ラプソディ・イン・ブルー
ああ、本当に、"勘"が良くて助かった。
メルキオールから南部のニューアレキサンドリアまでの鉄道旅は長く退屈であったが私は思いがけない収穫を手にした。
ノヴァクが落とされたという一報には少し驚いた。まさか寄せ集めの連中に負けるほど腑抜けた奴らでは無い。カバナとは訳が違う。それに廃棄とはいえ優秀な駒を送っておいた。双方に大きな損害が出たといえ、落とされるというのは少々想定外ではあったがその後もう一つの報告を聞き納得した。
メディアン、人類の敵。忌むべき星の侵略者。裏切り者。奴らか。また奴らか。どうしてこうも私を憤らせる。滅さねばならない。癌細胞は残らず駆逐せねばならない。人類こそが最良の生命と知らしめる時は来る。
その"収穫"は私の計画を加速させる。これも想定外だが嬉しい想定外だ。
惑星正常化計画は既に始まっている。
さて、そろそろ少年は目を覚ます頃か………
気がつけば暗闇に居た。
…いや暗闇じゃない。目隠しをされている。微かに人の声が聞こえる。手足は椅子のようなものに縛られて動けない。
イヴ、そうイヴ。彼女だ、彼女が一番心配だ。そう思うといても立っても居られなくなり、冷静に判断をする前に僕はイヴを呼ぼうと叫びを上げていた。
「静かにしろ!」
そう誰かから言われると右から強く殴られ、そのまま目隠しが外された。
咄嗟に殴った相手を"突き放す"と男の大きな声が聞こえた。
「何すんだクソガキ!特務大佐の一言でお前を殺せるんだぞ!」
横を見ると連邦兵。それも中央所属だ。前に座っていたのは若いが胸に高官だろうと思われるバッチが見える。ここは連邦の基地なのか。
「そう私を睨むな。はじめましてだ。もっと気楽にしようじゃないか…ってそう縛られたまま言われても説得力は無いね。」
男は聞かれるまでもなく嬉々として喋る。
「私は中央所属のニール・ツヴァイク。階級は特務大佐だ。いやあ光栄だ。何しろあの七星災害の生き残りにして超能力者だ。光栄で仕方がない。」
「イヴは何処だ。」
「まあまあ、まずはお話をしようじゃないか。素敵な話さ。」
「イヴは何処だ。」
「なあに、殺しなんてしないよ。」
「イヴは何処だって言ってるんだよ!!!」
感情のままに周りのものを強く"突き放す"。あたりの紙やらなにやらが飛び散る。しかし、その直後縛られた手足から強烈な電気が流れ、僕は力を無理矢理止められた。
「元気だねえ。若さってのは良いものだよ。肉体じゃなくて精神のね。本当に君たちの力は驚かされ続ける。一体何が人類を君たちのようなステージに引き上げたのだろうね?」
ニールと名乗る男は笑顔だ。だがその笑みに心が感じられない。どうにもどこか達観していて、まるで経験を多く積み重ねた老人のようにモノを見てくる。気味の悪い男だった。
「そうか、君はIVの事が一番気になるのか。不思議なものだな。」
「何処だ!返せよ!!!」
「"君の物"じゃないのに返せはないでしょうよ。そうかい、君はアレを好いているのか!こりゃ面白い。」
乾いた笑いをニールはする。上辺でわざとらしく笑う彼はすぐさま表情を変える。
「シエル・アドロック、だったかな?気付いてるんじゃないかな。」
僕は何も答えない。この男には何を言っても何一つまともな答えが返らない。だからこの男の質問に答えてもいけない。そう感じていた僕は頑なに何も答えない。そう堪えていた。そして何も言いたくもない。
「変わっていただろう?IVは。これでも私もアレの事を知っていてね。昔は仕事仲間だったのさ。」
「とりわけ容姿は優れていたからね。誰しもが美しいと感じる容姿だよ彼女は。偶像としての少女を完璧に表したような、まるで一つの彫刻に息を吹き込んだみたいだろう?」
「でもアレが君に本当に振り向くことはない。それは無駄なことであるし君の自己満足だ。君はアレを…」
「イヴはモノじゃない…………アレ、アレって…イヴも同じ人なんだぞ!それをモノみたいに言うなよ!」
耐えられず言葉をぶつける。彼の言葉に答えちゃいけない。分かっていたが心から押し出されるように言葉が飛び出す。そんな言葉を言ってはいけないことは自分も分かっているのに。
「ああ…そうか…分からないのかそれとも分かろうとは決してしないのか…逃避は良くない。原状を引き伸ばすだけだ。君はIVが何か知るべきだ。現実を知り目の前の事実という壁に直面してこそ少年は青年になれる。」
「やめろ…言うな…」
「アレが人間ではないことくらい分かってただろ?」
「やめろ…」
「君は必死に人と同等に扱おうとしていたのかも知れないが、アレはメディアンが人間の少女をゼロから模して作られた人形。本質は空虚。心は空っぽの空洞で何にも染まらない。」
「軍にいた時のIVの殺しっぷりは清々しかったよ。とりわけ残忍な第四特務部隊の面々が引くほどには躊躇なく引き金を引いたさ。武器を持っている?持っていない?男か?女か?大人か?子供か?関係なく眼前にあるのは肉の塊と割り切っていたアレは人ではないさ。」
「現にアレは自発的に行動はしない。基本は誰かに付き従う事しか出来ないヒトモドキさ。君だって思い当たらないか?」
「偶像とは理想像だ。下手な人間の少女よりも綺麗に見えて当然さ。だがそれは偽物でしかない。君はずっと人形に恋い焦がれていたのさ。さて、まだまだ理屈はあるわけだが…」
「だったら!イヴが僕に言った事は嘘だって言うのかよ!?」
違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
「人形は宝石を貰って喜ぶのか?微笑ましい子供の遊ぶ姿を見て笑うのか?人を殺すという事実に気付いて恐れるのか?」
僕に見せた表情と言葉の数々はたとえ人の真似事であったとしても人が持つ感情のそれだった。だったらそんな事がなんだって言うんだ。
「彼女は確かに笑って、悲しんで、誰かと気持ちを分かち合えていたんだ!それを空虚と呼ぶなら本物の人間だってみんな空虚だ!」
「まだ彼女には分からない感情が沢山あるかもしれない!なら僕が彼女に心を!感情を教えて人にしてあげればいいだけの話なんだ!それは人だとかメディアンだとかなんてのは関係ない!心としての人である為に…!!!」
強い衝撃波と共に警報音が轟音と合わせているかのように鳴る。窓の外からは眩いばかりの光が飛ぶ。あの日の七色の光のように辺りを包んでいく。
「特務大佐大変です!工廠のゼロタイプが無人なのに起動を…!!!」
ドアからノックもせずに連邦兵が急いでニールへと伝える。
静かだった辺りは突如として騒々しく変わる。
「………そうか、アレも学習を始めたのか。アダムスの狙いが今分かったよ。ああ、なら…尚更今殺すべきだった。」
ニールは銃を向けるも"突き放し"て銃弾を跳ね返す。僕を中心に強く弾き返された力は僕の手足を縛る鉄の枷と錠を軽々しく壊す。
【君は君の役割に気付いたかい?】
「ありがとう。本当の事を知るのは怖かったし、知ったらイヴをちゃんと見れなくなると思ってた。でもそんな事はなかったんだって。そう今は思ってる。だって、イヴはイヴだからさ。」
"突き放さ"れて地面に置き去りにされたアサルトライフルを持ち去り、眼前の敵兵を無理矢理"突き放し"ながら廊下を進み続ける。
【…どうか心を彼女に。それは君の仕事だ。】
「うん。分かったよ。それに、今はこの声が誰だってしっかり分かる。」
廊下を駆け、衝撃波で割れた窓に飛び込む。
「そうでしょ、アニマ!!!」
窓の外にはアニマが手を差し伸べる。
壊れた身体の節々からは結晶のようなモノが生えて補修され、初めて会ったあの時の光を放つ。
手前側のコクピット。いつも僕が座る席。
何をするか。決まってる。
好きな女の子を助けに行くんだ。




