それぞれに希望在り
急げ急げ急げ。
今考えるべきことはたったそれだけだ。
走れ走れ走れ。
今成すべきことはたったそれだけだ。
高音鳴る電磁エンジンを唸らせアニマは明星号へと急行する。これは逃げでは無い。見捨てたわけではない。勝つためのれっきとした"戦術"だ。僕はヘンリー姉さんを助ける為にも明星号に戻って救援要請しなければならない。僕にしか、いや僕とイヴにしか今できない事。それを成す。だから急ぐ。走る。
「イヴ!後方ってどうなってる!?岩と崖が多すぎて後方確認が出来ないんだ!」
「何も…いや、KG-501が一機!こっち追ってる!」
「勘弁してよ…武器ないんだぞ!」
ヘンリー姉さんが全部引きつけてくれてたと思ってたけども一機だけこっちに逃げた事に気付いたらしい。アニマの方が速いからこのまま逃げ切ること事態は容易い。けれど、相手は射撃武器を持っているし何より母艦の場所が敵にバレるというリスクがある。
「クソっ…この辺りは安定してるからあんまり速度は出ないぞ…」
考える暇もなく、後方からKG-501が射撃。レーザーライフルの弾速はペイント弾なんかとは段違いで、必死に動いてなんとか寸前で交わしていく。が、回避パターンなんてのは勘付かれてしまえば予測射撃は容易い。射程外まで一気に加速して逃げるか、交戦を強いられるが加速出来る様な"荒波"の地帯がこの辺りには無い。
「シエル、谷に落ちて。」
「何言ってるのイヴ!?磁波が弱かったら谷底真っ逆さまだよ!?」
「あの辺りに強い磁波が出てる。私には分かる。」
「分かるって…万が一落ちたら姉さんも明星号も!」
「アニマならあそこで加速できる。重装型の501は重すぎて無理だから追えない。」
「信じて」
口調を強めて彼女は言う。彼女が何を根拠にそれを言っているのかは全く分からない。磁波はその場所を測ってある程度予測が出来るものだが、ピンポイントでここが強いと分かるものではない。そんなものが分かってしまえば今頃エンジンを利用した交通機関が完成しているだなんて言われるほどだからだ。
そんな根拠も何もない賭け事のような提案を彼女はしてきた訳だが
「分かった」
彼女なら僕も信じられる気がした。
「乗った!」
アニマの方角を谷に向け、一直線に向かう。敵も高速で追うが、先が谷と知り、急停止してそこからの射撃に変える。谷に自ら落ちようとする敵の機体を見て、どう思ったかは分からないがきっと余程の変人か諦めたかと思ったのだろう。
「いっけぇえええ!なる様になれえええええぇぇぇ!!!!」
谷へと急転直下。落ちていく感覚が身体に伝う。肝が冷えてしまいそうな落ちる感覚を覚え賭けへと負けたと思ったが、
「シエル!浮いてる!いける!」
「っ!!!…って浮いてる!イヴの言葉は本当だった!」
谷の中ほどで強烈な反発力を受け浮上。そして、磁力を帯びた谷であったために"左右の崖からも"磁波が発生していた。
左右からも磁波を得れる状況、まるで明星号のカタパルトだ。これなら急激に加速できる。
「いける!いけるぞ!このまま母艦まで機体を弾き飛ばす!」
小さな稲妻が駆け巡り、エンジンを加速させて谷をレールのように沿って急加速させていく。緩和されてもなお強烈なGが体を襲うが、気を失うわけにはいかない。
「もうすぐポイント!この辺りで谷から抜けてそのまま"飛べば"母艦まですぐ!」
「ありがとうイヴ!いくよ!気をつけて!」
谷から機体を離脱させ、そのまま惰性で母艦へと飛翔する。あまりに勢いを付けすぎて明星号にぶつかりそうになるものの、明星号のエンジンとアニマのエンジンをイヴがとっさに反発させて衝突を回避する。
「こちらシエル!救援を!」
孤立無援での戦いなんてのはこれが初めてじゃあない。
こんな体だ。カチコミに向いてるなんてレベルじゃない。なにせほとんど"死なない"んだ。兵士としてそれほど優れた要素なんて物は無い。
頭を飛ばされようと、胴を斬られようと、銃弾で穴だらけにされようが毒ガスを使おうが強烈なGで体の一部がミンチになろうがアタシは死なない。だからこんなのは慣れてる。いつもの事だ。
「武器が無いならァ!盗ればいい!!!」
刃こぼれをし始めて、切れなくなったナイフを遠くから支援機に乗り近づくビバンダムへ投げつけ、サーベルを突き刺して抜けなくなったビバンダムからレーザーライフルを強奪する。敵の兵器だが規格が同じだからバナナヘッドでも使用できる。こんなところは合理的になるのが人間である。
「残弾は…フルチャージで2、連射で14か…
バナナヘッドのマニピュレータでライフルを掴むとモニタの左下にライフルのマークと残弾などの情報が表示される。中途半端な弾数で敵イージスを一掃するには少々力不足が否めない。しかし時間稼ぎをするならば十分だろうと彼女は判断した。救援を前提とした動きは危険だが、今はそれを頼るしかない。
「あんたらは扱いにくいだろうが…アタシにとっちゃ周り全部敵ならコイツは取り回しやすくてネェ!」
フルチャージでライフルをぶっ放し、艦の表面コーティングを焼きながら敵の501を掠めて撃墜する。どうやらエンジンに当たった。狙ったわけではないが、当たったならばこちらのものだった。
その時、本来フルチャージの衝撃に耐えうるフレームを持たないバナナヘッドの衝撃による操作遅延と一瞬の油断から折れたナイフの直撃したビバンダムのワイヤーアームによってバナナヘッドの腰が掴まれる。
ビバンダムはワイヤーを引き、自分よりも軽いバナナヘッドを自分側へと引きつける。バナナヘッドは反対方向へとエンジンを加速させ、引きつけられるのを拒むが軽い機体が祟り、ミシミシと装甲とフレームが音を立てる。
「チッ!まずった!」
抵抗する事が無駄と分かり、反対方向への加速を止め、バナナヘッドはビバンダムへと引かれる。しかし、
「でもタダじゃあ終わらない!」
そのまま敵機へ引く力と合わせて急加速し、突撃。軽いながらも弾丸の様な速さのタックルにビバンダムは足元を崩し、支援機から落下する。運良くビバンダムは雷鳥号の上に落下し、地面へ叩きつけられることを避けるが、そのハッチに向けられるのはフルチャージに充填されたレーザーライフル。
しかし、ビバンダムもまた、肩のレーザーキャノンをバナナヘッドへと向けていた。
1秒すらも長く思えるような緊迫感。どちらが撃つかと空気が固まるかのようなその刹那を一つの閃光が貫いた。
「レールガン?ペンテアか!」
超長距離狙撃を受け上半身の半壊したビバンダムはあらぬ方向へと向くレーザーキャノンを虚空の彼方へとぶっ放す。その横から高速でイージスが接近し、振るわれた巨大な鈍器にハッチごと叩き潰され、ワイヤーの接続が切られる。
「このレンチハンマーはアリシア!シエルとイヴは間に合ったのか!」
「救援に来たよー!って、ヘン姉ぇもうほぼ倒してるじゃん。つまんないのー。ペンテアも残念がってるよー。はい、レーザーライフル。これで逃げるよ!」
救援に気付いた雷鳥号はギリギリ動けるレベルであったイージスを回収し、威嚇射撃を続けたまま後退していく。アリシアとヘンリーも牽制を続けたまま母艦へと戻っていった。
「ええい!どういうことだ!イージス三機撃墜に三機大破だと!?戦力はこちらの方が上だろうに!」
圧倒的な敗戦を受けた雷鳥号の艦内は騒然としていた。乗員の多くが実践の経験が無かったということもあり、戦争を生で見て怯えだす者、冷静さを保てず被害状況の報告もままならないもの、慌てるあまり砲台を無駄撃ちしては破壊されていまうものなど、正規軍であるのに散々な状況だった。民間の明星号の方が統制が遥かにまともとも言える程度である。
「大尉、やはりカバナ基地の装備では高速戦に対応は…」
「やかましい!あんなロートルのボロイージス達にやられるだなんて練度が足りん!練度がぁ!」
「それは…(アンタも人の事言えねえだろ)」
「今南部や東部交戦部隊に連絡すれば迎撃が間に合うかも知れませんが…」
「黙れ!俺自身が奴らを撃つんだ!」
「艦長!ご報告が!」
背後から怪我をしたイージスパイロットの男が艦橋のドアを開け、声を大きくして言う。怪我で声を出すのは酷く辛そうではあったが、その言葉は伝えねばならないという強い意志に溢れていた。
「なんだ!その怪我ならば安静に…」
「あの暴れまわった028に発信機を取り付けました!固有周波が分かるので追跡可能です!」
ワイヤーで肉薄したビバンダム。彼はあの瞬間にワイヤーから小型の発信機を取り付けていた。ただ接近戦をする為にしたのではない。彼自身、圧倒的なバナナヘッドの機動力に勝ち目は無いと思い、次の戦いへと繋げることを考えたのがあの行動であったのだ。
「なんだって!?」
「艦長、このまま上手く行けば今までどこも突き止められなかった明星号の補給拠点を叩けるかと。」
「しかし、奴らが東部都市国家の圏内を拠点にしていたら手を出せんぞ。」
東部都市国家との前線は連邦との緊張が特に強い地域だ。そんな地区に軍艦を近づけるとは武力衝突にもなりかねない危険行為である。
「東部都市国家は公的に流れ石の支援はしていません。都市国家側も流れ石に対しては非正規軍という見解を示している事が一年前に発表されています。圏内で支援しているという事実は都市国家側としても悪条件になりかねますから。奴らは軍事境界線付近を拠点にしている可能性はありますが、圏内である可能性は少ないかと。大々的に攻撃を公表すれば東部都市国家側も流れ石の支援は表立って出来ません。」
「なるほど…しかしどちらにせよ戦力が足りん…だが、他の基地に支援要請をすれば我々は除け者で作戦が実行される可能性がある…」
カバナ基地は戦力に乏しく、大規模な作戦への動員は基本されない。拠点強襲作戦を提案してもその実動部隊としては動員されないだろう。今回の戦闘のように練度も物量も足りていないのだ。
「艦長、補給拠点を知り得る情報を持つのは我々のみです。」
「ぬ…?まさか!我々の参加を条件に脅すのか!?」
「やってみる価値はありますよ。それに本部には流れ石討伐の特務を授かる特務大佐がいるとの事…ある程度こちらの意向を汲んでくれるかと。」
「特務大佐…本部で弱冠28歳で特務大佐に任命されたというあのニール・ツヴァイクという若造か?気に食わん奴ではあるが…」
「あまり悪く言わないほうが良いですよ艦長。ツヴァイク特務大佐は元老院の一人からかなり気に入られているだなんて噂もありますから。」
「そ…そうか…気をつけんとな…とにかくそのツヴァイク特務大佐に連絡は出来るのか?」
画面に向かい激しくキーボードを叩き続けていたオペレーターは艦長に向けてサムズアップをしながら歯を見せて笑い、高らかに告げる。
「接触した時点で本部に報告済みです。おそらく特務大佐には既に届いているかと。発信機の件も今報告中です。」
「ハハッ…ハハハッ!イケる…イケるぞ!!!二度も味わった雪辱をこんなにも早く晴らせるだなんてな!待ってろ流れ石!貴様らを文字通り星屑にする日が楽しみで仕方ない!!!ハッハッハッハッ…ハハハハハ!!!!!」
絶望ある時にまた希望あり。
その希望はある者にとっての絶望となり得る。
明日を笑う者は明日に笑えるか。
追う者と追われる者のシーソーゲームは始まったばかり。
今週のクソガバ解説コーナー
・シャングリラの通信技術
「磁気強すぎると通信できない」って言ってる割に戦闘中に本部に通信してるやんけ!って思ったかもしれませんが、シャングリラではこれを回避する為の通信技術があります。
艦船、イージスに搭載されるエンジンには固有周波、チャネルのようなものがあり、それを予め知っておけば磁気による干渉の激しいシャングリラでも特定の艦船やイージスに向けて通信をする事が出来ます。1話でシエルのエンジン泥棒がバレたのはこれの応用。但し、それは知っていないと出来ないので連邦のイージスが流れ石のイージスと通信する事は出来ませんし、艦船も同様です。逆に言うとこれがバレるとエンジン交換でもしない限り行動が筒抜けになる可能性もあります。
取り付けた発信機のように固有周波のみ出させるものもあります。
では、なぜバナナヘッドとアニマが通信できなかったかと言うとイージスの通信設備は艦船よりも貧弱で、チャネルが分かっていても届かない状態であったからです。
磁波も"安定"と"強さ"の概念は別で今回の戦場の様に安定していても強い状態で安定しているとイージスは長距離の通信が出来なくなります。前回、良好としながらも「強い」と言っていたのはこういう状態。
連邦の艦船も直接本部ノアと通信していたのでは無く、一度基地へ送ってから有線ケーブルを通してノアへと送ってます。この有線ケーブル、実は連邦軍のトップシークレット。
有線と言っても隠匿の為にかなり小さいデータしか送れず、大体SMSくらいの文しか一度に送れない感じです。
・シャングリラの交通事情
シャングリラの移動手段として電磁エンジンを用いたものが目立ちますが、安定した交通手段としてはあまり考えられていません。
シャングリラから発生する磁気が荒れやすい海のような状態で、本当に酷い状態だと民間機はエンジン始動させた途端に横転してしまうレベルの時もあります。
その為、長距離移動や物流はシャングリラ開拓時に建設された鉄道がメイン。各都市の交流や、ノア内部との公益も鉄路がメインなので鉄道への攻撃行為はシャングリラに住まう者全ての反感を買うとまで言われています。
ちなみに地殻変動が多い関係で不通になることが多々。全線平常運転していた時期は無いとまで言われているレベルです。
シャングリラの鉄道に関しては"たぶん"そんなに出さないと思います。
一応ゴムタイヤを履く自動車タイプの乗り物もあるっちゃあります。ただ、そのくらいの少人数が乗る乗り物は電磁エンジン使用の乗り物に取って代わられつつあります。
・超長距離狙撃レールガン
ビバンダム/Bの右腕そのものになっている装備。元々は手持ち武器だが改造済み。
だいたい60kmくらい先まで理論上狙撃出来ます。理論上。とどのつまりそれを出来る狙撃手が居ればのお話。
発射姿勢を取るときは左腕をレールガンにドッキングさせて一体化させた状態で狙いを定めて撃ちます。よく分からない人はゴールド4で検索しよう。但し首は動かない。
アリシアは今回のお話で30kmくらいの狙撃に成功しています。ぅゎょぅじょっょぃ。
一日一膳ならぬ一週一膳でちょこちょこ頑張ってきます。