ナイト・オブ・ファイヤー
これはレースである。しかしただの速さの競い合いではない。
妨害、攻撃、供託、なんでもアリ。世界で最も危険なレースを自称するのも頷ける。目の前に広がる光景は僕らが見てきた戦いとそれほど差はなかった。
「シエル!多分俺ら以外にも複数人で協力してるやつはいるぞ!気を付けろ!」
「分かってますって…ッ!」
何をどう気を付ければいいのだと反論したい言葉ではあったが今はそれを言う余裕すらなかった。コースからは飛びだす杭やら爆破される橋やらが落ちてくるし、周りから飛ぶ攻撃に反応して交わしつつも誰よりも前に出なければいけない。ひょっとして戦闘よりシビアなのではないだろうか。
「後ろから飛び道具!」
「飛び道具!?レギュレーションで禁止じゃ…おわッ!」
不意に飛んできた何かに反応しきれず、背中に直撃しそのまま後方へ引きずり込まれる。突然のことに僕は何が起きたのか分からなかった。
「飛び道具はレギュレーション違反だろ!何使ってるんだ!」
そのまま相手の機体に接触していたため、接触回線を通じて叫ぶ。こっちだってわざわざ飛び道具を外してきたのだから違反で負けるだなんて納得がいかない。
「ああそうさ。だが大会レギュレーションで禁止されてるのは完全に本体と分離して発射されるものとレーザー兵器だ。アンカーは対象外だよォ!」
「このデタラメルールが…!」
アンカーは辛うじて背部エンジンに直撃してはいなかったが、ただ出力を上げるだけでは抜けなさそうなほど深く刺さっており、左右に揺さぶれば鉄の壁に激突する恐れもある。だがこちらにはとっておきがあることを忘れてはいけない。
「じゃあこっちもギリギリを攻めさせてもらうよ!」
アニマの自分より後方だけを強烈に"突き放す"。唐突に風でもなければ磁場の変動でもない謎の衝撃波を受けたイージスたちは皆一気に体勢を崩し、転倒したり、横の壁にぶつかったりしてクラッシュしていく。
アンカーのイージスもその勢いでアンカーがアニマから抜け、後方へと突き飛ばされていく。重心がしっかりしているのかエンジンの調整がいいのか、あの機体はクラッシュしなかった。
「畜生!テメェの方がよっぽどデタラメじゃねえか!」
負け惜しみの叫びを上げつつも再び奴はアンカーをこちらに向けてくる。僕はそのアンカーを"突き放し"、奴のイージスへと返した上でそのままメインカメラに刺さった。
「おあああああああ!!???ああああ!?!?前が見えねえ!!!!あああああ!!!」
前が見えなくなり、方向感覚を失った奴はカーブに気付かずそのままダイナミックに激突して爆発した。
「イヴ!今全体の状況はどんな感じ?」
「トップ集団とさっきより差がついてる。先頭はタトゥイーン。次点が…アダン?」
「ああもう!トップと差がついちゃったよ!アダンそっちは!?」
「今話しかけるなぁぁぁあああ!!!あああああ!!!!」
トップ集団は熾烈な争いを極めていた。
スタートダッシュで多くのイージスを巻き添えにして前へと踊り立ち、そのまま先頭をキープするタトゥイーン。必死に高い操縦技術を駆使してそれに食いつくアダン。大きな翼の付いた六本腕のイージスは手数の多さを生かしてそれらに妨害をし、同じ緑とオレンジのカラーリングに彩られた301達が巧みな連携プレーで陣形を維持し先頭から離されないよう一定の距離を保つ。
いずれも高い技術を持っており少しのミスが命取りとなる。
「さて、ここからは銃撃エリアです!ここではヴァーミリオンの防衛機能を生かしてこちらの百四十四の機関銃による銃撃を潜り抜けながらゴールへと向かってもらいます!銃撃には間や安全な場所があるのでよーく考えながら頑張ってくださ~い!!!」
「呑気に言いやがる…!お前らは銃良いのかよ!」
先頭を走るタトゥイーンは立体的な動きで射線をまるで予測しているかのように回避していく。緑とオレンジの301は一部が銃撃に当たって脱落していき、三十機も居たであろう大集団が一気に十数機まで減る。六本腕のイージスは致命傷は辛うじて避けたが腕が数本ダメになってしまっていた。
アダンは様子を少し見るために先頭からあえて少し下がり、先頭集団の少し後ろから分析をしていた。
「アレ…よく見れば目に見える銃はダミーでなんも無い壁から出てるじゃねえか…それに周りは当たって騒ぎ散らしてるが…ぶっちゃけ大したことねえ威力だ…。アイツはあの速さでなんで気づけたんだ…?しかもなんで俺だけ銃弾が効いてないんだ…?」
まるで最初から知っていたかのような動きで銃撃エリアを抜けていくタトゥイーン。そして自分以外だけにやたら効く銃弾。それを見ながら食いつくアダンは一つの疑念が彼に対して浮かんでいた。
「…今はお取込み中ってか。」
「イヴ、先頭集団とここの間にイージスって何機居るか分かる?」
「大体十機。見えないほど振り切られてるのは居ない。」
「ありがとう、一気にやるぞ!」
アニマを急速に加速させ、前にいる機体へと距離を詰めていく。そして前の機体をこちらへと"寄せて"、そのままバスターソードで後ろへと受け流す。追い越せないなら前を僕より後ろに行かせればいい。発想の転換で順位を上げていく。
しかし、それでは順位は上がれど先頭との距離は縮まらない。だがこれは順位を上げるだけが目的じゃない。
「イヴ、コースの中でちょっと無茶でも良いから一番磁場が良いところって分かる?」
「なんとなく。でもそこに乗ったら他とぶつかるかも。」
「そのために前を空けたんだ!」
「…分かった。ここのちょっと先、あの曲がり角の後ここより高度を二メートル下げればかなり早い。でもちょっと地面と近すぎて難しい。」
「難しいったって…やるしかないでしょ!」
カーブを曲がり、イージスの高度を地面スレスレまで下げる。そこで一気に加速させるとさっきまでとは比べ物にならないほどの速度が出る。ここからしばらくは緩やかなカーブしかないから、これだけ速度を出しても問題はない。みるみるうちに先頭との差が縮まっていく。
「シエル、この先銃撃エリア。このままだと全部当たる。」
「当たる射線でも当たらなきゃあいいんだ!」
銃撃エリアで飛んでくる弾を全て"突き放して"強行突破する。このエリアこのエリアで不規則な動きを強いられるために時間をロスしていたのか、ここを突っ切っただけでかなり大きく差が縮まった。
「見えた!アダンの機体…!」
アダンの機体が緑とオレンジの301に左右から詰められ、妨害されているのを見て、無理やりそいつらを"寄せて"後ろへ受け流そうとしたが、一機は受け流しきれず、激突してしまった。
「まずった…!」
「…お前"外"から来た奴だな?」
「何を…」
「タトゥイーンさんに勝たせろ。それが街を守る唯一の方法だ。」
「何を言って…!」
接触回線でよく分からないことを言ってきた301を突き飛ばし、壁にぶつけてダウンさせる。
ファーター・タトゥイーンはソロで参加していると聞いていて、誰かと供託しているだなんて話は聞かなかった。僕の知らない何かがこのレースにはある。ただのレースではない。そんなものを僕は感じ始めていた。
「頑張れ~!アダン~!シエル~!」
「二人とも案外やるねえ!アタシも参加したかったよ!」
流れ石の面々は明星号のデッキでモニターにレースの様子を映し、応援をしていた。それほど期待していない人が大多数だったのだが、ガガさんが予想以上にレース用のチューンに気合を入れていたことと、参加した二人が想定外に本気だったために周りにも火が着いたのだ。
「Foo!こりゃ面白いな!俺もチューン手伝った甲斐があったぜ!ところでレイは?」
「ん~?馬鹿馬鹿しいって部屋に戻ったよ。アタシは三十秒先見えちゃうからこういうの素直に楽しめないんだよな~。みんなが羨ましいよ。ん?なんか客が来るよ。」
ティーネの未来予知通り、三十秒後に勢いよくデッキのドアが開かれそこにいたのは必死の形相で汗をダラダラと流したあのジム・ビームスだった。
「ん?誰ですこのオッサ…ってこの前モニター越しにアダンさんと会話してた東部の首相サンじゃねえですか!?」
「なんだなんだ首相サマが自分からなんの用だい?随分と焦ってるようだけど?」
ビームスは荒れる息を整え、ネクタイを少し直したのちに前を向きなおし、話し始めた。
「今すぐDAV杯から抜けろ…!これはタダのレースじゃないんだ!」
「why?そりゃ危険だから戦力減らされたら困るだろうし首相が心配する気持ちは分かるけどよお、俺らは万全の状態だから心配いらないぜ!」
「そうじゃないんだ!このレースにタトゥイーン以外の"一般人"に勝たれれば最悪街が、国が滅びるッッッ!!!」
ちょっと色々忙しいので今回は解説なしです。
来週は私用で休載です。