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私の世界  作者: 光太朗
9/9

たったひとつの 3

 あなたは光。

 あなたは愛。

  


 ──その声に、リィナは気づいていた。

 とっくに、知っていた。

 けれど、鈍感なふりをしていた。認めなかった。

 認めてしまったら、立ち止まってしまう。

 生きていくことなど、できなくなってしまう。


 

 あなたは夢。

 あなたは世界。


 

 泣きたくなるぐらい優しい声が、いつだってリィナを包んでいた。

 だから幸せでいて、とささやく声。笑っていて、と慈しむ声。



 あなたは、私の世界。

 あなたが、私の世界。


 

 けれどそれは、リィナにとっても同じだった。

 存在を知ったときから、それこそがリィナのすべてだった。

 あの人も喜んでくれた。それからすぐに亡くなってしまったけど、生まれゆく、まだ見ぬ我が子を、全力で愛してくれていた。

 あの人の分まで、と思った。

 愛し方など知らないけれど。

 それでも、愛せると思った。

 愛しい愛しい、大切な、子。



 どうか、泣かないで。

 悲しまないで。

 笑っていて。

 生きて。

 生きて。

 生きて。







「そうやってあなたが認めないことが、その子をここに縛り付けた」

 莉啓が、リィナを見下ろしている。

 だれもが、リィナを見ている。

 まるで光をまとっているかのような、ひどく美しい彼らを、リィナは順に、ゆっくりと見た。どこか現実離れした姿。最初に惹かれたのも、心のどこかで、わかっていたからなのかもしれない。

 この子と同じなのだと。

 同じ世界を生きているのだと。

 リィナの頬を、涙が伝った。

 もう逃げられないのだと、悟った。

 これ以上、この子を、とどめておくことはできないのだ。

「呪われてるなんて、嘘」

 リィナはつぶやいて、腹部に手をあてた。

 そこにはもう、何もない。

 そこにいたはずの命は、とっくに、消えてしまっていた。

「守ってくれてたのよね。あたしが、辛い思いをしていると、思ったのよね」

 けれどもう、応える声は聞こえなかった。

 あたたかいぬくもりも、どこかに行ってしまっていた。

 リィナの瞳から、涙があふれ出す。それはとどまることを知らず、後から後から流れ出て、リィナは両の手で乱暴に滴をぬぐった。まるで泣くことは許されていないとばかりに、歯を食いしばり、力一杯自らの頬を叩いた。

 沈黙が落ちる。

 リィナは瞳を伏せた。

 泣く代わりに、言葉をこぼした。

「ごめんなさい」

 静かに、一言。

 まだ生まれていない命に依存して、すべてをゆだねて、罪まで犯させて。

 ひとりで踏ん張っているふりをして、その実、どこまでもすがって、すがって、すがって。

 なんて愚かだったのだろう。

 母親になる資格などない。

 母親になどなれない。

 そんなことは、知っていたはずなのに。

「……ごめんね。もう、バイバイしなきゃね。あなたが、ちゃんと眠れるように。さようならを、しよう、ね」

 誓うように、力を込めて、告げる。

 声は聞こえない。

 存在も見えはしない。

 ぬくもりだって、もう、感じない。

 リィナは、悠良と、莉啓と、怜と翠華とを、見た。

 だれも、目をそらしていなかった。

 まっすぐにリィナを見ていて、リィナはどこか情けないような気持ちになった。

「あなたたち、天使だったのね」

 ほほえんだ瞳から、もう一度涙が流れる。

 莉啓は悔しそうに、唇を噛んだ。悠良は睨むように、それでも決して揺るがない瞳で、リィナを見ていた。

 彼らには、見えていた。

 母親の胸に顔をうずめ、離れまいとする、小さな命だったもの。

 それは、いやいやをするように賢明に首を振り、リィナにすがりついていた。決して離れまいとばかりに足に力を込めて、持てる力すべてで、母親に抱きついていた。


 離れたくない。

 離れたくない。


 その声も、悠良たちには聞こえていた。

 泣き叫ぶ、魂の願い。


 ここにいる、これからも守ってあげる。

 ずっと一緒にいる。

 ずっと、ここにいる。

 さようならなんて、いわないで──


 怜がそっと身を起こし、小さなそれを手に取った。リィナからほんの少し離すだけで、それは消えた。まるで、最初から何もなかったように、ひどくあっけなく。

 空気を揺らすこともなかった。

 生まれなかった、微弱な命。

「幸せになりなさい」

 最後に、悠良が告げた。

 リィナの瞳の、その奥を見て。

「あなたには、その義務があるわ」

 リィナはほほえんだ。

 こみ上げた感情は口にせず、そうね、と小さく、つぶやいた。











   *




 エヴァンス邸のその後を、彼らは見なかった。

 魂の回収という任務を終え、翠華はすぐに姿を消し、悠良と莉啓、怜の三人も、次の町へと移っていく。

 生きていく糧を失って、リィナ=エヴァンスがどうなるのか、彼らにはわからない。

 たとえ、絶望の中で命を絶とうとも、その命を救うことなどできない。

 それは、彼らのすべきことではない。

 生きている命は、その命自身に、すべて委ねられているのだから。

「天使……ね」

 悠良は自嘲した。口にすると、想像よりもひどく可笑しい響きだった。

 幾度、死神と呼ばれただろう。

 けれど、天使と呼ばれることの方が、よほど、重い。

「さ、仕事仕事。次はどこかなー。その前にどっかの大会で優勝しとく? 金いるだろ、屋敷なんて買っちゃってさ。ないかなー、料理選手権」

「貴様、笛使いと共に行ったのではなかったのか。邪魔だ。二、三ヶ月、どこかで稼いでこい」

「う、いつ上がるんだろう、俺の地位」

 悠良のすぐ近くで、いつもの二人が、いつのもやりとりをしている。

 悠良は、立ち止まった。すぐに気づき、二人も足を止める。

「どうしたの」

「どうした」

 同時にかけられる、言葉。

 悠良は苦笑した。

 思っているだけで、いったことのなかった言葉を、初めて舌に乗せる。

「ありがとう」

 自然な笑顔になっていることに、彼女自身は気がつかなかった。二人はそろって、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから顔を見合わせる。悠良の頭を、一つの手が優しく撫で、もう一つの手が少し乱暴になで回した。


 


 彼らは旅立つ。

 彷徨える魂の元へ──









読んでいただき、ありがとうございました。

心からお礼申し上げます。


このシリーズとは、12年のつきあいです。あたたかいお言葉に支えられ、こうして書き続けられることを、ありがたく思います。

続きを書くかどうかは未定です。


至らない点等、多々あったことと思います。精進致します。

最後まで読んでいただき、本当に、ありがとうざいました!



※「エランシリーズ」は、悠良、莉啓、怜の登場するファンタジーシリーズです。リンクから一覧へ行けますので、よろしければご覧ください。

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