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05


「アキ、おつかれ」


去っていく背を見送りながら寂しさに足を止められていると名前を呼ばれた。振り返るとイケメンと身長の低い黒髪の女子が立っていた。


「ジンもおつかれ」

「次、なに?」

「文学A」

「一緒だ。行くか」

「あ、うん……」


ジンと、マリアよりは近寄りやすい雰囲気を醸す女子と並んで歩く。女子もアキナリもどのタイミングで名乗れば良いか迷っているところだった。


「あ、こいつはアキ。北嶋秋成。でこの子は堀江(ホリエ)朝子(アサコ)ちゃん。二人とも英米だよ」


ジンに紹介されたことでようやくアキナリとアサコはしっかりと視線を合わせて、よろしくと言うことができた。


そしてアキナリはアサコに見覚えが合った。


自己紹介をする学生のなかでアキナリの他に唯一英語の発音が日本人っぽかった子だった。それでも自分の弱点を理解し予め話す内容を練ってくるという対策をしているあたり、アキナリより随分立派なのだけれど。


「俺トイレ寄ってくから先行ってて」


返事を待たずにジンが離れて行くと、アキナリとアサコはお互いに顔を見合わせて思わず笑った。


文系学科共通の文学Aの授業はキャンパスの中でも大きい講堂で行われる。後ろの席の方が自由が利くことは感じていたが、視力の関係でどうしても前の方に座らなければならなかった。中央より少し前寄りに三人分の席を確保して座る。


「あ、そういえばジンに連絡できんわ。連絡先聞くの忘れとった」

「じゃあ私が連絡しとくよ」


アサコがスマートフォンを取り出す。彼女のぱきっとした黒髪はストレートパーマが掛けられているらしい。


「アキくんも良かったらライン教えて」


アキナリがアサコのQRコードを読む。


「でもさ、びっくりしたよね。英語のクラスの子ほとんど帰国子女かハーフだったじゃん。ジンくんはちょっと例外だけど」

「だよね。噂には聞いてたけどまさかあそこまでだとは思わんかったなぁ」

「ほんと。でもアキくんがいてちょっと安心した。私たちぐらいだよね、ジャパングリシュなのって」

「そうだね。でもアサコちゃんは話すこと準備してきてたし、すごいじゃん」

「そうでもないよー。あ、ジンくんもう来るって」


アサコの声に講堂にいくつかあるドアに順に視線を巡らしていくと、遠目でもわかるぐらいすらっとした男子学生が一番後ろのドアの前に立ってスマートフォンを覗きこんでいるのが見えた。アサコが何かメッセージを送ると、ジンが顔を上げてこっちを見た。そして軽やかに階段を下りてくる。


「ありがと」


黒いリュックを下ろしながらジンが言う。


「ジン、あとでライン交換しよ」

「してなかったっけ?」

「してない」

「おっけ」


そのまま友だち追加のQRコードが表示されたスマートフォンを手渡される。読みこんで追加して返したところで始業のブザーが鳴った。けれどまだ先生は現れる様子は無い。大勢の学生で埋め尽くされた講堂内はお喋りの声で騒がしい。


なんとなく自分も新しい友だちと話さなければいけないような気になる。


「ジンとアサコちゃんはペアなの?」

「そうだよー」


中央に座るアサコが答える。


「どこになったんだっけ? 国」

「中国だよ」

「そうだ。マリア、ジンに負けとったんだった……」

「マリア?」

「うん。ペアになった子。わかる?」

「なんとなくわかるかも」


ジンが会話に加わる。


「外人っぽい子でしょ? 完全にハーフかと思ってた」

「そうそう」

「えー、私わかんないかも。外人さんっぽい子なんていっぱいいたし」

「アサコちゃん、覚えてない? アキが自己紹介で詰まったとき、質問で場を繋いでくれた女の子」


さりげなく痛いところを更に画鋲でぷすっと刺された気がして、抗議の視線を向けるけれどジンは何食わぬ顔をしている。


「あー、……なんとなくわかったかも」


何もそこで思い出さなくてもいいのに、とアキナリが苦笑したところでやっと講堂の前方の扉が開いて、初老の女性が入って来た。担当の教授らしい。遅刻したことを謝罪して、第一回目の講義らしくレジュメが配られて、シラバスについての説明が始まった。


文学部に入りたいと思ったこともあるほど、アキナリは読書が好きだった。だからこの講義は楽しみにしていたものの一つである。だけどそうでない学生も多いらしく、下を向いてスマートフォンを弄っている姿が見える。


隣のアサコは手元のレジュメと講師の顔を交互に見比べて真剣に聞いているようだ。知り合ったばかりの友人に感心していると、なんとなく机の上に出しっぱなしにしていたスマートフォンの画面が明るくなった。


緑の小さなアイコンと白い文字。


 maria:マリアだよー! スピーチの打ち合わせする日決めよ。


装飾の無いシンプルなメッセージ。その差出人を見た瞬間、興味があるはずの抗議のことも忘れて、普段なら軽蔑する不真面目な学生たちと同じように前の人に隠れるようにしてスマートフォンのロックを外した。


 秋成:アキだよー! そうだね。いつが都合良い?


すぐに返信をする。マリアもこの講義に出ているのだろうか。講師の目に留まらないようにさりげなく講堂を見回した。


 maria:水曜日の午後は?


アキナリたちが通う大学は、基本的には水曜日の午後は講義が無いことになっている。教職課程や司書課程をとっているならともかく、大抵の学生はサークルか部活に参加している。けれど入学間もない上に今のところサークルに所属するつもりのないアキナリの水曜の午後は何も予定が無かった。


 秋成:空いてる!

 maria:じゃあ水曜日にしよー。二限終わったらA食で集まろ。

 秋成:わかった!

maria:おっけー。じゃあまたね!


英語のクラスが無い日にマリアと会える。それが楽しみ過ぎて、なんでも頑張れるような気がした。スマートフォンをトートバッグに投げ込んで、代わりにボールペンを手にしてレジュメを辿った。


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