百合花の悪魔
1/8までお休みします
英雄というのは、後から責任を負わせた者を美化して表現するための言葉でしかない。
ゲンイチロウ・カガミは七星災害の英雄と七星連邦では崇め奉られているが父はそんな高尚な存在ではないし、献身的に人々を救ったわけでもない。ただ自爆特攻をさせられただけ。使い捨ての道具に過ぎない。
そんな人物を父に持ち、英雄の子であり、七星災害におけるエリュシオン唯一の生還者と持てはやされたがそれは僕には酷く不快だった。
違う。そうじゃない。英雄なんて言葉はただただ歴史の闇に屠るための綺麗ごとでしかない。だからその言葉を最初に語り掛けたその男にいい印象は持たなかった。
「っと、そう呼ばれるのは酷く嫌がっていたね。」
「…特務大佐。」
内通していたのはかなり前からだ。明星号の強奪から少し後まで遡る。元より僕はアダンの目的は危険だと思っていた。それが何であるかはついこの間まで教えてくれなかったが彼の最終的な思想を聞いて必ずしやこれを止めないといけないと確信した。彼が望んでいるのは革命でもなんでもない。世界をただ混沌に陥れ、ただ自分勝手に書き換えようとしているだけだ。そんなの、黙って見て居られる訳がない。止めないと。誰が、自分が!
「君がこちらを選んでくれたのは嬉しいよ。」
「何を、僕は最初からこちら側ですよ。」
「…どうかな?」
そうだ。誰がどう言おうと最初から流れ石に付いたことなんて無かった。そうなんだ。何も気持ちは揺らいでいない。何も…。
少なくとも今は彼らに銃口を向けられる覚悟がある。それで何も問題はないんだ。
アダムス・ロックフォードは最悪の人間だ。今も彼らに嘘をついている。アイツは最初から能力を持った訳じゃない…他と違って星に落とされていないんだ!
僕は知っている。アダンは七星災害後、意図的に隕石と接触して能力を得ている。彼だけは星に選ばれていない!明らかに他のメンバーとは違う!
「ロックフォード…本当に忌々しい名前だ。あいつらは、いつもいつも私の邪魔をする。」
「彼の目的は世界を滅ぼすもの。絶対に止めなければいけません。」
「勿論、そのためのカウンターも用意している。見ただろう?私のVを。」
「早かったんですね。」
「IVとアニマが捕まってくれたおかげだよ。」
僕の連邦軍籍はまだ残されていた。レイ・カガミ中尉。軍属復帰で特務大佐から特務認定がされれば特務中尉になる。スパイ行為をしていたために軍籍がニール大佐によって秘密裏に残されていた。いつでも復帰が出来る手配をされていたのだ。それもわざわざ僕に都合がいいように一部を改変して。ネームバリューのある僕の血筋と経歴は特務大佐が嫌でも欲しかったものなのかもしれない。
最初に任されたのは例のVの世話だった。僕には彼女についてもらって欲しいと。なんでも、お転婆過ぎてそこらの兵や研究員じゃ手に負えない。自分が面倒を見る時間は無いからやってくれとのこと。軍に居ても流れ石に居てもやることが子守っていうのは少し笑えてくるが事情が事情で他の軍人からよく思われてない僕の待遇としてはかなり気を遣って貰ったと思う。
「失礼、今日付けで面倒を見ることを頼まれたレイ・カガミだ。」
Vの部屋に訪れ、ドアを開けてまず挨拶をする。彼女の部屋はとりわけ大きく、医療機器のようなものも大量に置かれている。だが、それを考えても広い部屋の真ん中にぽつりとベッドだけが置かれている光景は寂しさを感じる。
そこにいた少女はとてもIVに似ていたが、目つき、仕草、細かな所作が彼女のそれとは全く違っていて違う人物であるということを思わせる。
「あら、今度の世話見役は軍人のお兄さんね。ずっとオジサンばっかりで私ちょっと退屈だったけどカッコイイお兄さんは好きよ。」
「君はとてもお転婆で手に負えないと他の人が言っていたから僕が回されたんだ。ここじゃ外様だから当然の処遇だよ。ハブられていると笑ってくれ。」
「ハブられた?アッハハハハハ!こんなイイトコロにハブられる人が居るの?」
「何を?」
「ホラ・・・分かってないの?ここはね、とりわけセキュリティが厳しいの。私基本外に接触するなって白衣のオジサンがうるさいから。」
「何を言って…」
「密室、女の子と二人きり…、ここは監視カメラもな~んにもない。ねえ?」
「ちょっ…!」
着ていた検査服がするするとはだけ始める。不自然なほどに白い素肌がどんどん露わになる。挑発するような目つきでこちらを見ながら感情を煽り立てる。目のやり場に困り、どう反応したらいいのかわからない。
「こんな状況何もない訳ないでしょ?内心高ぶってる癖に。面白いコト…しない?」
「馬鹿言うんじゃ…」
その時、こちらへと向かおうとベッドから膝立ちしようとした彼女は検査服に膝を滑らせる。それなりに高さがあるので頭から落ちればひとたまりもない。そもそも、細くか弱い彼女が落ちれば頭ではなかろうとどこかにケガをしてしまうだろう。
「危ない!」
咄嗟に駆け寄り、地面に落ちそうになった彼女を助け出そうとして僕が下敷きになる。上から彼女が覆いかぶさったようになって、僕は少し痛かったが彼女には何もケガは無かったようだ。ひとまず安心だ。
「あら…?あらあららら?」
「危ないだろ…!そんなこと、君の体ならこの高さから落ちたらどうなることか…何を笑って…!」
「びっくり、軍人のお兄さんかと思ったら…お姉さんだったのね!」
「ッ!!!!!!」
しまった。
彼女の手は確実に僕の胸や体に触れ、男にはない特徴を確実に捉えて理解した。僕が隠し通して来たこと、流れ石で誰にもバレないように振舞い続けたこと。わざわざ軍籍も男に変えてもらったこと…!
台無しだ。こんな些細な事で、こんな…こんなことが…。
気付けば涙がこぼれていた。
ダメだ。ゲンイチロウ・カガミに居たのは息子ただ一人。娘は居ない。それが真実だ。それが真実なんだ。それは絶対に隠さないといけない。僕が女だって…!
「貴方…そんなに自分が女であることが嫌なの?」
「…君には分からないだろうが、これは僕にとって重要な事なんだ。」
「ふ~ん。まあいいわ。オトコとかオンナとか関係なく、貴方はカッコイイし。」
「…?」
「貴方、自分の性別のこと秘密にしたいんでしょ。黙っててアゲル。」
「頼む!お願いだ!絶対にこの事だけは黙っておいて欲しいんだ!」
「た・だ・し…」
Vは小悪魔を思わせるように口元に指を添えてから僕の口にも指を添える。
「どこかで学んだの。誰かと付き合ってカップルになるっていうのは最高に楽しいことなんだって。」
「?」
「だからね。」
「貴方、私の世話役兼彼氏役になりなさい!」
「…え?」