泡沫であれと
艦内は重い空気に包まれていた。
作戦そのものは成功失敗かで言えば成功寄りだった。
基地の壊滅と乗っ取りは成功。連邦に大打撃を与えたことに間違いはない。
だがこちら側の被害も甚大だった。
レジスタンスは大半がメディアンに巻き込まれ死亡。ラピート号は大破により死傷者多数。
そして僕らの明星号も犠牲が出た。
数時間前に遡る。
メディアンたちの大波に飲み込まれた僕らは身動きも取れずにぶつかる大量の化物たちに蹂躙されていた。
剥がれる装甲、徐々にノイズがかかるモニター、けたたましく鳴る警報音、そして彼女の…苦しみ叫ぶ声。
地獄はここに現れていた。悲痛な叫びを上げ操縦桿を動かしてもその機体は動く事を許されない。
焦る僕は突き放す力もまともに操れない。
センサーと通信は既に効かなくなり、その様子や状況も分からなくなっていく。
「クソッ!クソッ!動け動けよ!イヴがっ!イヴが!!!」
ついにモニターは何も映らなくなり、機体の電源も落ちたのか真っ暗闇になる。
全てに絶望したその時、僕の脳に直接何かを"見せる"ように虹の光と映像が"入り込んだ"。
鮮明には覚えていない。あまりの強いショックに僕は幻覚が見えていたのかもしれない。それはまるで今ある状況と等しい、またはそれ以上の地獄。
手を差し伸べた少女の頭上に落ちる閃光。七つの隕石、人々を飲み込んでいく化物たち。
そして聞こえる無数の声。
「きっと私達は分かりあえる___」
「人の姿を捨てたんだ!もう人では___」
「私が消えても、心は消えない___」
なんの光景なのかさっぱり分からない。一瞬のうちに脳裏に焼き付けられたものに困惑する中、僕は意識を取り戻して目を開いた。
浮遊感を感じない。地上に落ちたのか。
電源は復旧してないのかコクピットは真っ暗なままだった。
イヴ、そうイヴだ。彼女。彼女は大丈夫なのか。少ししてその事に気付いた。酷く苦しんだ彼女がどうなっているのか心配で仕方がない。僕は急いで重く硬い緊急用のドアを開けて外へと出る。
外にはもうメディアンはいなかった。しかし、かなりの被害が出ていた事を思わせる光景で辺り一体は急に廃墟のようになってしまっていた。
彼女のハッチへと足を踏み外しそうになりながらも向かい、緊急用のドアコックで開ける。精一杯の力を加えやっとのこと僕が入り込めるほどの隙間が開き、懐中電灯を持ってコクピットに入った僕は思わず声を上げた。
それは紛れもなくイヴ、彼女そのものだ。それは分かる。だがそれはもう人と呼べる姿だと言い切る事が出来なかった。
全身の色が水色のように変わり、所々には岩石の結晶のようなものができている。液体なのか個体なのか、人であるのかさえも分からない姿へと変わり果てた彼女を前に僕は驚きと、悲しみと、ほんの少しの恐怖を感じてしまった。
そんな感情を持って彼女に接したくはなかったのだが僕の本能が彼女を一瞬恐れた。
人は人に限りなく近い異形のものを最も恐れるらしい。彼女をそう感じた僕が許せなかった。
しばらくしてアニマの機能は部分的に復旧した。イヴは異形の姿になったまま意識は戻らず、レーダーも通信も死んでいたが、辛うじてエンジンが動いていたために帰艦することが出来たのだ。
そして聞いた言葉が僕の怒りを頂点にのし上げた。
「ペンテアが死んだ。」
事実を前に誰も何も言わなかった。どうして、なぜ。理屈ではない怒りが僕に湧き立った。
アリシアはまるで心を何処かに置いていってしまったかのように言葉も話さずただ一点を見つめるのみになってしまい、医務室に居る。
デッキではそれぞれが無言でただ淡々と作業をするのみだった。
「おかしいと思わないのかよ…!」
「おかしいと思わないのかって言ってるんだよ!」
空気に耐えきれず僕は爆発させるようにその場で叫んだ。
「死んだんだぞ!?仲間が死んだんだ!その上イヴも訳のわからないことになっちまったんだ!なんでそうやって入れるんだよ!どうしてそんなことになっちまったんだよ!」
「シエル、俺達だってどうしたらいいか分からねえ。何も分からねえんだ。」
端に立っていたモハメッドさんはそう答える。それにみんなも頷いた。
「アダン!こうなる事は分からなかったのかよ!」
「ある程度は、だから隕石に刺激を与えないように言っていた。」
「…なんだよ僕が悪いっていうのかよ!僕はただアダンの命令通り攻撃をせずに…!」
「それはそうだ。だがお前は優先順位を間違えた。」
「敵戦力の破壊は最小限に。だがそれよりも隕石に刺激を与えることが危険だってのは事前の作戦会議でもティーネからも伝えさせていた。」
やり場のない怒りが積み上がる。腹が立つ。腹が立って仕方がない。だが、僕よりもアダンが論理的で真っ当なことを言っていることは間違いのない事実で、それが余計に腹が立つ。
「アンタは自分には責任が無いっていうのかよ!仲間が死んだんだぞ!」
「戦場だ。怪我もするし人は死ぬ。」
「…もういい、いいよ!」
「出ていってやる!こんな所!僕はもうこんな場所が嫌いだ!」
「シエル!?」
衝動的に口走った言葉と共にデッキから走って出る。
周りからは止めようとする声が上がる。だがそんな言葉も気にせず僕は走り続けた。
ごめんイヴ。でもこんな不幸をもう見ていられない。君ともっと喋って、楽しく遊んで、もっと知りたかった。でもこんなことにこれから耐えきれる気もしない、そして彼女を僕は一瞬でも怖いと思ってしまった。そんな気持ちのままあの場にも居られなくて、感情のままに僕は電磁バイクを一機持ち出し明星号から出ていった。
いつかこの日々を忘れ、また荒野でガラクタを集めて生きてく生活に戻る。それでいいんだ。きっとこれは夢や幻にようなもので一瞬で消えてしまうものだったんだ。
彼女に思った感情も、出会ったときの不思議なざわめきも、あの場で過ごした日々も、全部全部すぐに消えてなくなる夢幻なんだ。
そう思って、思い込んで、思い込ませて、僕はあの場から去ってやったのに。
どうしてか涙が止まらなかった。
急ぎでちょっと短くなりました
8月〜9月頭は二週に一回ペースになってましたがこれからはまた週一に戻して行こうと思います
タイトルの読み方は"ホウマツ"ではなく"ウタカタ"です