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06


 そして待ちに待った水曜日の午後。アキナリにとって予期せぬ誤算が生じた。


完全に二人きりで話し合いをできると思っていたのだが、水曜日の二限は英米学科の専門科目のイギリス史だった。英米学科の一回生全員が集まった教室で、ジンとアサコとアキナリという定着しつつあるメンバーで並んで講義を受けた。


「昼飯どうする?」


午前ラストの講義が終わると自然とランチの話になる。


「OCのスピーチの打ち合わせするからA食行く」

「お、まじ? じゃあ俺らもそうする?」


ジンがそう言ってアサコの返事を仰いだ瞬間、アキナリはジンとの友情を恨めしく思った。なんとかマリアと二人で話がしたい。けれど仲良くなり始めたばかりの友人たちに変に思われることはしたくない。


「いいね。私、渡瀬さんとも喋ってみたいし」

「おっけー。じゃあマリアに連絡しとく」


気づいたら口が勝手に動いていた。


マリアにその旨を知らせるメッセージを送信すると、わかった、と一言短い返事が来た。


A食堂、通称A食にはアキナリたち三人のほうが早く着いた。食堂内はサークルや部活の始まりを待ったり昼食を摂ったりただお喋りをしたりする学生たちで溢れていた。


「うわー、これ席あるかな」


アサコがうんざりした声を上げる。アキナリも口にこそしなかったものの、不安を感じていた。


「どっかしら空いてるでしょー」


ジンだけがきょろきょろと視線を巡らせて、混雑を交わしてどんどん歩いていく。彼の後ろを歩いているとやたらと女子の視線を浴びるのは、やっぱりそういうことなのだろうか。


「あ、あそこ空きそう」


四人掛けのテーブルから立ちあがった女子たちがそれぞれにバッグを背負っているところだった。席を探す人で溢れた食堂で、三人がいた場所からそのテーブルはだいぶ離れていたはずなのに気が付けばジンがテーブルに黒いリュックを下ろしていた。なにもこんなシーンまでスマートでなくたっていいのに。アキナリは心の中でジンの弱みを探してやることを静かに決意したのだった。


席を確保してから十分もしない内にマリアは現れた。


「ごめん。遅くなって!」

「気にしないで」

「ねー、めっちゃお腹空いた! アキ、何食べる?」


ジンが探し当てた席にバッグを下ろすと、財布とスマートフォンだけを手にしてカウンターのほうを見る。自己紹介のタイミングを失ったアサコがアキナリに目線だけで訴えてくる。


「何にしようかなー」


マリアは名乗ることも名乗らせることもしないまま、重力に引かれるかのように注文カウンターの方へ歩いて行った。取り残された三人はお互いに顔を見合わせてからようやく足を動かすことができた。


カウンターの上のメニュー表を見上げながら、何を食べようかと悩む姿さえ絵になっている。マリアは嵐みたいだ。不意に現れては強い勢力を以て人の心をざわつかせる。良い意味か悪い意味かはわからないけれど。


「アキ、なににする?」


圧倒的にイケメンなジンよりも、こんな自分を選んで何気なく話してくれるだけで、生まれ変わったような気になる。


「僕はカレーにしよっかな」

「カレー? んー……、じゃああたし唐揚げ丼にしよ」

「え、あれ結構ボリュームあるって言わん?」

「それぐらい無いとすぐおなか減るもん。あ、あとプリン食べたい」


冷蔵の棚からプリンを一つ取って、カウンターで唐揚げ丼を注文する。慌ててアキナリもその後ろに並んだ。


唐揚げ丼とカレーを受け取って席に戻る。ジンとアサコは料理が出てくるのを待っているところだった。


「ねえ、アキ。あの子たちって英米の人?」


マリアがトレイを手にしてこっちに向かってくる二人を目線で指した。


「そうだよ。ジンとアサコちゃん。てか英語のクラスも一緒じゃん」

「そうだっけ? まだ全然メンバー覚えてないからなあ」

「お待たせ」アサコがトレイをテーブルに置いて、言う。反対にジンは無言で腰を下ろした。

「お腹空いたー。いただきます」


そう言ってアサコが手を合わせて箸を握るまで、意外にもマリアは自分の唐揚げ丼に箸を付けずに待っていた。いただきまーす、と他の三人の声が重なる。


「そういえば自己紹介まだだよね。あたし、渡瀬マリア。よろしくね」


とりあえず空腹を最低限満たしたところで、ようやくマリアが名乗った。次に慌てて箸を置いたアサコと水を一口飲みこんだジンが続く。


「堀江朝子です。よろしくね」

「佐々木仁です。よろしくー」

「二人とも英語同じクラス……なんだよね? ごめん、あたし初日あんまり皆の顔見てなくて。ペアなの?」尋ねながら大きな唐揚げを一口で頬張る。

「そう」

「どこ調べるの?」

「中国」ジンが答えた瞬間、マリアがあっと声を漏らした。

「思い出した! あたしがじゃんけんで負けた人だ! ねっ、アキ!」


左手で口を覆いながら、箸を持った右手でジンのことを指す。アキナリはそれをさり気なく窘めながら肯定した。


「あーあ、おかげであたしたちは謎のガーナだよ……」


項垂れるマリアにアサコとアキナリはなんと声を掛けようか迷ったけれど、当の本人はぱっと顔を上げると唐揚げを口に運んだ。さっきの口ぶりからしても良く食べるようだけれど、細い身体の一体どこに消えて行くのか不思議だ。


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