千切りにして、削り鰹節や椎茸辺りと一緒に甘辛く煮付けると、旨み成分マックス、ご飯のお供に最適だ。
昆布のグルタミン酸、鰹のイノシン酸、椎茸のグアニル酸。
3大旨み成分アミノ酸が大暴れだから、美味しいに決まっている。
……料理って化学に通じるから、レシピどおりに作れば、そこそこ以上に美味しいんだよね。料理べたな人にアレンジャーいるけど、あれはメシマズだよぉ。
「では、モリベ巡査。薬物や鑑識関係の説明をお願いしますわ」
「はい、マム」
僕は、食事の手を止めて説明をする。
……僕、お行儀はそれなりに良いんだよ。
「山西組から回収した覚せい剤と、ガイシャの体内及び注射器から検出された覚せい剤は不純物が一致しましたので、同一製造ロットのものと思われます」
覚せい剤などの違法薬物、純度が高すぎると効果が出すぎるし販売価格が高額になる為に、混ぜ物を意図的に行う。
良く用いられるのにカフェインがあるし、薬効成分を上げる為に単独の成分でない事も多い。
通常、アンフェタミン、メタンフェタミンが混合されているし、モノによればコカインやメチルフェニデート、MDMAなどがブレンドされている。
これらの比率、レシピはプラントや製造ロット毎に異なる。
なので、成分比率が分かれば製造元すら分かる場合も多い。
「おそらく、北の某国関連のモノでしょうか。日本の組織が地元マフィアに売りさばいていた様ですが、値段交渉で揉めた時に僕らが乱入したというのが先日の銃撃戦ですね」
以前、東南アジアの黄金のトライアングル(タイ・ミャンマー・ラオス国境地帯)に大規模な麻薬密造地帯があったし、近年でも北の某国が日本海を通過して日本国内へ違法薬物を下ろしているらしいというのは、もっぱらな噂。
「遺留物ですが、指紋、微物などが多すぎて判別は自分1人では無理ですね。注射器は、ガイシャの血液以外指紋すら残されていません。ただ、残存血液量が多いので、慣れた人が注射を行っていないですね」
静脈注射をする場合、ちゃんと静脈に刺さっているか確認するために少しポンプを引き戻して血(逆血)が出てくるか確認する。
注射を行うのに慣れていないと逆血が多くなりすぎたりするらしい。
……って、この辺りは本当ならキャロリンさんの管轄だけど、彼女はニコニコお肉と対決中。今回は牛じゃなくて豚にしたんだ。
豚肉をホロホロにするのは、秘密兵器圧力釜の出番さ。密林さまさまだね。
……あれ!? もしかしてこうやって料理に凝るから、僕は御三どん役になっているのかも!
「生活反応のある注射痕が複数個ありましたが、ガイシャが暴れた形跡はありませんでしたので、注射時にすでに意識が無かった可能性もありえます」
生前に付いた傷は生活反応といって、出血、炎症反応などが起きる。
これが死後だと起きないので、生前の傷なのか死後の傷なのかが判断できる訳だ。
「これ以降は医学的なお話になるので、ショーネシー先生。お願いします」
僕は、まだ分厚いブタ肉と格闘中のキャロリンに話を振った。
「あ、はいぃ。タケ、後でレシピ教えてね」
……箸で摘むとホロリと崩れる豚肉は絶品だものね。大成功!
「ガイシャの血中薬物を検査しましたが、覚せい剤の他に睡眠薬らしき成分が検出されています。血中濃度からして、昼食時に混入されていた可能性があります。それとガイシャの下半身から体液が発見されておりまして、DNA鑑定の結果、体液の主は女性、ヒト種、個人名ヘレナと判明しています」
ナニな男性シンボルからナニな体液。
つまりヤッていらっしゃった訳だが、それが死の直前だったとしたら証言をしていないヘレナが怪しすぎる。
それに夫婦仲が悪そうな話も不倫とかいう話も聞かない。
「キャロん、体液とはどういう意味なのかい?」
ギーゼラがキャロリンに聞いてきた。
「えーとですね。フォルちゃん達が居る処では話辛い18禁、男女の下半身の話なの。まあ、幸い唾液だったのだけれど」
「あ! ごめん、キャロん。聞いたアタイが悪かったよ」
顔どころか耳まで真っ赤にして、ご飯をかっ込むギーゼラ。
彼女もソウイウ事には疎くて恥ずかしいらしい。
「ギ、ギーゼラや。此方やフォルちゃんが居る前で、そういう話題はせぬ様に頼むのじゃ!」
リーヤやフォルも顔を赤くしている。
「拙者も恥ずかしいでござるが、タケ殿は恥ずかしくないでござるか?」
ヴェイッコ、僕が平然としているのが不思議らしい。
「学術的な話をしている時は恥ずかしくないですね。ただ、実際に自分がそういう事になったら、……。とっても恥ずかしくて大変でしょうね」
一応、科学者たる僕。
性医学も少しは分かるし、仕事柄DNA鑑定に「ああいう」体液を使うのも良く知っている。
学術的と思えば割り切りは出来る。
……といって、僕も「そういう」経験は無いからねぇ。学生時代は、勉強一筋だったし。
「ま、まあ話を続けましょうか」
マムも色白の顔を赤くしている。
まだ職務中なのでお酒は呑んでいないにも係らず。
……マムもお嬢様なのね。
(追記)
今回は覚せい剤について。
アンフェタミン・メタンフェタミンに代表されます向精神薬。
本文中にあるように、ブレンドされて使われることが多いです。
この覚せい剤、特にメタンフェタミンは、戦前に軍事目的などとして薬局などで商品名「ヒロポン」が販売されていました。
「サザエさん」の長谷川町子先生が戦後直ぐに書いた漫画「似たもの一家」の中でワカメちゃんタラちゃんに似た子供がヒロポンを飲んで笑い転げているという場面があります。
昭和26年に「覚せい剤取締法」が出来るまでは合法的に売り買いされていたので、この漫画を書いた時点では合法でした。
今考えれば恐ろしい話ですが、戦場で寝ずの警備や夜間戦闘をする際の眠気止めに使われていた様です。
今でも米軍はアンフェタミンを軍事目的に使用しているとの話もありますね。
なお、メチルフェニデートは、日本でもナルコレプシー、発達障害のADHDの治療薬として、管理厳しく投与されています。
因みにMDMAは幻覚系、麦角由来のLSD同様やっかいな薬物です。
とにかく向精神系薬物は危険、医療的に処方されていても適量を守り、また違法薬物には絶対手を出さないように。
人間を辞めることになりますよ。
後、カフェインは合法ですが、それでも効果が無い訳でもなく、オリンピックでも禁止ではありませんが監視対処です。
エナジードリンクの飲みすぎ、カフェイン錠剤の追加ドーピングは命を削ります。
無茶はせず、素直に休める時はゆっくり休んでください。
栄養ドリンクは、「元気の前借り」ですよ!
以上、解説でした。




