虚ろの摩天楼
「依然としてトップはタトゥイーン!しかし後ろからアダンとシエルが猛追している!これは熱い戦いだ!」
うざったらしいほどの実況を聞き流し、僕とアダンは猛スピードで駆け抜けていくタトゥイーンの機体を追う。少しでも手を滑らせれば鉄の壁に激突しかねない繊細なテクニックと大胆なスピードが求められる中、奇跡的に僕は集中して追えていた。勿論、イヴの支援もあってこそだ。
「なあシエル、タトゥイーンもしかしてコースのギミック知ってるんじゃないか?さっきからアイツの予備動作を見てそのままそっくり同じ動きをしようとすればその通りにギミックが交わせるんだ。おかしいと思わねえか?」
「…薄々。アダン、さっき301のヤツに『タトゥイーンに勝たせろ』って言われたんだ。このレースなんかおかしくない?」
「見てえだな、序盤で落っこちた奴ら以外どうもタトゥイーンに譲ってるようにってか、わざと前に出てもらうように動いてるように見えんだ。」
「…供託?」
「だろうな。しかも運営と繋がってると見た。」
「ただじゃ勝てねえな。」
「What?おっさん急にどうした?気でも狂ったか?さてはそんなに俺らにG05持ってかれるのが嫌か?」
焦る顔で話すビームスを横目にレースに熱中する一同は笑いながら返す。だがビームスは汗をだらだらと流しながら話し始めた。
「いいか…よく聞け。DAV杯がこの街の防衛機能を宣伝するためのイベントであることはもう説明したな?」
「ああ、言ってたねそれがどうしたんだい?」
「…ハッタリなんだ。」
一同はその言葉に「は?」と疑問符を浮かべた。ヴァーミリオンの防衛機能はビクトリウム合金の巨壁と要塞、数え切れぬほどの防衛用射撃兵器などノアに勝ると言われるほど高い。それはDAV杯の開会式や事前に調べていたことで分かっていた。
「本当はヴァーミリオンの要塞は全てビクトリウム合金ではない…防衛用射撃兵器の丁数は数十倍近く鯖を読んでいる…外壁のほんの一部を除いてほとんどはハリボテだ。」
「待ってくれよ。それならイージスが激突してもビクともしてないのはどういうことなんだい?ビクトリウム使ってなきゃ無理だろうよ?」
「序盤。タトゥイーンが一気に多くの参加者を脱落させた。…分かるか?」
「一般人を最初に脱落させてそこからは全部工作とか?そもそも都市を覆うほどのビクトリウムを使ってるって時点でウソ臭かったけども。」
「そうだ。未来でも見て当てたか?」
「アタシは三十秒先をぼんやりとしか見れないよ。」
ビームスは呼吸を整え、先ほどの盛り上がり具合が嘘であるかのように静まり返った明星号のデッキで話しす。それは最初のような威厳ある喋りでなく、どこか虚ろで後ろめたく暗い語りであった。
「七星災害が起きる前から東部の前身である都市国家カラーズじゃマーブルシティからヴァーミリオンへの政府機能移転を考えていてね。災害後はそのまま作りかけのヴァーミリオンを連合首都にして東部の都市国家再建の要にすることになった。ちょうどそのころ、七星連邦が発足して災害再建と治安維持の名目で各地の都市国家の自治権を武力で奪われていた。その時はノアから市民を守れという声が大きくてね、ヴァーミリオンを最高クラスの防衛機能で固めるということに決まったんだ。…だが現実はそう甘くない。東部の都市国家が固まって資金と資源、労働力を確保してもノアを上回る防衛機能を持った都市なんて出来やしないんだ。」
「で、結果としてでっち上げたと?」
「…その通りだ。対外的にも国内にもヴァーミリオンをハリボテだけで最強の防衛機能を持った都市と言うことになった。そしてそれを信用させるためにDAV杯を始めた。初めは全員工作員だったよ。工作でさも素晴らしい要塞であるかのように見せかけたんだ。おかげで目論見通り外にも中にもヴァーミリオンは最強の要塞都市という認識になった。」
「あの…それと私たちが参加することでヴァーミリオンが国が滅びるとはどういうことなんでしょうか?」
「言わせるなー、エリー。本気でアタシたちがレースに挑まれてなんかされたら工作がバレかねないってことだろうよ。国内はまだしも外にバレれば連邦はここぞとばかりに協定破って侵攻してくる。南部の惨状、分かるでしょ?ヴァーミリオンは抑止力でもあるからねー。」
「仕方が無かったんだ!国民の安心感と連邦の侵攻を抑えるにはこれしか方法は無かった!見かけだけでも要塞を作り、でっち上げたことで経済だけなら城下町に匹敵するほどのモノが出来た!積み上げたものを壊したくはない!」
「どうせあのキタジマG05もハリボテのダミーなんだろう?だからこんな茶番に興味はなかったんだ。」
背後のドアが開き、額に大粒の汗が滴るほどの熱さで叫ぶ彼の後ろに現れたのは「下らない」とデッキを去ったレイだった。
「そうさ…もう参加する意味はないだろう!さっさとここで辞退してくれッ!通信回線ならあっちに通してやる!」
「ビームスおじさん。レース、やめちゃうの?」
無邪気にアリシアとペンテアがビームスへと近づき、問いかける。二人に小難しいことは分からない。ただ、経った今見ている楽しいことをやめさせられてしまうことは分かった。二人はそれで起きた感情をなんと表現すればよいのかは分からなかったが、とてもそれが嫌なことであることだけは分かった。
「アリシア、ペンテア…クソッ…なんで、こんな時にッ…」
「レースすっごい楽しいのに辞めちゃうのはなんだか嫌。どうしてだか分からないけど私たちはそう思うの。」
ビームスの脳内に過ぎるのはあの日の光景。
周りの人間は"それ"を人だなんて思ってなんかいなかった。開発中の"モノ"。或いは作りかけの"武器"。自分だってそう思っていたし、普通に考えればあまりにも残酷と言える人を兵器に育てることに躊躇なんて無かった。全て国の為。市民の為。そう信じ続け"それ"を直視してきた。
だが彼は"それ"をモノと割り切ることは出来なかった。兵器と見ながらも育て続けたシュタイナーの子供たちにある種の愛情はあった。自分の子供であるかのように思えていた。矛盾する感情のようで、それは両立していた。
火が放たれた。誰がやったか分からない。連邦のスパイか。保守の過激派か。ただの事故だったのか。そんなことはどうでもいい。それよりも彼はその事実にいち早く気付けなかったことを嘆いた。真夜中の出来事だった。機関の子供は黒煙と業火に飲まれ、罪も無いのに苦しみ死んでいった。周りの人間は研究材料が無くなった悲しみや、起死回生の兵器を失った悲しみに飲まれていたが彼は違った。
子供が死んだのだ。育てた子供が死んでしまったのだ。それほど悲しいことが世界にあるだろうかと思えた。そして彼は"あの子供たちが笑って生きていける世界もあったのではないか"とその時思ったのだ。
目の前にいるのは失ったと思っていた大切な、大切な二人。宝石のような瞳に見つめられてしまえば、彼は言葉が出なくなるのなんて当然のことだろう。
「…お前たちがそうやって、笑って喜んでいる姿を見れることが私は嬉しくて仕方が無かった。お前たちにしたことが許されるわけがない、許してもらう気も無い。だからせめて人並みの子供として生きて欲しかった。その表情は、あまりにも卑怯だ。」
「おじさん?」
彼は俯き、聞こえるかどうかの声でそっと呟いた。
「…すまない。」
ゴールまではあと一つのエリアを超えた先。レースはクライマックスへと差し掛かり、ここまで残ったイージスはわずか数機になった。特にトップのタトゥイーンと僕らは熾烈な争いを繰り広げ、この三人がぶつかる姿勢で終盤までの展開はほぼ決定的になった。
「やあお外の方、あんまり飛ばし過ぎると危ないよ。」
タトゥイーンが接触回線でアダンへと話しかけてきた。通信が繋がりっぱなしだったから僕の方にも聞こえてきた。突然のことで直接繋げてきたわけじゃない僕が驚いてしまった。
「シエル、集中。」
「ごめんイヴ!」
「よう!アンタがタトゥイーンか!いいイージス乗ってんねえ!」
アダンもあまり余裕はないはずなのだが、コンタクトをしてきた彼に対して気さくに返していた。いや、案外これでも余裕はあるのだろうか。
「そりゃどうも。でも壁にぶつかったりすると危ないよ。ビクトリウム合金はイージスの装甲より硬いから最悪死んじゃうし。」
「嘘は良くねえな。」
「…!?」
アダンの言葉にタトゥイーンは驚きを隠せず、少しイージスの動きを鈍らせる。僕もアダンの言葉の真意が分からなかった。僕らは確かにこの目でイージスが壁に激突して炎上していく姿を見たのだ。それは紛れもない事実であり、何も嘘はない。
「嘘って…ここまでの脱落者を見なかったのかい?」
「ああ見てきたさ、見てきたから嘘だと分かるんだ。アレ、壁に激突してんじゃなくてぶつかる前に自爆して見せかけてるだけだろ。」
「何を…!」
「分かるんだ。これでもウチらプロでゲリラやってるからね。わざとらしい爆発なんて見れば分かるんだよ。あんだけ派手にやれば平和ボケしたパンピーにはホンモノに見えるかも知れないが戦場を知ってればわざとなんて分かる。本当はあの壁、全部ハリボテなんだろ?」
アダンが言っていることは挑発や相手の呼吸を乱すためのハッタリと言うことも出来たが、信用に値する理由が僕にもあった。301乗りの残したよく分からない言葉、まるで先を読んでいるかのようなタトゥイーンの動き、この大会は"グル"なんじゃないかって疑念が少しあった。
「…隠し通すのは難しそうだ。」
「そうだよ。君が疑う通りこれは茶番だ。だがこの茶番には茶番で済まされない理由がある。悪いけど分かったなら早々に降りてくれ。これは遊びじゃなんだ。」
そう言ってタトゥイーンはアダンの機体から離れ、さらに加速していった。その時、繋がるはずのない明星号からの通信が僕とアダンに繋がった。
「ビームスだ。この大会を降りろ。事情を話す。」
「G05もパチモンってか。残念だなあ。」
ビームスから聞かされた内容はあまりにも規模の大きいことで衝撃的だった。そして全てが繋がった。普通に考えれば降りるのが正解だ。
「シエル、降りるか?」
「…イヴはどう思う?」
「私はシエルがしたいようにすればいいと思う。」
僕がしたいように。思えばこの大会に出るきっかけはアリシアとペンテアだった。二人が無邪気な子供のように…子供に使う例えじゃない例えをしなきゃいけない二人がきらきらと目を輝かせて参加しようといったDAV杯。今僕らは二人の熱い眼差しを裏切らなきゃいけない場面に遭遇している。ビームスだって思うところがあっただろう。でも一番今の選択で正しいのはやめることなんだ。
正しい。何を以て?何から見て?それは本当に僕が望むのか?二人を笑わせたくはなかったのか?子供として生きられなかった子供に笑顔を灯せると思っていたことをやめていいのか?
無駄な事、最善策、正解、そんなことはどうだっていい。今自分がしたいようにするなら答えなんて一つしかなかった。
「要は、ミスらずゴールすればいいんですよね?」
「何を言ってるんだ!?今すぐ降りろ!少しミスがあればその時点で国家の安全保障に…!」
僕はその時点で通信回線を切った。イヴは僕にそっと頷き、僕は再び機体を加速させてレースに集中した。
「…イカれてる。だが、乗った!」
アダンも回線を切断し、僕の賭けに乗ってきた。そうだ。純粋にこれをレースとして楽しむんだ。あの子たちが楽しめるように。誰も傷つけない唯一の方法。何も僕らが壁にぶつかったりしなければこのレースはただのレースのままに終わるんだ。だったらそれを選ぼうじゃないか。
「イヴ、ここらで一番磁場が良いところは!?」
「多分あのせり出したビルに挟まれてる辺り、ちょっと危ないかも。」
「ちょっとならイケる!」
イヴが言ったいい流れのところでさらに加速させて距離を放してきたタトゥイーンに再び追いつく。レースは終盤。もう少しでゴールが迫る。何かのゾーンに入っているかのように僕は集中出来ていてちょっと怖いくらいだった。
「…なんで!?クソッ!」
不意にぶつかるタトゥイーンの機体から接触回線で声が聞こえる。降りたと思っていた僕とアダンが肉薄し、明らかに困惑していた。
ゴールへと向かう最後の直線。その時最後のギミックがタトゥイーンの目前にせり出した。彼は全てのギミックを分かっているはずだと僕らは読んでいたが、困惑して操作を焦ったかそれに対応しきれないままぶつかるコースに居たのだ。
「ヤバいッ!」
僕はタトゥイーンの機体の自機へと"寄せて"激突を回避させた。しかし、強烈な勢いで寄せてしまい加減を誤ってしまった僕はそのままタトゥイーンの機体共々クラッシュし、その場で巻き込まれて止まってしまった。
「アダン!」
「はいよ!」
アダンはそのままギミックを回避してゴールし、後続の機体たちもそれらを交わすなり自爆したりしてゴールしていった。僕とタトゥイーンは最後尾がゴールするまで機体を動かせず、最終的に棄権という形になった。
「…ありがとう。もしぶつかっていたら、全てが明るみになっていた。」
「いえ。無理を通して出た僕らも僕らなんで。」
「純真なままに遊びに興じる君たちは薄汚い大人の僕らより遥かに素晴らしいよ。」
「全く…何か起きていたらどうするつもりだったんだ!」
「いやあそれはなんか、こう、どうにか…」
「クソッ…だからアダムスを国に入れたくなかったんだ!もう余計なことは起こすな!」
大会が終わり、明星号に戻った僕らはビームスや流れ石の面々にしこたま怒られた。それもそうだ。一歩間違えれば国家を揺るがす大騒動になっていたかもしれないし、僕らが東部から追い出される可能性もあった。思えば随分と大胆な博打だっただろう。
「シエル、イブお姉ちゃん!」
「すっごく面白かったよ!」
デッキから去るビームスはアリシアのその言葉に反応したかのように見えたがそのまますぐに去ってしまった。
次の戦いが終われば二人は本当にこの地でただの子供として生きていけるようになる。二人が見せた無邪気な笑顔を見ると早くそうやって暮らさせてあげたいと思えてくる。子供の頼み事、だからこそ全力でやったんだ。イヴもそれが良いことだって分かってくれた。
この笑顔が一瞬だけじゃなくて、これからもずっと続くことを願って。
たまに自分でもアリシアとペンテアどっちに話させてるか分からなくなるんですけど、テレパスでお互いに意識共有してるんで喋ってる言葉はどっちが話しても同じです。物心つく前から二人は意識共有が出来てしまったので二人とも考えてることは基本的に同じ。二人ですが実質一人みたいなモン。