ブレイク・タイム
(追記)諸事情により11/6の掲載はお休みです。
ジム・ビームスは泣いていた。
自分がやってきたことは決して良いことではなかった。許される罪でもなかった。ただの子供を道具として扱おうとした報いはなんだって受けるつもりだった。
「こんな…こんな報いがあってたまるか…!馬鹿野郎…馬鹿野郎!!!」
心を失ったかのように、どこを見ているのかも分からずただ虚空を眺める少女を前に彼は泣いた。彼はただ彼女たち…アリシア・シュタイナーとペンテア・シュタイナーに普通の少女のように、普通の人間として、普通の子供の生き方をさせてあげたかった。そのためならばどんなことだって出来た。国のトップに上り詰めたのは”自分の過去を隠すため”ではない。権力があれば、あの少女たちの行方をいつか見つけることが出来て、彼女らを普通の子供に戻してあげることが出来ると思っていたからだ。
「私の体がどうなろうと構わない…どうしてペンテアが死ぬ必要があった…!」
「我々の責任です。アリシアは約束通りお返しします。これだけの被害が出てなお東部に滞在できる許可をくれたことには感謝します。」
アリシアのいる明星号の病室、アダンはジムと会い、大方報告してはいたが事の詳細を語った。
「…自分の目的の為に国のトップにのし上がった人間がこんなこと言うのは馬鹿馬鹿しいが、私はお前が大嫌いだ。アダムス・ロックフォードという人間が大嫌いだ。それでも私はお前らをここから追い出すことは出来ない。それは国の益にならない…!」
「貴方が賢明な人で良かった。」
束の間の休息…という訳にも行かなかった。
イヴは身体検査でしばらく外で買い物をしに行けそうにはなかったし、何よりイージスが軒並みメンテナンスが必要で誰も遊べるような状況には無かった。休息とはなんなのか。アダンもまあまあに嘘つきだ。
とりわけアニマは損傷が激しくて、基地から抜けるときはまさに火事場の馬鹿力のように強引に動いていたらしくガガさん曰く「ドールがダメになっていてもおかしくない。破棄処分にならないのが奇跡」とのこと。
艦内の設備では何がどうなっているのか全く分からなかったため、補修すら出来なかった。そのため東部で補修作業を行うことになり、僕は不可解な現象を実際に体験した張本人として東部の技術者と立ち会ってほしいと言われたのだ。
「ほぉ~~~ん…こりゃ珍しいな、このドール、まだ生きてるよひょっとしてコレ、標準化装置入れてないね?」
「標準化装置?」
東部のちょっと挙動が不思議な老人技術者が分厚いバイザーを上げ下げしながら結晶体が出てきているアニマの関節部を見て言う。腕は確からしいが…胡散臭い。
「ドールの個体差を殺す装置だよ。アレは生きてるデバイスだからね。そのままにしてると個体によっちゃ言うこと聞かなくなるから予め標準化装置で殺しておくんだ。こいつにはそれがついてない。よくこの状態で運用できたねえ。」
アニマは生きている。僕はその理由を知っているし、それを説明することもできるけれどそれを信じてもらえるかとは話が別だ。誰も信じてもらえるような話ではないし、事実僕もイヴの言葉を信じ切ってはいなかった。
「まあワケありですが問題なく…」
「この結晶は自己修復…カサブタみたいなモンだ。それ自体はいつでも直せるモンだが…どうしてだがアーマーとサイズが合ってないねえ。これリーゼーとか別のイージスの装甲流用してる訳でもないでしょ?」
「いいやあ、コイツはワンオフだよ。製造されてから根本の部品は変えてない。サイズが合わなくなるったあおかしな話だ。」
ガガさんはアニマが連邦機だった頃から整備をしていたらしい。だからアニマが今までこんなことになって一番驚いていた。僕もイージスが自己修復したりサイズがおかしくなったりなんで聞いたことない。
「もしかして…生き物なら人みたいに成長してるんじゃ…?」
二人が何を言っているのかと目を丸くしてこっちを見つめる。当たり前だ。いくら生きたデバイスとはいえ樹木のようなものに近いドールがこんなにも短期間でかつ、地中から切り離された状態で成長するだなんてあり得ない話だ。突拍子もないことを口走ってしまったと後悔する。
「いいや、あり得るねえ。」
「えっ?」
「俺っちには原理はちっとも分からねえが生きてる状態ならば何かの拍子に強い刺激によって成長が促されるとかあるかもしれねえ、いいねえ!浪漫だ!こういうの大好きだよ!」
高らかに老人技術者はテンションをブチ上げるとそこからは畳みかけるような話し方に変わり、言ってもいない改修プランを立て始めた。急に一人だけ乗ってきてしまって僕とガガさんはちょっと引いてる。やっぱりこういうオタク魂を掻き立てるのだろうか。
「ドールの拡張つまりフレームそのもののサイズが拡張されているってことだつまりこれは根本的な設計の見直しから始まるまずは基本コンセプトを改修前から受け継ぎつつ改良点を加えていくこれが基本だまずは武装が少なすぎるね外部で対応させてもいいかもしれないけれどそれは汎用性を高める反面万が一の対応性に欠ける従って内蔵武装は増やすべきだその通りだあとは電磁エンジンを用いずに飛行する方法を付けておくべきだこれだけ大型なフレームなら大規模なフライトパックを付けても重量がかさまないドールは軽いからなあとこれ複座だったなこれだけ遠いとコミュニケーションが取りづらそうで大変だ隣り合った配置に大きく変更しようそれから…」
「あの…あんまりいろいろされるとコストが…」
「良いんだよ!これは俺っちがやりたいからやってんだ!お代は元の金額で十分だよ!」
「は、はあ…」
また老人技術者はブツブツと早口で改修プランを語るだけのロボットと化した。
こうなればどう言っても止まるまい。イヴは内蔵武器は嫌だと言っていたけど…
「…不安だが任せておこう。」
「…そうですね。」
少々の不安と共にアニマの改修はあの老人に任せた。悪いことにはならないだろう。たぶん。恐らく。
「体調はどう?」
「問題ない。」
病院。身体検査は軍にいたころ、いつものようにやっていたから少し慣れている。ここ最近はいろいろなことがあったからいつもの艦内でやる検査よりも長い時間検査を受けていた。
東部の病院は初めてだけどもメアリーがいるから不安はなかった。
「メディアンが出た時の不調だけが不安ね…どうにかアレを抑えられる薬でもあればいいのだけれど。」
「気遣いありがとう。でも、アニマに乗っているときはシエルがいるから大丈夫。」
なぜかメアリーは笑った。私は何も面白いことを言っていない。何かおかしなことを言ってしまったのか。
「何かおかしなこと言った?」
「いえ、IV、昔より随分と表情豊かになったわね。ここ最近で急にかしら?」
「そうなの?」
「それに、シエル君の話してる時の貴方、とても楽しそうよ?」
どうしてだが顔が火照る。どうしてそうなるのかは分からないけれど感じ取られたくない…恥ずかしい?気持ちになる。
「うん、シエルといると楽しいし、ちょっと頼りないけど…頼りになる。あれ。」
「貴方らしい不思議な表現ね。」
「これってどういう気持ちなの。」
メアリーはにやりと笑った。意地悪そうに、知っていると思うのに。
「それは自分で気づかなきゃ。」
老人にアニマを見てもらってから三日。アニマの改修は最終段階に来ていた。随分と急ピッチで進めていたみたいで大規模な改修をこれだけの短期間で完了させた。僕やガガさんも指示に従いつつ少しばかり手伝ったがこれだけ早く済んだのは率直に凄い。
今回はサブパイロットのイヴも来てほしいということで彼女も来ていた。
「出来たあああああ!!!これが新しい最古のイージスの姿!名付けて、『アニマ Spec Second』!!!」
「…凄い、これが新しいアニマ!」
全体的に一回り大きくなり、それぞれが最近の基準に合ったパーツへと変えられた。以前より高かった運動性能はこれによってさらに上昇している。内蔵武器は僕から頼んでオミットしてもらった。イヴが間違いないく嫌がるだろう。
「完成と言いたいが…どうしても背面ユニットだけが間に合わなくてな…部品自体は出来ていて最終調整だけがまだなだけだからこのユニットだけ明星号へ直接送っておくよ。」
よく見ると背面に謎のソケットがある。それがその背面ユニットというものだろう。無くても問題はないらしいが彼が最も売りにしたい機能の一つだったためかこれの調整が間に合わなかったことに落胆していた。
「分かった。ありがとうな爺さん。」
「こちらこそだよ。久しぶりに血が騒いで楽しかったよ。こんなのX001型の開発をした時以来さ。」
「…今なんて?」
「ん?ああ、リーゼーの試作型だよ。あんなのは欠陥品だったがね。」
ガガさんが震えている。突然震えだした。X001型というのは何なのだろうか。名前からしてXがつくということはアニマの形式番号のように試作機を示していると思うけれど。
「アンタひょっとして、ダリア・ビーイングか!?」
ダリア・ビーイング…ダリア・ビーイング!?
僕でも知っている。あの名機リーゼーの最初期型開発に参加していたイージス開発の父と呼ばれるとんでもない人物だ。KG社でリーゼー、リヒトの原型、電磁エンジンの改良、イージスを実用化させる技術発展に貢献したとされる偉人だ。
「おっと名前名乗るの忘れてたかねえ。如何にもダリア・ビーイングだよ。東部で隠居がてらたまに整備でもしてバイト代でも稼ごうかと思ってたところだったのさ。まあ、その間にキタジマから協力を頼まれたりいろいろしたがね。」
考えてみれば資源に乏しい東部のキタジマ重工がイージス開発に秀でていたのは不思議だった。キタジマ重工は歴史ある企業とはいえ既存の技術体系から大きく離れたイージス開発を一からして他のメーカーを追い越すというのは難しい。彼がいたのならば納得できる。なぜなら彼は量産型イージス開発の基礎の基礎を作り上げた人物なのだ。
「こんな俺っちでもアニマなんて話にしか聞いたことがないものでねえ。弄れる上にあんな不思議な現象が起きてると聞けばやらずにはいられないわい。」
「俺会えて感動だ…ダリア・ビーイングに憧れて元は連邦の技術兵になったんだぞ!」
なんだかガガさん一人でもまた盛り上がってしまった。
「あれ、複座が繋がってる。」
「それね、別れててモニター越しで会話って複座なのに勿体ないと思って繋げたんだ。おかげで若干軽量化も出来てるよ。」
席が繋がったのは嬉しかった。今まではすぐそばにいながらモニター越しではないと会話が出来なかったし、すぐにお互いの安全を確認したり出来なかったからとても嬉しい。何よりイヴと近くなれるのが一番嬉しい。
「他にも色々改良点はあるからまたじっくり確認してくれ。問題あったら連絡頼むよ。」
「アニマ…嬉しそう。」
「これなら近くていいね。」
「…うん。」
ちょっとイヴの顔が赤かった。行ってから気づいたけれど結構臭いこと言った気がする。
最近彼女の表情が昔より豊かで僕はちょっと嬉しい。最初出会ったときのあのクールでミステリアスな雰囲気も僕は好きだったけれど、こうして人並み…年頃の少女のような…年頃の少女の身振り素振りをする彼女が一番かわいいと思う。
こんな小さなありふれた幸せを守るために。
アニマに僕はまた力を借りるんだ。
・XSA-0【Ⅱ】アニマ Spec Second
ドールの成長に合わせて外殻フレームを延長。装甲はすべて一新し、一部にビクトリウム合金が用いられた。センサー、通信系統など内部機器類も更新がされており旧規格の現在用いられていないシステムの機器類は廃止され、明星号で運用する為に最適化された。
その最適化の一つとして円滑なコミュニケーションを図るために複座の配置を大幅に変更し、一つのコクピットハッチに二人横に並んで席を置く配置に変わった。コミュニケーション以外にも同じハッチにすることによってコクピット間の通信機器が不要になりその分の重量が軽減されている。
武装はいくつか足す予定だったが搭乗者の強い希望によりバスターソードの強化改修程度に収まった。一応KG社、キタジマ重工などの外部兵装に対応できるマニピュレータへと変わっている。
エンジンの配置数、位置は変更なしだが最新の小型なものへと変えられた。重量が元々ドール分の比率が多く軽いので下手に大型で高出力なものを乗せるよりも重量を生かしたうえで速度を出せるものという理由であえて小型のものを用いている。
その他、搭乗者の不思議な現象を想定して本体からの異常なエネルギー上昇が発生した場合、各装甲の継ぎ目を離してエネルギーを放出させるようなシステムが加えられている。また、掌から意図的に出せるようにわざと装甲に穴を開けている。あくまで想定上レベルの出来事に対応できるシステムなので本当に不思議な現象に対応できるかは不明。