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一筋の影と溢れ出る光


 あれから、三日が経った......と思う。三回寝たから三日のはずだ。


 勇気があっても、希望があっても、現実は変わりがなかった。不定期にくる食事、何度も何度も叩いてもビクともしないような壁。くぼみの壁、全て当たっても、全て弾かれた。


 首は痛くない時がない。鮮明な夢になってきてしまうほど太陽光に飢えてしまっている。食事は同じ味付けで飽きてくる。


 なんで警察は来ないんだろう。警察はもう動き出しているはずだ。誘拐事件は三日までが勝負、というのを聞いたことがある。

 だけど、今は四日目だ。もう三日目なんて過ぎてしまっている。日本の警察は優秀なはずだが、来ないともなるとここから自力で抜け出すしかないのか。


 そして彼女目的での救助はもう望み薄だろう。ここまでくると彼女の存在そのものを疑うレベルだ。彼女の存在は、俺と彼女の両親しか知らない。三人が口外さえしなければ彼女をどこにやろうとも何も言われないはず。


 つまり、俺が彼女を連れ出して警察にかくまってもらう。こうでないと彼女はグッドルートを選ぶことができない。寸分の狂いも許されないような世界の狭間に生きていることが、疲れている俺にも分かった。


「大丈夫?康太くん。顔がやつれてるよ」

彼女は相変わらずケロッとした顔だった。慣れって恐ろしいな......。


「あぁ、大丈夫だよ。美奈ちゃんの方は?」

「うん?ナメてるの?三日ごとき楽勝よ」


だろうな。


「それで、どうしようかな」

「う〜ん。壁は当たりまくったし、もう逃げ出す道はないのかも......」

「諦めるのはまだ速いよ。希望は捨てちゃいけない」

「そうだね......。辛くても、最後には幸せになるんだし」


彼女は自分の胸を見ながら、一語一語確かめるようにして言葉に出した。


「まぁ、食事を取りに行こうか。もうじきに出来ているでしょ」


俺は美奈を励まそうとする。そして、自分も励ましていたかもしれない、なんて気がついてしまった。


 そして、足取りが多少不安定な中、俺は食事を取りに行った。コツ、コツとした音が不気味に、しかも急激に大きくなって、部屋全体を響かせる。


 くぼんだ壁を目前にして、俺はふとした違和感に気がついた。


 最初絶望的なこの部屋に入れられた時は気がつかなかった違和感。

 だけど、神経をとがらせている今、気がつくものがあった。皮肉にも、辛い時に幸せはやってくるんだ。改めて、思い知る。


「なぁ、美奈ちゃん」


俺は不敵な笑顔を浮かべていた。それほどに追い詰められて、それほどに嬉しかった。


「何?」

「やっとここから抜け出せる」





 とりあえず、食事を取ってからの話だった。だから、俺は彼女のところに食事を持って行って、いつものように二人で食べることにした。

 箸を彼女に差し出して、それを快く受け取ってくれた。


「それで、抜け出せるとは?」


彼女はご飯を食べながら、目をギラギラと輝かせて俺に聞いてくる。

 語調は落ち着いているが、表情までは隠せれなかったようだった。それを見て、俺は少し誇らしく思えた。


「俺たちは横の可能性ばかり見てきたんだ。だから、俺たちは『縦の可能性』を見失っていたんだ」


少し考えたら見つけれることだった。だけど、疲労感と圧迫感と緊張感が一斉に邪魔をしたから、こんなに時間がかかったんだ。


「縦の可能性?」

「うん。天井から物が落ちて、床に逃げ道を用意する。こんなトリック、この部屋に入れられたら大体の人がわかるわけないだろう?」


そんなことはない。だけど、士気上げに詭弁は必要だった。そっちの方が脱出した時の達成感が凄いから。


「確かに。私は想像すらできなかったよ」

「これなら、あのでかい机を運ぶことができたのも説明がつくだろう。恐らく、あの天井のどこかには大きな扉がある。だけど、俺たちの手は届かないがな」

「だけど、下なら届くことができる」


彼女は、俺が一度も見たことのない輝かしい笑顔を見せた。それは、どこか影があるようにも思えてしまうような顔でもあった。


「でも、そんな場所分かるの?こんな床の中からピンポイントで見つけるなんて......」

「足踏みすればいいじゃないか」

「そうだったね。その手があったよ」

「それじゃあ、行こうか。俺たちの未来を掴むために、ね」


 扉の場所はすぐに見つかった。十秒も経たないうちに。その扉の場所はやはり、あのくぼんだ壁の手前だった。

 トレイを独りぼっちにして、俺たちはその扉らしきところに立った。


「本当にここが扉なの?」

「さぁ。でも、やってみるしかないよな」

「だね」

俺たちは決意の眼差しで床一点のみを見ていた。

「少し離れて。扉を開けてみる」

彼女は静かに首を縦に振り、机の方へと向かう。



 俺の推理通りだと、ここのコンクリートが綺麗な理由はこの扉を隠すためのはず。つまり、この扉だけ違う素材で出来ていて、これを押せば開くんだ。



 思いっきり、押すしかない。俺は折り曲げていたズボンを下ろしてから、高く跳んで、思いっきり扉を踏んづけた。



 俺は床を突き破り、落下し続けた。そして、首元が床と接するくらいまで落ちてから、俺の身体は落ちるのをやめた。傷は長ズボンを履いていたお陰で助かった。この時だけ俺は長ズボンを本気で愛した気がする。


 俺はこの賭けに勝ったんだ。そして、この賭けに勝つということは、脱出への切符を手にしたということだった。


「おい!美奈ちゃん!」


俺はジャンプしながら彼女を呼んだ。

「すごい.......本当に成功したんだ」

「来てよ!速く!ここから抜け出すよ」

嬉しそうな彼女は部屋を観て、俺の方へ飛び込んだ。


「よし。ここから頑張って抜け出そうか」


通路の長さはそこまで長そうでもなく、向こう側を観察すると、光が漏れていることがわかった。そして、足元が見える程度に明かりがあり、蜘蛛の巣が沢山張っていた。拒絶感が漂うこの通路を何としても通らないと行けない、とおもうと気が引ける。


 毒を持ってそうな蜘蛛でもあるから、余計に。

 俺と彼女の足音が無防備にも相当響いている。油断していると言ったらそれまでだが、なんとなく犯人はない感じがした。



「美奈ちゃん、ここを抜け出したらどうするの?」

退屈しのぎに、彼女に話しかける。

「さぁね。だけど、面白い人生が送れそうだよ。康太くんは?」

「学校っていう、いろんな人たちが集まる場所に行くんだよ」

「それって、私でもいけるの?」

「うん。ものすごく楽しいよ」


彼女は存在しない人間かもしれない。もしその場合、手続きなどが面倒だろう。だけど、そんなことを言う訳がない。あの時の詭弁とは違って、今は明るい真実だけを語っている。


 彼女は外に出るとショックを受けるだろう、でも、こうでもしないと俺は連れ出すことができそうになかった。

「そうなの。じゃあ、行ってみたいね」

「行ってみたいね、じゃなくて行くだろ?」

俺は彼女にウインクする。彼女は目を細めて笑った。



 「......ねぇ、康太くん」


今さっきとは逆転し、神妙なオーラで彼女は話しかけて来た。

「何?」

「ここから本当に外に出れるんだよね?」

「きっと、出れるはずだよ。いや、出れる。絶対にね」


「少し前の私じゃ、本当にこの外の存在すらも知らなかった。だけど、楽しそうな外の世界を教えてくれて、しかも連れ出してくれる。そんな康太くんの存在はすごいよ。今はここに入れた犯人なんてどうでもいい。速く外の世界が見たいんだ」


顔を俺から逸らしながら、彼女は素早く俺に喋りかける。

「いや、俺も美奈ちゃんが居なければこんなに速く出れなかったのかもしれない」

「本当に、本当に感謝してるよ」

彼女は俺を無視しているように見えるほど、早口で独自を始めているようだった。

「俺だって、感謝してるよ」


「その点、康太くんは私の『親』なのかな」


そして、向日葵のような満点の笑顔を俺に見せてきた。それは初めてみた笑顔だった。


「そうかもね」

俺は適当でもない、しっかりと考えた相槌を打つ。そしてそれが、二人の足音が止まる合図になった。




 俺たちは見上げて、光が漏れる場所一点を眺めた。俺たちの前には縄梯子がある。つまり、ここは真のグッドルートなんだ。


 四日ぶりの光だった。眩しくて、だけど嬉しくて、活力源になってくれる希望の光。


「明るい......」


彼女は手で目を隠しながら、落ち着いてるように装っていた。



 彼女は何も知らない。何も伝えていない。伝えたのはただ楽しいことばかりであって、辛いことは教えてない。だけど、楽しいことが沢山あるってことは、辛いことも沢山あるっていうのは無意識のうちに分かってると思う。

 だから、あえて何も伝えない。そっちの方が、彼女にとって刺激になるだろう?



「それじゃあ、行こうか」

微笑んで、聞く。

「うん。ハッピーエンドを掴むために、ね」

微笑んで、答えた。



 縄梯子を登る。ミシミシと軋む音が手足を動かす度に起こる。あの部屋では不気味な音だったであろうこの音も、今の状況ではとても楽しみに思えてくるような音になっている。



 その不安定な音を聴きながら、俺は灰色の重たいハッチを、残った力を振り絞って上げる。

 ギィィ、と重厚な音がして、光が俺を包みだす。

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