それに名前を付けるならば
特筆することなんて何一つ無い。
僕はスクラップを集めゴミ溜めで生きる退屈な日々に戻った。前はこんな生活からは抜け出したくて仕方がなかったが今となってはこんな生活でも良いと思えてしまう。
悲しい夢を見た。人が簡単に死んで、それが当たり前のように起きて、それを何も否定せずに受け入れるだけの人達が居て、愛おしい人が酷い姿になって。
どうしてだろう。僕はもうあそこから離れるって決めた。決めたのにどうしても彼女のことを思い出してしまう。もう後戻りなんて出来ないのに。何故か思考にくっついて離れない。夢を悪い夢のままに終わらせないとばかりに。
特別、変わったことなんて無かった。
ただ一人、イージス乗りが減っただけであった。彼が去ってから長いような短い時が流れ、その事を忘れる人なんてのは居なかったが忘れようと出来る頃合いにはなっていた。
…彼女一人を覗いて。
「IVの容態は?」
「まだ目は覚めないけど、順調よ。内側から干渉されて肉体をやられたみたい。再生にはかなり時間がかかってるわ。」
医務室。アダンはメアリーにイヴの容態を聞いていた。
肉体からあちこちに結晶のようなものが出来て、辛うじて人と呼べる姿だった彼女は数週間でようやく人らしい姿に戻ったが、意識は戻らず、肩より長かった髪はかなり短くなっている。結晶が出来ていたところにはまだ痛々しい傷痕のような痣のようなものが残っていた。
「メディアンからの干渉ねえ…IVに限って攻撃されるなんてありえないと思ってたが…何か路線でも変わったか…?」
「それは私にも分からないわ。そもそもドールが採れるような地下深くくらいしかメディアン攻撃体なんて出ないのに地上にバンバン出てる事が一番おかしいと思うけど。」
「それもそうだよなぁ…」
明星号は東へ進む。東部に帰還するため予定から変わりなく航行を続ける。
カバナとはこの辺りは少し訳が違うらしい。
あっちじゃ連邦兵なんて滅多に居なかったもんだから堂々と能力で盗みやら何やらをしてこれたがここは連邦兵は多い。あんな所に居たのだからあちらに顔が割れている。見つかれば捕まるかもしれない。そう考えて連邦兵を避けて動いていたら食料も調達出来ずに日が暮れていった。
腹が減った。しばらく当たり前のように食事が出る生活をしていたものだからこういった感覚を忘れていた。
…またあの時間を思い出した。もう思い出さないって決めているのに忘れられない。なんで、なんでだ。どうしてなのか分からない。あの場所を彼女を…
「そこで何をしてる。この地区は日没後3時間から外出禁止だ。」
連邦兵だ。複数人いる。まずい。まだ暗くて顔が見られていないから巻けるかも知れないが下手をすれば捕まってしまう。
「ああ、知らなくて…」
「…コイツ、手配書にあったガキじゃねえか?」
逃げるんだ。
考えるよりも先に電磁バイクをUターンさせて逃げ出す。ここらは開けている荒野だからイージスを呼ばれたら逃げ場が無い。その前に市街地に逃げ込みたいが、このバイクじゃイージスを呼ばれる前に巻ける気がしない。ともかく連邦兵の乗り物さえ巻ければなんとかなるだろう。
しばらくすると連邦兵は追ってこなくなった。
安心はしていられない。ひたすらに市街地を目指して走り続ける。
その時、聞こえたのは聞き慣れた音。イージスの電磁エンジンの音だ。
振り返れば三機、僕の背後からイージスが追ってきていた。僕はそれを"突き放す"が気休め程度にしかならない。アニマに乗っていた時はイージスを弾き返すことさえ出来たのにどうしてだか今はそんな力が出ない。
電磁バイクを走らせて荒野を逃げ回るが、連邦のイージスは前方や側面を撃って進路を塞いでいく。僕自身には撃ってこないのは生きて捕まえろと言う事か。
ふと、ヘンリー姉さんやティーネさんが言っていた話を思い出す。想像を絶するような実験。考えるだけでも背筋が凍る…ダメだダメだダメだ!どうしてあの場所の事を考えてしまうんだ!
バイクは徐々にバッテリーの出力が弱まって速度が出なくなる。持ち出してから一度もバッテリー交換や充電が出来なかった。もうすぐ動かなくなってしまう。
僕の道はここで途切れるのかと、考えていた。
目が覚めた。
私は何が起きたのか分からない。分かることは声がして、内側から引き裂かれるような感覚がして、目が覚めると医務室にいた。
「目が覚めたのねIV!良かったわ!貴方二週間も眠っていたのよ!」
「二週間。あの時のこともよく覚えてない。教えて?」
「…そういえば何も知らないのね。」
「IV、やっと起きたか。」
ドアを開けてアダンが来た。メアリーは何だか言いたくなさそう。分からないけれど、大変な事がきっと起きている。
「まずこれを話さなきゃいけねえ…」
アダンからはペンテアがメディアンに襲われて戦死したことを聞いた。私が倒れてた事もあって流れ石には暗い雰囲気が流れてると。それをどう表現したら、どう伝えたらいいのは私には分からなかったけれどもどうしてだか胸が強く締め付けられたような気がした。その話のなかで、私は何だか忘れられているものがあると感じた。
「ねえ、シエルは?」
「そんなメンバーは居ないさ。」
「どういうこと。」
「忘れろ。」
分からない。私には分からない。私はそんな言われ方しても分からないからシエルがどうなっていて、どうしているのか分からない。どうしてなのか、私はシエルがどうなったのか気になる。そして、傷付いていたり、ペンテアのような目にあっていたならば酷く胸が締め付けられる気がしてしまう。
「シエルは?」
メアリーに聞く。メアリーは目を逸らしながら話した。
「辞めたのよ。ここから居なくなったの。耐えきれなくなって。」
「どうして。」
「多感な子よ。戦場はあまりに刺激が強かった。」
「どうして。」
「仲間の死は彼には厳しすぎたの。」
「どうして。」
「だから彼はまだイージスに乗るには…」
「どうして誰も止めなかったのって言っているの!」
分からない。何故だが言葉が強く出てしまう。いつもよりも大きな声で言ってしまう。どうしてそうなるのか分からない。分からないけれど今声を上げないといけないことは分かる。
足に力を入れて立ち上がる。ふらつきそうになりながらも立って体に繋がった管を乱暴に引き離す。
「ちょっと!?何を!」
「連れ戻す。そうしなきゃ、行けない気がする。」
「連れ戻すって…どうやって!?」
「イージスで探す。」
「ちょっと待って!?」
「止めないで。嫌だ。」
私には初めて、明確に嫌だと感情を抱いた。不思議な感覚で気持ちが悪い。けれども、気持ちに体を突き動かされていくのは自分がやらねばならぬことのように感じて、どうにも動かずにいられない。
アニマへと走った。きっとアダンから言われるだろう。レイは怒るだろう。でも私はそうしなきゃ気がすまない。
【僕を動かすことにもう抵抗はなくなったのかい?】
「うん、分かったの。私はアニマに触れれば何かを無くしたり、傷付けたり、消してしまうものだと思ってた。だからうまく扱えなくて、ごめん。」
【きっと君は自分が思っている事よりももっと大きなものに気付き始めている。まだ、分かっていないだろうけどね。】
「アニマ…?」
【その答えを言うのは君自身の責務さ。さあ、行こうか。】
「うん。ありがとう。」
けたたましく警報音が鳴る。
「カタパルトが勝手に!?アニマが無断出撃を…!」
「アニマが?」
デッキに戻ったアダンは突如として起きたアクシデントに驚く。アニマは"彼女"が乗っていないと動かせない。だから犯人は一人しか居なかった。
「IVがどうして…?」
「アダン!」
ドアを開き、駆けつけたのは普段ほとんど医務室からは出ないメアリーだった。息を切らしてデッキまで走って来ていた彼女は息を整える間もなく言ったのだ。
「IVがシエルを探しに行くって…!」
「…急いで探す。601出せるようにしとけ。」
限界が近付いていた。バイクのバッテリーは切れた。必死に走るが悪あがきでしかなく、イージスが眼前に立ち塞いて僕の進む道を止める。
銃を持った兵が三人降りる。何もかも諦める他無かった。その時だった。
聞き慣れた音がした。聞き慣れた電磁エンジンの音。この独特な音は___
「アニマ…イヴ!?」
「シエル!」
アニマがバスターソードでイージスを一機叩き飛ばす。慌てて他の兵はイージスへと戻り、ハッチを閉めて臨戦態勢に移る。
「クソッ!コイツがどうなっても…!」
一人、降りたままだった兵が僕を羽交い締めにして手に持ったハンドガンを頭に向けた。一瞬イヴの動きが鈍る。銃弾に何発か辺りよろけるも、体勢を整えて再びイージスに斬りかかる。僕は必死に"突き放"そうとしたが密着されていて効かない。
「イヴ!コイツらは俺を殺せない!だから攻撃を続け…!」
アニマに向けそう叫ぶと連邦兵は僕の口を塞ぎ、銃口を頭に強く押し付ける。
その瞬間アニマはバスターソードを弾き飛ばされ、右のマニピュレータを切り飛ばされる。ドールごと切り飛ばされたのか生々しい断面が映る。
「イヴッ…!」
背部を撃たれエンジンを一基機能停止させられたアニマは落下していき、荒々しくハッチをこじ開けられた後に中のイヴに銃口が向けられる。
「イヴ!!!」
叫ぼうとしたその時、連邦兵に首元を強く打ち付けられる。
意識が遠のく。僕がこんな事をしたから彼女が出て、こんな目にあってしまったのだろうか。罪悪感が募る。
ごめんイヴ。僕のせいで。僕が悪いんだ。
夢なんかじゃない。現実を見捨てた僕が悪いんだ。