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外の世界への失望とこの世界への絶望と


 その後すぐに彼女は椅子にちょこんと座って、沢山ある本の一冊を手に取り、それを眺め始めた。対して俺はその向こう側の壁にもたれた。本当にこの氷のような壁はヒンヤリしていた。俺は一旦、暑さにやられた身体をしばし休息させることにする。


「ずっと、こんな感じで一日過ごしてるの?」

「うん。することがないからね」

「そういえば、君の名前を聞いてなかった。名前はなんて言うの?」

「名前......この本には原田美奈って書いてあるわ。こんな名前なんか嫌なんだけどね......」

「ん?名前すらわからないの?」


地雷を踏んで、俺は血の気が引いた。そもそも彼女には名付け親そのものがいないのに気がついたからだ。

 発言を悔やんでいたが、彼女はなんてことないような表情で、本をめくりながら答えた。


「分かってるじゃない。分かってなかったらこんな名前言わないわよ」


ごもっともな回答が返ってきて、軽い息を思いっきり吐いた。もし今の発言がきっかけで口を利いてくれなかったら、今までの努力が水の泡になる所だったから、余計に。


「ごめんごめん。ちなみに俺の名前は、白山康太って言うんだ。よろしくね」

「うん。よろしく」

「美奈ちゃんって呼んで良いかな?」

「う......うん。じゃあ私はなんて呼べば良いの?」

彼女は声を震わせながら顔を不自然に赤らめた。

「うーん。康太くんでいいよ。普通に」

「うん。それじゃあ、康太くんって呼ぶね」


彼女は顔を赤らめたまま答えた。


「あぁ、分かったよ」

「じゃあ、こっちから質問良い? ......康太くん」

小さくて高い声で、質問を投げかけてくる彼女。

「いいけど、何?」

「『外の世界』って何?」

いつかは聞かれると覚悟を決めていたが、やはり聞かれるとなると言葉が詰まる。


「う〜ん。『外の世界』って聞かれると難しいな」

「やっぱり難しいか。概念を説明しろって言ってるからね」


だけど、彼女の目には薄っすらとした失望の色が浮かんでいた。


「うん。でも、ここから出たら外の世界が分かるよ」

「そう......」

ため息交じりのその返事は、俺の語彙力を思い知らせる返事となった。

「その外の世界は私と康太くん以外に人っているの?」

「あぁ」

「なら、ここから出ないといけないね。私は外の世界が気になる。見て後悔なんてないだろうしさ。あと、......ここに私を入れた人の正体が気になるし」

美奈は椅子から降りて、俺を見上げる。

「康太くんも、どうせここから出たいんでしょ?」

俺は鼻で笑って、無言で首を縦に振った。



 「やっぱりここから出る道なんてないのか?」

一心不乱に逃げ道を漁ったものの、結果が出ずについ不満が漏れてしまった。

「私より先に弱音吐かないでよ......。私まで弱音吐きたくなるじゃない」

肩で息をしているその彼女は、動くことを諦めたそうな顔だった。



 『外に出る』という目的で一致した俺たちは、片っ端から壁を触ってくぼみを探した。しかし、くぼみはあの運搬用しかないため途方に暮れた。

 その次に、俺たちは残った体力を搾り取って壁を叩き出した。そこに通路があるなら音の響きが変になる、と思ったからだ。

 そして不発に終わって、今に至っている。



「ふぅ......。そろそろ休むか?美奈ちゃんも疲れてるだろ?」

「......うん。そろそろ休んだ方がいいかもね」

お互いの言葉のキャッチボールにも若干の間があった。

「じゃあ、一回休むしかないか」

 彼女は静かに頷いて、椅子に座った。それを見て俺は部屋の真ん中あたりの硬い床に飛び込むようにして寝そべる。後先も考えなかったから、身体に痛みが走った。


 両手を頭の後ろにやって、どうやったらここを抜けれるか必死に考える。


 ああでもない、こうでもない。逃走案は頭の中でいくらでも出てくるが、全て口に出すことはなかった。例を挙げてみるとしたら、壁を突き破るといった自殺行為とか。成功するまでに何年かかるか分からない。


 俺の場合、悩みの種はそれだけじゃなくて、もっとある。


 そもそも、なぜ俺を閉じ込めたんだろう。

 俺はなんで閉じ込められるべき存在だったんだろう。


 俺は影で恨まれているなんて噂聞かないし、こんな猟奇的な犯罪者は俺の知っている限りではいない。


 つまり、俺は巻き込まれたのか。じゃあ、なんでこいつらがこの事件を起こしたのだろう。警察はもう動き出しているだろうか。両親は心配しているのだろうか。



 なんて、いろんな可能性が浮かんで、いろんな可能性が沈んでの繰り返しをしていた。


 そして、彼女のことも考えなければいけない。このまま暇をさせていたら彼女は飽きてしまうだろうか。かといってものすごく密接に接したら引かれてしまうだろう。


「そんな目を真っ赤にしたように考えてるけど、どうやって外へ行くの?」


自分を捨てそうになった彼女は投げやりにしながら言った。


「警察を待つしかないのかな......」

「警察?」


彼女は何も知らなくて、何もかもを知りたがる。


「警察さんは、みんなが楽しく暮らせるように働く人たちのことだよ」

俺が教えると、彼女はどんどんと顔を曇らせる。

「......というと、楽しく暮らせない人たちがこの世界にはいるの?」


ダメだ。彼女の機嫌を損なわせたかもしれない。


「......うん」

「なんで楽しく暮らせないの?」

「色々と悲しい事がたくさんあって、そのことばかりに目を向けているからだよ」

「なんでそんなことが起こるの?私と康太くんは今そんなことがないのに」

「そういう美奈ちゃんは、今楽しいの?」


このセリフは純粋に、自分の興味から出てきたものだった。


「悲しくはないよ。楽しくもないけど」

「ほら。楽しくなんてないじゃん。なら、外の世界に出ようよ。そっちの方が楽しいよ?」

「外の世界は、ただ生きるだけなのに楽しさを求めるの?」

囚われた女の子は自分の膝をぼーっと見ながら喋る。

「当たり前じゃないか、ただ生きるだけなんて面白くないだろう?」

「だから悲しいことが起こるんじゃないの?」

「どういうこと?」


全てを受け入れるために俺は美奈ちゃんの前まで歩いて、あぐらをかいた。

「どういうこともないわよ。みんなが楽しさを追い求めるがあまりに、みんなが楽しくなれないのよ」

とても小学一年生の発言とは思えない。まぁ、小学生ではないのだが。

「そして元々楽しい人たちも、更に楽しさを求めて、他の人を見なくなるんでしょう?なら、表面的な楽しさを追い求めるよりも、ここで暮らした方がいいわ」


完璧な正論に、俺は黙るくらいしか手立てがなかった。




「全てにおいて世界は均衡を保ちたがるのよ。そう、本に書いてあったの」


俺は、ただ中身のない相槌を打つことしかできなかった。


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