祝福されたささやかな絶望
緑に囲まれて、俺は外の世界へと出ることができた。周囲の木々から木漏れ日の祝福を受けて、ようやくこの長い日々は終わりを告げる。
「ふぅ。やっと、終わった。俺は日差しを見ることができたんだ」
隣にいるであろう彼女は何も喋らない。
「どうかな?美奈ちゃん。これが外の世界だよ。美しいだろ?」
俺の声は、何者にも邪魔されることなく、虚しく木々をすり抜ける。
「美奈ちゃん?聞こえてる?」
今度は、俺の意に反してスズメたちが元気に答えてくれた。
「美奈ちゃん?」
俺は不安に思って周りを観た。漠然と、しかし鮮明な不安を抱えたまま。
あるのは、そこら中に生い茂る草木と、何も分からず鳴き散らすスズメたちだけだった。
頭の中が白くなっていくのを感じながら、俺は気力を絞って叫ぶ。
「お〜い!いるなら返事してくれ!」
薄汚いシミと蜘蛛の巣だらけのその通路の中に、とある女の子がいると信じて死に物狂いで捜している。
こんなことして人に見つからないか、なんてことは一切頭になかった。頭の中には莫大な不安と、小さな楽観が渦巻きあっている。
「美奈ちゃん!いるんだろ?外に怯えてるの?大丈夫だよ!安心して!」
いつものように、甘い言葉でその子を釣ろうとする。だけど、その解答が返ってこなかった。『はい』って言うだけの簡単な解答なのに、なぜか返事が返ってこなかった。
結局、通路の行き止まりまで戻ってしまった。もちろん、成果なんてなかった。
もしかしたら『美奈ちゃんなんていなかった』のかもしれない。なんて考えが俺を何度も襲った。その度に首を激しく振って思考をかき消す。
もし、この世にいなかったとしたら俺と彼女の駄弁りあったあの記憶は、どうなるんだ。一人で葛藤する。
しょうもないジレンマを胸に抱えながら、俺は肩で息をする。俺はそのまま優しく、口を走らせた。
「降参降参。隠れんぼは負けたよ。君の勝ちだ。だから......出て来てくれるかな?」
俺は誰にも見られないであろう作った笑顔を浮かべた。頑張って口角を上げているつもりが、全然上がらなかった。
上がれよ、引かれてしまうだろ。と顔に伝えようとするけど、なぜか伝えることはできない。何度も命令しても、顔は従わなかった。
とにかく俺は待つことにした。
十秒待った。
二十秒待った。
三十秒待った。
結果、三十秒静かになった。
待つ前から結果なんて見えていた。だけど、それを簡単に諦めるようなことはできなかった。もしかしたら、なんて一抹の期待を脳に込めながら、俺はあの暗い独房へと進んで行った。
部屋に入ると、埃臭くて、ありとあらゆるところに埃が積もっていた。無造作に積まれた本なんて埃の住処になっていた。
「おーい!美奈ちゃん——」
俺の声が何度も響くだけだった。
何度も声を響かせているうちに、虚しくなってしまった。気がつくと俺は通路と部屋を行ったり来たりしていた。しかも近所迷惑になるくらい騒ぎながら。
三十二往復したくらいか、もう惰性で繰り返して、薄汚い床を見始めたころ。ハッチの方から不意に大きな声が耳に入ってきた。
「誰?うるさいわね!」
語調が彼女そっくりに感じられた俺は、迷わずに縄梯子へと駆け抜ける。
そんなことやっても、薄々気が付いていた。声の主は俺が期待する人ではないということに。だけど、そろそろ終わらせたかったんだ。この茶番を。
「誰ですか?」
俺は縄梯子にすぐ着いて、SOSサインを出す。
「あんたこそ誰なの?こんな所にいて」
相手は四十代くらいの肥えたおばさんだった。
「とにかく助けてください。警察にでも電話してください」
「だから何」
「捕まっていたんです!速く!」
美奈ちゃんのことなんて、考えたくもなかった。ひとまずこの身を警察に委ねることにした。
「分かったわ。すぐにおばちゃんが警察に電話する」
「ありがたいです」
おばさんは家へと猛ダッシュしていった。まぁ、足は遅かったが。
俺はまた縄梯子を登って、外に出た。陽射しがちょっとだけきつい。
結果、俺は彼女を置いて外に出ることになってしまった。だけど、また会えるって信じてる。
「会えるよな、美奈ちゃん?」
俺は名残惜かったが、仕方なく穴に向かって希望を投げかけた。穴はその言葉を吸い込んだまま、何もしなかった。
遅れてすいませんでした。
純粋に忘れてました。すいません。