鏡写しの人形
次回未定
しばらくお休みします
工廠への滞在期間はかなり長い。その間ずっと施設内にいるというのも退屈極まりないのでちょっとイヴと街にでも出たいとアダンに伝えたところ、「流れ石の中で顔が割れてるメンツはここじゃ捕まるかもしれないから割れてないお前とイヴだけならいい」という返事が返ってきた。そのイヴももしかしたら知ってる人が城下町ならいるかもしれないということであまり目立つ行動や長時間外をふらつくのはやめてほしいという条件付きで出ることが出来た。
城下町は初めてだ。生まれてこの方西部から出たことが無かったし、小さい頃に生まれ故郷が無くなってからはずっと荒野のような場所で生きていた。その故郷だって凄く大きい街という訳でもなくて、大型船の航路がすぐそこに走っているからある程度栄えてる程度だった。鉄道駅はあったが僕が生まれるかなり前から地殻変動で不通になって以来ずっと放置されてると祖父が言っていた。大都会にただただ憧れを持っているのだ。
勿論、東部のヴァーミリアンだって凄い都市だったけれど城下町はそれ以上だと聞いてる。セント・クライストは四つの城下町の中で最も栄えてる街だ。ガキっぽいとかそんな理由でとか言われるかもしれないけれど僕はその街を見たかった。そしてそれを大好きな人と出来るなら尚更良い。
工廠からは電磁バイクで街まで向かう。ガガさんが二機あった内の一機が故障したから二人乗りしてくれといわれ後ろにイヴを乗せて走っているけれどこれはどうも胸がドギマギして運転に支障を来たしかねない。仕方ないとはいえこうやって密着されるとスレンダーに見えるイヴの意外とメリハリの利いたボディラインが背中越しに伝わる。いいやそんなことを考えている場合ではない。運転に集中しないと事故るぞ。前に一台乗り捨てられてこれ以上バイクダメにするなってガガさんからお叱りを受けたばっかなのだから。
「すごい。大きい街。」
「イヴもクライストは初めてなの?」
「うん。軍に居たときはアニマに乗る時以外、外には出してもらえなかったから。だから私も一緒に行けて嬉しい。」
「ああ、ありがとう。なんか強引に誘っちゃった気がして、イヴも行きたかったなら僕も嬉しいかな。」
何というか、こう会話しながら密着するイヴの身体に少しばかり心を昂らせてしまった僕が申し訳なくなる。
凄い。人も活気も、何もかもスケールが違いすぎる。
無数の摩天楼の間を裂くように、頭上では電磁小型船が走る。
小綺麗なショップが立ち並び、街の外見も完璧に整備されている。そして何より全ての人たちが豊かそうに生きている。食に水に金に困る西部とは大違いだ。
きっとこの人たちは貧しさを知らない。これだけ広く栄えている街の外には荒野が広がっていることを知っていても実感できる人が居ないんだ。
「わあ…。」
イヴが感嘆の声を漏らす。無表情ではあるが確かにその瞳は輝いている。誘ってよかったかもしれない。
それからは街を一通り周り、観光名所や高層ビル、お店のモノはちょっと高すぎて手が出なかったけれどファストフード店のサンドイッチはとても美味しかった。あの手の飯屋で店員の態度が良かったのは初めてだ。やっぱり都会は違う。
「ごめん…何も買ってあげられなくて…。アクセサリーの一つでもプレゼントしたかったけどヴァーミリアンで売っているのもよりもみんな高くて…。」
「ううん、いいの。ここ、来れただけでも楽しかったから。いつも窓から街を遠目に見て、憧れてるだけのものに触れられたことが嬉しいの。」
「僕はそう言ってくれるのが嬉しいかな。」
数時間は歩いた。そろそろイヴも疲れてきているだろうし、バイクを停めた街外れまで戻ろう。あまり長居をしていると憲兵にバレるかもしれないとアダンも言っていたし、何か問題があってはみんなに迷惑がかかるだろう。
そう考えながら歩いていたら突如視界がブラックアウト。何かと頭を強くぶつけた。コンマ数秒意識を戻して前を向くと真っ白な髪の少女かぶつかっていた。
「痛…た、あら、ごめんなさい。怪我はない?」
「ああ、いや大丈夫…」
「シエル、頭ぶつけてたけど平気?」
「ああ、ちょっと急でびっくりしただけ…」
曲がり角を走るなんて危なっかしい娘だ。ただでさえ人通りが多いというのに。
ん?というかこの娘の声どこかで聞いたことがあるような気がする。いや女の子の声なんて似ていることなんか良くある話だし別にこの娘の声ではないのかもしれないが。
「ちょっとレイー!遅いわよ!」
「「レイ?」」
こちらは確かに聞き覚えのある単語に僕とイヴは無意識のうちに反応する。そして目を奥に向けると居たのは僕らがよく知っている。あの、レイだった。
「…なんでここに。」
「レイ?どうしたのよ。私の顔に何か付いてるの?あ!さっきのクレープひょっとして顔に付いてるのに行ってくれなかったの!?意地悪ぅ~。」
「レイ?本当にどうしたのよ。」
どうしてだか分からないと言わんばかりに固まっているレイだがそれは僕らだってそうだ。ことの真意だって聞きたいし、今はどうしているのか気になる。裏切者への恨めしさよりもそういった感情が先行する。
「レイ!レイなんだろ!なんで連邦に…教えてくれよ!」
「っ…君たちはあの男に騙されてる…。」
「あら…ひょっとして昔のお仲間さん?」
連れの少女は小悪魔にクスりと笑う。なんというかどことなくイヴに似てると思ったけれど仕草も口調もまるで違う。
「じゃあ…この娘がレイの言っていたIVね!」
少女は急にイヴへと歩み寄り、手を取って握手をしながら挨拶を始める。あまりの距離の近さにイヴも少し引いている。なんというかおかしい娘だ。
「はじめまして!いやはじめましてじゃないわね!"この間以来"ね!私はV!あの時はあなた達を殺せなくて残念!こんなにかわいい女の子が乗っていたのね!私そっくりで、すっごくかわいい!」
この間?あの時?
…繋がった。この小悪魔なんてものじゃない、悪魔のような可愛らしい声は黒いアニマに乗っていた少女だ。純粋でありながらその本質が悪。最も忌むべきものを感じた少女。そうだ、間違いない。
「アンタあの時の…!」
「あら、ということはあの時一緒に乗っていた人ね。IVちゃんの彼氏さんね、ちょっと冴えなくて自分好みじゃないわ。」
「かれッ…」
突然言われた言葉に僕はどうにもこうにも出来なくなってしまった。そんな言葉言われたら恥ずかしいに決まっているだろう。イヴは良く分かっていないみたいだから澄ました顔をしているけれどちょっと堂々とそう外から言われるのはなんというか来る。
「…それは別として…騙されてるってなんだよ!そりゃ僕だってアダンを奥底から信頼しているわけじゃなけどそんな騙されてるなんて…」
「…アイツのやりたいことは革命でも何でもない…!ただ自分勝手に壊して作り直したいだけだ。真意を知ればシエルだって掌を返す。…こんな街で暴力沙汰はしたくない。今は見逃してやる。次会う時に流れ石を抜ける気が無かったら…僕たちは本気で君たちを殺しに行く。行くよ、V。」
「あ~ちょっと待ってってば~」
ヴィーが歩き出す前にこちらに振り向く。
「貴方は私の原典。だから私が殺してあげる。私が殺して、食べて、飲み込んで、そうすれば私が貴方になれるの。待ってなさいよ。すぐなんだから。」
最後に微笑みかけて去っていく。混じりけのない純粋な殺意。そこにはそれを罪と思う気も、悪と思う気すらない。だからこその純粋な悪。何が彼女をそうしたのかは分からない。彼女だってこの世界における一つの被害者なのかもしれない。
「へえ…今度は女に手を出してみたのか。」
「…アダン!」
どうして彼が、という言葉の前に怒りを覚えた。ダメだ。この男とVを関わらせてはいけない。それだけは彼の計画を阻止するため、そして彼女のためにもそれはしたくはない。いや、彼女のことを案じているという訳ではないのだが、それはしたくないと僕の心が言っている。
「レイ?」
「先に戻ってろV。すぐそこに迎えが来てる。」
「…え、ええ分かったわ。なんか怖いわよレイ…。」
「何しに来た?」
「いや、ちょっと迎えにでも行こうと思ったらいいものを見つけたから挨拶しようと思って。」
「自分が女だって感覚を俺に求めたのに今度は自分を男と信じ込ませようとするなんてどっちつかずのお前さんらしくていいんじゃないか?」
「うるさい!!!」
うるさい、僕の気持ちがこいつに分かるか分かってたまるか。何もわかっていない。表向きだけの理想論しか語れない男に複雑に構成された人の感情なんて理解できるものか。出来てはいけない。絶対に。
「元々は連邦のやり方を嫌ってこっちに来た。そしたら今度はこっちも解せないと戻った。思想も何もあったもんじゃない。お前は何がしたいんだ。」
「僕は僕が思うようにする…!少なくとも、アンタの思想は絶対に許してはいけない!」
「まあ…いいけど、もうすぐ祭りの時間だぞ。こんなとこで暇つぶしてていいのか?」
「何を…」
街に警報音が鳴りだす。クライストではめったに聞かない音だ。
「まさかこの街で何かしでかす気か!」
「俺じゃないよ。」
「抜かすな!」
「星さ。」
「なんだ!?」
けたたましく鳴る警報音。耳を劈くその音は平和を享受していた市民たちに混迷をもたらす。
一瞬にしてパニックが始まる。ここで事を起こすだなんて一つも聞いていない。レジスタンスか?だがレジスタンスも城下町自体を襲うことは無いと聞いた。そこまで辿り着けないからだ。
「怪物だーーっ!!!怪物だ!みんな逃げろーーー!!!」
声の方へと向くとそこにいたのは星が生み出した異形の存在。
「メディアン…!」