"mediean"
この星を統べるものは人類で無いと無慈悲に僕らに突きつける。
"奴ら"の前では無力であると残酷に告げる。
この星は人間の為の星では無い。
戦場は混乱を極めた。敵味方分けることなく無差別に攻撃を繰り返す怪物に蹂躙されていく連邦兵とテラ教のゲリラ。僕ら流れ石のメンバーも回避運動を取るのに精一杯で何も出来ない。
得体のしれないもののおぞましさ、恐ろしさを前にして混乱した上に突貫し爆散する者、思考が停止し何も動けなくなって一方的に嬲られる者、その物量に四方から押し込まれ圧し殺される者、少し前まで見えていた"地獄"とはまた異なる"地獄"が眼前に広がる。
「…めて…これは…私は…!」
モニター越しに見えるのは頭を抱えて苦しむイヴ。化物が出てから彼女はより一層苦しみ始め、もはやまともに会話できる状況ですら無い。
僕にもノイズのような音が頭の中でけたたましく鳴り響く。同じスター・チルドレンの人もそんな状況にあった。
「大地の加護…ッ!!!大地の加護だ!ガイア様の加護だッ!!!今こそ勝機!!!悪しき連邦憎き連邦をこの手で潰す時!!!!」
レーニンは凄惨な戦況を見ても尚これを勝機と感じ、僅かに残ったゲリラと共に敵艦へと突貫する。イージスに衝突していく化物に装甲を見る見ると剥がされていく。周りを囲む味方も連邦のレーザーの直撃、化物に胴体から上が飲み込まれ、散っていく。
「やめろ!撤退だ!状況が掴めてないよ!犬死にしてもいいんかい!?」
ノイズに苦しみつつヘンリー姉さんがレーニンを無線で止める。だが彼は聞く耳を持たず、進路を変えず、そのままの勢いで連邦軍艦へと突っ込んでいく。
「英雄として死ねるなら本望だッ…!!!俺がクソッタレな方舟信仰への叛逆の象徴になれるならそれでいい!!!ガイア様に幸あれ…滅びろ方舟ッッッ!!!!!」
きっと彼は既に錯乱していた。極限まで追い詰められ、訳の分からぬ状況に陥り、多くの仲間を失った。その中でただ走り続けるだけの若い魂がただ暴走し、無意味に突き進む。彼に理屈も理由も意味ももう意味は無かった。あらゆるものを失い進む事だけしか出来なくなった彼は人で無くもはや獣なのだろう。
味方のゲリラが全て落とされ、彼のイージスのみになる。目にも止まらぬ速度で化物がそのボディに突撃していき、その姿は動く事がやっとである。強烈な衝撃を加え続けられた為にコクピットは血塗れになっているだろう。彼は全身の爆薬を起動させ、北斗型のあと少しまで迫る。その寸前でコクピットは無惨に白のエース機に撃ち抜かれ、派手に爆炎を上げて散った。
「テラ教のゲリラ部隊…全滅…!」
「What the fuck!どうすんだよアダン!?」
「どうするも何するも引くしかないっショ!アタシはこんなとこもうゴメンだね!」
「姉さんでも村の人が!」
「人の心配してる場合かい!アダンどうすんの!?」
俯き、いつもになく険しい表情をアダンはしていた。それはこの状況に対して絶望しているのでなく、何か覚悟を決めた顔だった。いつものヘラヘラしたアダンではなく、何かを成し、何かを変えると誓うときのアダンだった。
「…テラの資源をありったけ持ち帰ってここから離脱する。」
「アダン!?」
「俺がバナナでアイツらがひた隠しにしてた燃料の貯蔵庫をかっぱらう。他は撤退しつつ回収出来そうなもんは回収して帰艦。以上。」
アダンからの通信はここで途絶えた。予期せぬ無慈悲かつ残酷で悪逆非道な命令に僕は言葉も出なかった。
「シエル!?行くよ!火の手が村の奥まで来てる!燃料は燃えやすいんだ!早く回収しないと全部パーだよ!」
「姉さんはあんな命令従うんですか!?これじゃ僕たち盗賊じゃないですか!助けてもらったんですよ!?なのに、」
「忘れたのかいシエル!」
「良いか?アタシ達はテロリストだ!悪人だ!正義の味方じゃ無いんだ!生きる為に他の肉を喰らうように!アタシ達も他を潰してでも明日を手に入れないと行けないんだよ!それがこの世界で生きる為に必要な事なんだ!アタシだって不本意だ!でもこれが今アタシ達が出来る最善なんだよ!今助けられる他人とこれから助かる仲間!どっちがアンタには大切なんだい!?」
「…ッ!クソッ!」
今も後ろのコクピットではイヴが苦しんでいる。明日の僕らを作るには今生きなければならない。その為には目前の命を見捨てなれけばならないのだ。基地でもそうだった、でもこれは明らかな悪意のあるものだ。僕はそんな事できない。でもそうしなきゃいけない。
相反する二つの感情が僕を叩く。でもそこでも、僕が本当に守りたくて、絶対に無くしたくないものがイヴで、自分の中の命に上下を付けてしまっている事に自己嫌悪する。
ああ、ふざけるな。どうしようもない状態で、何も出来なくて、何をしても己に罪が残る中で。爆発するだけの感情を声として吐き出すしか無かった。
「クソッ…なんでだよ…どうしてだよ…分からないよ…僕には分かんねえよ!!!!」
光が溢れる。七色の眩い光が、アニマの全身から漏れ出し、化物に包まれた地獄を照らし消していく。"あの時"の光。七色の光が全身を伝い、薙ぎ払うように全てを消し去っていく。光を浴びた化物は消え、連邦のイージスも動きを止めて内側から破壊されていく。偶然に光を浴びたアダンのバナナヘッドも腕が変形し、大きくバランスを崩す。
「ステージ2…それも随分と急速に成長してる…思春期は流石だねッ…!」
けたたましく警報音がなるバナナヘッドのコクピット、運悪く光を浴びた彼は大きくバランスを崩すも立て直し、その眩い感情の光を見つめる。
「全く…連邦も予想よりかなり早く来るし、まさかメディアンが目を覚ますだなんて…まあ、これはこれで美味い話なんだが!」
倉庫を攻撃し、中にあるタンク二つ持って明星号へと離脱する。トリックを決めるように鮮やかに崩れていく瓦礫の山と燃え盛る炎、化物の残骸を交わしていく。
気付けば僕は病室に居た。アニマから再び光が出てから何も覚えておらず、意識があったかもわからない。目が覚めてまず思ったのはイヴの事だった。そうイヴ。頭を抱え酷く苦しんでいた彼女の事がとても気になった。すぐさまベッドから起き上がり、彼女を探そうとすると、カーテンを越した隣のベッドで彼女は眠っていた。
「目が覚めたのね。」
奥から白衣を着て現れたのはメアリーさん。ということはここは医務室で、僕らは無事に明星号へと戻れていたという事だった。
「あの後僕は…イヴは!?みんなは!?」
「IVちゃんがなんとか操縦して帰ってきてくれたわ。みんなは無事。身体の調子はどう?」
「僕よりイヴは…?」
「その感じだと貴方は平気そうね。IVちゃんは無事よ。今は落ち着いて眠ってて、目が覚めれば良くなってると思う。」
「…ありがとうございます。…アダンは?」
「デッキだけど…ってちょっと!?まだしばらく安静に…」
怒りが収まらなかった。考えるに必要もなく僕はその言葉を聞きデッキへと駆け出した。怒り、怒り、怒り怒り怒り。その感情だけが僕を動かしていく。考える程に感情の焔は燃え盛る。
勢いよくデッキの扉を開くと、みんなの声を聞く前に僕はアダンを自分へと強引に"寄せ"付け、その勢いで彼の頬を強く殴り飛ばした。
「やめろシエル!」
レイに体を固められ、無理やり静止される。それでも怒りは収まらず、アダンを"寄せ"付けて、頭を頭で強くぶつける。
「シエル、その調子だと元気そうで何よりだな。倒れたなんて聞いたから心配で…」
「寝言は寝て言え…ッ!なんであんな事をした…!!!」
「テラは最初から信用してない。どの道ああする予定だった。」
「恩を仇で返すのか!?」
「仇ならウチだってあそこから何個も受けてるよ。」
「村の人やあの爺さんの目を忘れたのか!?」
「彼らはあそこで死ぬのが本望な連中だ、悔いはないだろう。」
「悔いがなければ人が死んでもいいのか!」
「それはお前のエゴだ。」
ピシャリと冷たく叩きつけられる言葉に僕は何も返せなかった。レイの能力が抜け、全身から力が抜けてその場で僕はひざまずく。
「Yo、シエル。話してなかったけどな、テラの連中…ってかガイアニズム系の連中とは元より上手くやってなくてよ。今回のも助けたって体裁だったが、実際はお互いどう裏をかいて崩すかって状態だったんだ。現に俺らには化石燃料の場所は教えなかったし、補給も表向きにくれた分は相当ケチられてた。元より敵だったんだよ。」
「シエル、嫌な思いさせたのは悪かった。俺の説明が足りなかった。だけど勘違いしないで欲しい。俺達は確かに正義の味方じゃないが無辜の人々から奪う程の悪党じゃないんだ。アレは確かな敵で、既にあった計画としてのものだった。だからお前には流れ石に絶望して欲しくない。」
貼り付けられた目前の正義しか見えていなかった。目に見える範囲だけの物事だけを把握していた。それは僕がどれだけ幼稚で、少年で、大人でない事を示していて酷い嫌気が差した。同時に大人の狡猾さに吐き気がした。大人と言える程歳が離れてるわけでも無いのに、何かを知ると人はここまで残酷になれるのかと知ると僕は人が嫌になった。
「なあ、アダン。説明で思い出したけどよぉ、あのヘンテコなMonsterについて何か知ってるんじゃないか?無線越しでなんか聞こえたぞ。」
「ああ、そりゃアタシにも聞こえたね。アタシ達にも色々説明お願いしようじゃないか。」
「それは僕から説明する。モニター見てくれ。」
レイがデッキの大モニターに化物の写真を映す。そこに書かれていた文字は"mediean"。
「メディアン。情報生命体。シャングリラの本当の支配種族だ。奴らの本体はあの化物ボディじゃなく…」
モニターに大きく映るのは星。その星は紛れもなく、
「コイツはなんの冗談だい?『シャングリラ』じゃないか。」
「そうだ。奴らの本体はこの星そのもの。"情報生命体"の名の通りデータが生命、意識として存在するメディアンはこのシャングリラの大地全体をサーバーのように扱って生きている。」
「heyレイ!それって明星号の航行用AIとかと変わらねえんじゃねえのか?それを命と呼んでいいのか?」
「AI、とも別物だ。アレは確固たる人と同じ意識と思考を持ち合わせている。"感情"は無いらしいが。」
ドールの画像がモニターに映る。あの化物…メディアンの姿はどこか歪になったドールのようにも見え、意匠はかけ離れているものの共通点があると思えた。
「ドールは元はメディアンが外部で活動する為のボディだ。実体を持っていないからな。からモノによっては既に意識が入った状態にあり、だからこそ制御装置が必要になる。あの時のメディアンは防衛本能としてドールを休息成長させ、無理やり外界での活動を可能とした姿…と考えられる。不完全体活動メディアン、とでも言おうか。逆に大型のドール…アニマのドールのようなものは成長しきった完全体のメディアンに近いのかもしれない。」
「そんな奴らがなんで突然?シャングリラに人類が降りてから新星歴で8000年近いだろ?今更人に星が支配されてることにキレるってアタシじゃ遅すぎだと思うね。」
「さあな。その辺りは僕もサッパリだ。」
「どうしてアタシとレイはこの事を…?」
レイは俯き、「それは…」とあまり積極的に答えようとしなかったが、アダンがそれを割り入る形で話し始めた。
「俺とレイが元連邦兵なのは薄々気付いてるだろ?」
「アダン!?」
驚くレイを尻目にアダンは話し続ける。
「あまり隠し事してまたシエルから殴られるのは嫌だからな。昔俺とレイは内地で連邦兵をやっててさ。その時にたまたま機密情報を見ちまって、メディアンの存在を知った。」
「まあ色々あってガガのジイさんやメアリーさんやら連れて出てった訳だがこいつは連邦でも限られた奴しか知らないようなことでよ。長い間姿を見せることも無かったからバレることも無かった。」
「メディアンはシャングリラに元から住んでた生き物なの?」
「さあな、深い話はさっぱりだ。」
「ともかく、あの存在は連邦にとって大きなダメージになりうる。まあ俺たちにとっても脅威ではあるんだが…。」
確かにひた隠しにしていたのならばノアや連邦にとっては大きなスキャンダルになる。それは彼らにとって脅威であるが同時に僕らにとっても物理的な脅威として襲い掛かる。奴らは見境なしに襲ってくるからだ。
「で、まあこれからの話だが。東部都市国家に行く。」
「ん…ねむ…騒がないでよ…アダン、東部は今アタシら出禁じゃなかったの。」
コンソールの前で枕を持って昼寝をしていたティーネさんが目覚め、アダンへと問いかける。東部は以前に複雑な関係であるために僕らを招き入れることが出来ないと語っていた。なにか関係が良くなったのだろうか。
「まあこれから交渉するわけだが、今まで突っかかってたのは俺らがガイアニズム系と仲は悪かったが関係があったことだ。あっちもガイアニズム系は鬱陶しい存在みたいでね。表向きに対立してる連中と関係がある俺らを国に入れることが出来なかったんだろうけど、あっちの悩みの種だった北東部のテラ教ゲリラ壊滅と領地返還を出しに俺たちを海賊部隊として東部都市国家に入れてもらおうと思ってね。」
「なるほど、それを含めたテラ教ゲリラの壊滅だったわけか。アタシたちにも説明が欲しかったね!」
「いやあ、本当にすまないよ。でもこれからはある程度のバックがつく状態で動ける。これは大きいぞ。」
「ジャック、ダニエル、東部への連絡先になる固有周波は知ってるよな?あっちはかなり強い電波出してるだろうからこっちから映像繋げるだろ?」
「は、はい!でででも、本当に本部にちょちょ直接かけるんですか?」
「何が?」
「落ち着け弟。いや、トップと突然直接だなんて問題なんですかねってちょっと思ったんですよ。」
「心配ない。面識は少しある。それじゃリゼットとエリーに教えてやってくれ。」
固有周波を検索し、東部都市国家へと繋げる。モニターが表示され、ノイズがかった画面から徐々にそれが抜けていくと白髪の少し年老いて居ながらも厳格な顔つきと鋭い目つきをしている人物が現れる。一国の主であることを強く感じさせる堂々たる出で立ちはモニター越しであっても伝わる。大人の気迫を感じさせた。
「アダムス…久しいな。」
「やあお久しぶりです。ジム・ビームス国家主席。」
睨みつけるようなビームス主席の表情とにこやかでどこか軽さを見せるアダンの表情がぶつかる。
それはお互いの強気がぶつかり合うようにも僕には見えた。
「九死に一生を得る、とはまさしくこの事だな。ストロベリー。」
神威号艦内。綺麗な軍服へと着替えながらストロベリーへと話しかけるニール特務大佐。複雑な年頃の少女の前で着替えをするとはこれ如何にと思われるが、ストロベリーは何も嫌がるそぶりなどは見せず、寧ろ恍惚とした表情を浮かべている。
「ととさまが無事で何よりです。しかし、今回の作戦は残念でした。あのバケモノは…」
「メディアン。」
「はい?」
「今度ノアのデータベースででも調べなさい。」
「かしこまりました!ととさま!」
ストロベリーはぴしりと綺麗な敬礼を見せると素早くデッキから去っていった。あまりに忠実な様にニールも苦笑いを隠せない。手元の書類を広げ、デスクの上にホログラムのモニターを浮かべる。
そこに映るのはメディアン、流れ石、花の少女、そしてIV。
「IIIが最後に星に指令を下した…か。彼らなりの最後の抵抗、あるいは悪足掻き。面倒なことにはなったが…面白い。」
モニターの写真を閉じ、文書を開く。複雑な暗号の施された怪文書にも見えるそれを淡々とした手つきで暗号を解いていき、とある文章が表示される。
「次は東部…か。」
使命を受けた星は蠢きだす。そして同時に男たちは自らの計画を推し進めていく。
世界が動き出す。
コー〇リアンとか言っちゃいけない。
・バナナヘッド
アダンでもリミッターを付ければ乗れます。かなり弱体化はしますが。
・燃料
この世界の機動兵器などを動かす動力は基本的に電力ですが、明星号のロケットエンジンのように燃料を使うものも僅かに存在しています。化石燃料はシャングリラにないのでバイオ燃料。生産数が少ないので貴重。