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箱の中の少女と世界


 警察に俺をかくまってもらったあと警察署で、俗に言う取り調べを受けることになった。


「それじゃあ、今から取り調べをするから嘘なんてついたらダメだよ?」


警察の制服を脱いだら普通にいる好青年そうな男の警官が相手だった。俺に配慮しての対応だろう。




 俺はあったこと全てを、包み隠さず話した。彼女の為にも。


 目が覚めたら独房の中に入っていたこと。彼女が先客で、その彼女は親の顔を見たことがなく、ずっと生まれた時から独房のにいたこと。彼女は本と音楽プレーヤーだけで日本語をほぼ完全な状態まで学んだということ。食事の栄養バランスはしっかりしていたということ。そして、抜け出したものはいいが、彼女が消え去ってしまったこと。



 警官も最初こそ驚いていたものの、途中から話に順応してきて、だんだんと向こう側から質問をしてくるようになってきた。


「その『原田美奈』ちゃんってどんな感じの人?」


「知的な感じでした。暇だからなんでしょうが、山積みになっている本を全て読破して、俺よりも勉強してる感じでした」

「それはそれは、君の勉強に対する意欲が伺えるよ」

警察官は声に出して笑った。警察官は俺のことを笑ったのかもしれないが、俺は美奈ちゃんの存在を認めた感じがして嬉しかった。


「他に、食事の栄養バランスはしっかりとしてた、って言うけど食事は朝昼晩決まって同じものだったの?」

「いえ、違います。三食とも献立はバラバラで、二度と同じものは食べられませんでした」

「ほう......興味深い」

警察官は手帳にメモを取った。こんなことが重要になるとは思えないんだが。

「音楽プレーヤーは、どういった感じかな?」

「それは、元々音楽として日本語の練習ができるものを入れられていたみたいです」


深々と掘り下げてくる警察官に、俺は少し悲しさすら覚えた。掘り下げれば掘り下げるほど、彼女との美しく、汚い思い出が蘇る。涙腺こそなんとか死守しているものの、心はもう濡れきっていた。



「ありがとう。君のおかげで、かなりいい証拠が手に入ったと思うよ」



これで彼女が報われることを祈るしかなかった。警察の説明をした時のセリフを思い出しながら。

「あと、一番気になる質問一つだけ、いいかな?」

彼女の為に、俺は精一杯努力するしかなかった。俺は元気よく相槌を打った。





「原田美奈って、本当にいたのかな?」





「......え?」

自然に声を漏らしてしまった。普通ならここは、「はい!」と答えるべきなんだろう。だけど、自分でも確証の得られないことを、一番突かれたくない所を突かれて、俺は心が揺らぎだした。



「君の話によると、『原田美奈』はずっと閉じ込められていたんだよね?」



震えながら、さらに怯えながら首を縦に振った。


「なら、なんで僕たち警察が助けれなかったのかな?」

「存在そのものがあやふやだったからです」

「だよね。だから僕たち警察は『原田美奈』の存在そのものを否定するしかないんだよ」



もし、原田美奈の存在を肯定してしまったら警察の信頼は大きく陥落する。警察は原田美奈を消そうとしているんだ。



 なんとしても、ここを切り抜けなければならない。

「でも、確かに美奈ちゃんは生きていたんです。俺は実際に触れ合いましたし。更に言うと、存在を否定する証拠がないじゃないですか」

「......存在を肯定する材料もないけどね?」


確かにそうだった。『原田美奈』は生きていて、生きてないんだ。


「シュレディンガーの猫、って知ってるかい?」


「なんですか?それ」

「うろ覚えだけど説明してあげるよ。有名な話だから覚えておくといい」

こんな話だった。



 五割の確率で死ぬ装置が入った箱に猫を閉じ込める。閉じ込めた後、装置を作動させる。この時、猫が生きているか死んでいるかの確率は半分だ。しかし、誰かがその箱を開けた瞬間に猫が死んでいるか生きているかの確率はどちらかに十割となってしまう。




「こんな話が、どう関係してるんですか」



俺は当たり前の疑問を警官に思いっきりぶつける。


「分かんないの?『原田美奈』は猫なんだよ。存在しているか存在していないかは今現在はハーフハーフ。だから、箱を開けたい。だけど箱を開ける鍵がないんだ」


「俺は答えを知ってますけど?」

「君は答えを知っているかもしれない。だけど、君が喋ったこと全てが真実とは限らないかもしれない。そのために証拠があるんだよ」


「だけど証拠がない......ということですか」

「そう。だから僕たち警察はどちらかを『決めつける』んだよ」

「そんなことしていいんですか」

「ダメだろうね。だけど、存在しないと決めつければデメリットは少ない」

「存在しています」

声を低く、鋭くさせて言葉を放った。


 警官は大きなため息を吐いて、呟いた。


「真実は僕たちには分からない。ならば、信じたい方を信じるしかないじゃないか」




俺は、これ以上の言葉で殴ることができなかった。この意思は今の俺では覆せない。警察は原田美奈を消す方向で行く。このことを、俺は止めることができなそうだった。







 そんな絶望的な空気に支配されて、俺と彼女の敗北が決定しかけた時。何の脈絡もなく、扉が壊れるくらい思いっきり開かれて、また新しく左手に箱を持つ警官が登場した。その警官は好青年そうな警官とは打って変わり、ガツガツとしていて力の強そうな警官だった。そんな警官が足早に俺の方へと来て、手に持っている箱を開いた。



 「こんなものがあのハッチの近くに落ちていたぞ。心当たりはないか?」


警官は見た目によらず、慎重そうに箱を開ける。俺はその箱の中身を見て、驚いた。



 その箱には、一度だけ見たことのある散髪用のハサミが入っていた。机の中にしまってあったはずのハサミが。



「これ......ハッチの近くに落ちていたんですか?」

「あぁ。ハッチの近くに、ポツリと置かれていたぞ」



俺の置いた覚えはなかった。つまり、彼女は実在しているんだ。



「これは......俺が置いたものじゃないんです」

そう言い残して、俺は自然に涙が溢れでたのを皮切りに、号泣した。本当に辛いことが起こった後は、ささやかな楽しみが訪れる。そんなことを実感しながら。



 俺は何回も起こって、実証済みであろうことを、今世界中の誰よりも体験して笑っている。




 笑いながら、泣いている。



 警官たちなんてどうでもいい。それよりも、『美奈は生きている』ということがハッキリとして俺は嬉しかった。


 そして、なんでいなくなったんだろうって悲しみながら、泣いている。


 そんなよく分からない感情が、色のようにごちゃ混ぜになって、美しい。




 言い切れないようなこの感情を俺は決して忘れない。この事件に巻き込まれたおかげで、俺は楽しかった。今なら、どんな困難も悠々と乗り越える自信がある。そして、その困難自体を楽しめる。そんな気がする。







 こんなこと言ったら不謹慎になるかもしれないけど、俺は犯人に感謝している。こんな幸せや経験を掴むことができて、俺は世界一幸せな被害者だと思う。




 こんな幸せな被害者を見て、警官たちは困惑しているように見えた。

「どうしましょう?」

取り調べてくれた方の警官の声だった。

「放っとけ。無駄に干渉するな」

ガタイのいい警官が冷静に答えている。

 そいつの言う通りだ。俺は今、干渉されたくない。この時間を、この感情を、一瞬一瞬全てを頭に焼き付けたいから。






 美奈ちゃん、ごめん。勝手に放って自分だけ助かってしまって。

 だけど、また会えるって、信じてる。お互い立派になって、会えるってね。

 だから、もう少しの辛抱だよ。

 ごめんね.......。美奈ちゃん。






 声にもならない声で、どこに向かって喋っているのかも分からないまま、俺は謝った。




















 「ふぅ。間に合ったかな?」

「もう。遅いよ。だけど......ありがとう」


あの事件があってから、俺は今もがきにもがいて大手企業に勤めている。最愛の人と結婚して、人生を謳歌している。


 正直、もうあの事件の謎なんてどうでも良かった。解明する気になれなかったし、解明してどうこうという話にもならなかった。


 それほど、俺の人生は充実しているんだ。あの事件は、ただの人生の分岐点に過ぎない。それだけのこと。



「ほら。これが子供だよ」



そして、たった今娘を授かった。生まれたばかりで、静かな女の子だった。

「可愛らしいなぁ」

俺は余りにも可愛らしいかったので、つい言葉を漏らしてしまった。


「大変だったんだからね。静かすぎて最初『オギャー!』が聞こえなかったんだから」


俺は声を出して笑う。

「それは静かすぎるな。将来頭のいい子にでもなるのかな?君と同じようにさ」


「私を喜ばせるなんて一言余計だよ。ところでさ、康太、この子の名前何にする?」


俺の最愛の人が、興味津々に聞いてくる。


 俺は待ってましたと言わんばかりに微笑んで、その名前を披露した。














「『美奈』でいいかな?」



「嫌な名前ね」



 妻は、嫌そうに答えた。

 ……にこやかな笑顔を浮かべて。

 高校生の甘ったれた考えかもしれませんが、少しお聞きください。

 自分の一つの考えとして、「世界は公平」といった考え方があります。よくインターネットとかで「世界は不公平」だなんて愚痴を吐いている人もおりますが、それに対して私は「世界は公平」だと考えており、才能の有無に関わらず結局のところ楽しさと悲しさはプラスマイナスゼロになる。と考えております。


 それを今回、作品にたくさん反映しました。ズボンの描写なんかは伏線感が大ありだったでしょう。あとハサミもですね。


 その他諸々、言いたいことをこの物語に詰めております。この作品の解釈によって、その言いたいことが「変動」するかもしれませんが。


 この作品の解釈は任せます。是非、感想で自分なりの解釈を話してくれたらな、と思っています。



 最後に、この言葉を授けます。



「真実は僕たちには分からない。ならば、信じたい方を信じるしかないじゃないか」


by 取り調べの警官


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