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「貴様とは婚約を破棄する」


 今日は陛下の生誕を祝う夜会。そのさなかに、婚約者である殿下からそう告げられたとき、耳を疑いました。その一方で、やはりか、とも思いましたけれど。


 わたくしの婚約者でもあり、この国の王太子殿下でもあらせられる、クリストファー・レスティア様は最近、身分の低い男爵令嬢であるアイリ・ル・フェルナーデ様と、ただならぬ関係になられていたようです。側妃にするならば問題はなかろうと放置しておりましたが、なるほど、こうなりましたか。


「かしこまりました。では、わたくしは陛下へ報告してまいります。殿下方はどうぞごゆるりと夜会をお楽しみ下さいませ」


 そう言って、陛下のいらっしゃる方へ行こうとしたのですけれど、許してくださらないようでした。


「まて」


 わたくしを呼び止めた殿下を見ると、アイリ様が勝ち誇ったような顔でわたくしを見下ろしました。殿下ともあろうお方が、その程度の方に誑かされるとは。


「なんでしょうか」

「貴様に、アイリに対する謝罪を要求する」


 謝罪とは、どういうことなのでしょうか。わたくしは、アイリ様に謝らなければいけないことなど、した覚えがありません。


「なぜでしょう」

「なぜ……だと、貴様、自分が何をしたのかわかっていないのか! 貴様は嫉妬に狂い、アイリをいじめ、更には亡き者にしようと階段から突き落としたり、暗殺者を送り込んだりしたのだろう!」


 ため息が出てしまいます。わたくしがそのようなことをしたところで意味もありませんのに、どうして殿下ともあろうお方が信じてしまわれるのでしょう。


 呆れてものも言えません。殿下のお話を聞くのも疲れてきてしまいました。このまま陛下に奏上することにしましょう。


「わたくしがそのようなことをする意味はありません。証拠もないのでしょう。婚約破棄の件は、わたくしから陛下に奏上しておきます。それでよろしいでしょう。御前失礼いたします。さようなら。殿下」


 殿下は立ち去るわたくしに何かおっしゃっていたようですが、それを放っておき、わたくしは陛下へ、婚約破棄されたと、奏上しました。


「そう、か……。10年もの長いあいだ、息子の婚約相手であってくれたこと、礼を言う。あのバカ息子は王位継承権を剥奪し、我が弟であるトリリード辺境伯の領地にて療養させることにしよう。大儀であった」


 陛下は悲しそうに目を伏せました。なぜならば、わたくしとの婚約が、殿下が次期王になるために必要不可欠だったのです。


「して、フィーナリア嬢は、今後どうするのだ?」

「わたくし、お慕いしている方がおりますの。その方に、婚約を打診致しますわ。かの方は公爵家嫡男ですし、問題ないかと」


 殿下の後ろに控えていらっしゃったエルリード・フォン・イグニス様。あの方の眼光に、わたくしは強く惹かれました。わたくしに流れているこの血のことは何もご存知ないとは思いますが、それでも、あの方と、エルリード様と添い遂げたいと、そう思うのです。




 夜会が終わったその後、クリストファー殿下、……いえ、元殿下は王位継承権を剥奪され、トリリード辺境伯の領地にて療養されることになりました。アイリ様もご一緒だそうです。おふたりはきっと、穏やかな余生を過ごされるのでしょう。


 さて、わたくしはお父様に、エルリード様をお慕いしている旨を告げ、婚約の打診をしていただきました。わたくしは婚約を破棄された身ではありますが、落ち度など何もないことを、貴族の皆様はお分かりになられています。それほどまでに、男爵令嬢は非常識なやり方で、殿下をおとしたのです。


 ……殿下との婚約が決まったその時、わたくしはまだ8歳でした。ですが、そのころにはもう公爵令嬢として、どこかの家に嫁ぐことは理解していました。自由な恋愛を許されるわけがないことも。

 ですので、殿下とは良い関係を築こうとしておりました。愛し愛されることがないとしても、相方として支えていこうと、そう思っておりました。決心は無駄になりましたが。


「フィーナリア」


 お父様に呼ばれました。婚約の打診の返事が来たのでしょうか。


「はい」

「エルリード殿との婚約のことだが」


 胸がドキドキします。断られることがないとは言えません。同格の公爵家といえども、あちらにもたくさんの婚約の申し込みはあるのだと思います。そのなかからわたくしが選ばれる可能性は、高いわけではありません。


「承諾していただけた。だが」

「わたくしの身に流れる血のことでしょうか」


 わたくしには、三国の王族の血が流れています。父方の祖先は言わずもがなこの国の、母は隣の大国メルディアーレ王国の、そして母方の祖父は隣国ロスティリア皇国の血が。ですから。


「ああ、だからお前は子を成すことを許さない。幸い、と言ってもいいことではないが、エルリード殿はお小さい頃に高熱を出され、子種がない可能性が高い」

「存じております。できないよう、細心の注意を払います。できたとしても、その子は諦めます。この国のためですから」


 もしわたくしに子ができたとしたら、それは戦乱の世の幕開けになるかもしれないのです。三国の王族の血が流れたわたくしの子は、担ぎ上げられ、どこか、あるいは三国すべての王位を継承することも、不可能ではありません。


「ならばよし。一年の婚約期間を経たあと、結婚式を挙げる予定だ。それまでの準備期間、楽しむといい」


 公爵夫人としての教育は、王妃教育にて済ませてあります。どこの夫人の役割も、たいした違いはありません。


「ありがとうございます。お父様」


 そうしてわたくしは、エルリード様の婚約者となったのでした。


 ***



 婚約者となったからには、エルリード様にお会いしなくてはなりません。事前に訪問することを告げ、イグニス公爵家へ向かいます。


 イグニス公爵家についたわたくしは、応接間まで案内されました。そして、ようやくエルリード様と対面しました。


「はじめまして、ではありませんね、エルリード様。フィーナリア・フォン・レフィナーデでございます」

「ああ、フィーナリア嬢。エルリード・フォン・イグニスだ」


 自分の名前を告げたはいいものの、わたくし、同世代の男性とあまりお話したことがありませんでした。どうしましょう。


「あの……、わたくしのことはフィーナとお呼び下さい。婚約者なのですから」

「フィーナ。わかった。俺のことはエルと」

「かしこまりました。エル様」


 エル様は、何やら悩むような素振りをなさいます。何かお気に触ったのでしょうか。


「ひとつ、フィーナに聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「なぜあなたは俺に婚約を持ちかけた?」


 真剣な眼差しでわたくしを見つめるエル様。そんな顔も、素敵です。

 ……質問に答えなければ。


「簡単なことです。わたくしは、貴方様をお慕いしております。殿下の傍にいた、エル様に」


 それを聞いて、エル様は顔を真っ赤にされてしまいました。公爵家嫡男ですから、こういうことには慣れておいでだと思いましたが、違ったのでしょうか。


「本当に、フィーナが、俺を?」

「はい。わたくしは、殿下と婚約していた時でさえも、エル様をお慕いしておりました。殿下と婚姻を結ぶのであれば、叶わない恋だとはわかっておりました。ですが、殿下との婚約は破棄されたのです。わたくしにとっては、渡りに船でございました」

「……俺も、あなたのことが好きだ。フィーナ。殿下の隣に立っていたあの頃から、ずっと」


 まあ。なんということでしょう。エル様もわたくしをお好きと。これは計算外です。わたくしのことなど、エル様は意識しておられないと思っていました。


「いつの間にか、相思相愛でしたのね。思い切って婚約を打診してよかったです。それで、ですね……」

「どうした?」


 わたくしはエル様に私に流れる血のことを打ち明けようと思います。結婚後に何かあってからでは遅いですから。


「わたくしには、三国の王族の血が流れています。父方の祖先は言わずもがなこの国の、母は隣の大国メルディアーレ王国の、そして母方の祖父は隣国ロスティリア皇国の血が。ですから」

「子を成せば、この国は揺らぎかねない、ということか」

「はい。……申し訳ございません」


 今となっては、この身に流れる血が憎らしく思えてきます。エル様との子を産むことはできないのですから。


「いや、構わない……といえば語弊があるかもしれないが、あまり気にするな。俺は叶わないと思っていたあなたを手に入れられて、それだけで十分だ」

「ありがとうございます。……そろそろ時間ですので、わたくしはお暇しようと思いますわ」


 伝えなくてはならないことを伝えただけですのに、好きな方と過ごす時間はすぐに流れてしまいます。


「もうそんな時間か。名残惜しいが、また会いにいく。フィーナも、いつでも来てくれ」

「はい」


 わたくしはイグニス公爵家からお暇し、自宅に戻りました。



 ***



 あれから半年が過ぎました。エル様とは順調に仲を深められていると思います。穏やかな日々が過ぎて行きました。

 そんな時でした。


 国王陛下より、エル様を立太子する、そう告げられたのは。


 確かにイグニス公爵家は、古きより続く、王位継承権があってもおかしくない家柄です。ですが陛下には第二王子もおります。次の王太子殿下は、その方となる予定でした。


「わたくしの、せい……?」


 私に流れるこの血が、エル様を王太子とさせてしまうのでしょうか。公爵夫人として何事もなく、平和に過ごせたら、そう思っておりましたのに。


 とにかく、エル様のお考えを聞かねばなりません。王太子殿下になっても良いと思われているのでしたらこのまま婚約を進めていいでしょう。ですが、なりたくないのなら。


 わたくしは、潔く身を引いて、第二王子とでも婚約するか、一生独り身として過ごす。その選択肢しか残されておりません。

 ですが、それでエル様が幸せになられるのでしたら、それでも、構いません。



 突然の知らせに混乱するわたくしに手紙が届いたのは、その日の夕方のことでした。

 エル様からのお手紙です。


 そこには、王太子殿下になっても構わない。そう書かれておりました。そうすることでわたくしを手に入れられるのなら、と。

 わたくしは、エル様の枷になってしまわないでしょうか。


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