04
「国どこがいいかなー」
ホワイトボードには十五カ国の国名が書いてある。日本やアメリカといった馴染みのある国もあればガーナなど名前とかろうじてアフリカ大陸にあるということしかわからないものもある。
「ガーナとかになったら全然わからんかも」
「それねー。じゃんけん次第だね」
アキナリは聞き逃していたが、担当する国は希望するところに手を上げ、他のペアと被った場合にはじゃんけんをして決めるらしい。
「ねえ、あ……、えっと」
マリアが何かを言い掛けてことばに詰まった。
「なに?」
続きを促すと悪戯を思いついた子どものように無邪気な顔をして、あっけらかんと言い放った。
「名前なんだったっけ?」
アキナリは聞いた瞬間にマリアの名前をフルネームで覚えたと言うのに、この差だ。でも自分はジンのようにイケメンでも無ければ目立った特徴もないから仕方ない。あれだけ英語が喋れなかったのだからある意味目立っていたかもしれないが。
「北嶋秋成だよ」
「おっけー。何て呼べばいい?」
「アキで」
「わかった。ごめんね。さっき全然自己紹介聞いてなかったんだよね」
「ほんとに? 助けてくれたし、めっちゃ真面目に聞いてるのかと思ってた」
「え、なにが?」
「え?」
「助けたってなにを?」
マリアが不思議そうに尋ねる。彼女にとっては話すことに詰まる人を助けることぐらい、記憶に残らないくらいになんでもないことだったらしい。
「さっき僕が自己紹介してるときに話すこと何も思いつかなくてしーんってなってたとこに質問してくれたじゃん」
「ああ。それのこと?」
「うん」
「だってあれはあまりにも可哀想だったんだもん」
悪びれる様子も無くきっぱりと言ってのけた。どうやら彼女は思ったことを率直に伝えるタイプらしい。
「でもそれがアキだって気づかなかった」
そんなことを話していると教壇からライアンの声が飛んでくる。そろそろ担当する国を決めるらしい。
「とりあえずどうする? 日本?」
マリアが耳打ちしてくる。
「そうだね。ダメだったら中国とか」
アキナリも小声で返す。
「アキってじゃんけん強い?」
「僕は弱い」
「え、あたしも弱いんだけど。さいしょはグー! じゃんけんぽいっ」
マリアの掛け声に釣られて思わず手を出してしまった。マリアはパー。アキナリはグー。
「あたしのほうがマシっぽい」
「だね。よろしく」
「任せて」
ライアンがホワイトボード用のマーカーのキャップを開ける。
「Japan」
予想通り数組の手が上がる。
「Okay, rock-paper-scissors, one two three!」
何回かのあいこを繰り返したあと、マリアはじゃんけんに負けた。
「ごめん」
「いいよ」
そのあと中国やアメリカ、フィリピンやタイなど比較的親しみのある国にも順に手を上げてじゃんけんをしたが、結局マリアは全敗した。
「ガーナかぁ……」
「恐れてたことが起こったって感じだね。アキがじゃんけんしたほうが良かったかも」
「まさかマリアがあんなに弱いとは思わなかった」
「ごめーん」
平然とした声音で言われると担当する国なんてどこだろうが構わないような気がする。それよりもこれからしばらくはマリアと共同で作業をすることになるのだから。
ペアと国を決めたところであとは各自作戦会議という名の自由時間となった。
「とりあえず連絡先だけ交換しとかない?」
「あ、うん」
ペアが判明してからずっと言いたかった台詞をマリアに言われてしまった。何て思われるか、もし拒まれたらどうしようか、男から聞くのは下心があるように見えるのではないか、実際にあるんだけど――と考えだしたら聞けなかった。アキナリにはこんなことが良くある。考え過ぎて行動に移せないことが。
マリアがアキナリの画面に表示されたQRコードを読んでラインを追加する。自分のスマートフォンの画面上にmariaの文字と笑顔のアイコンが表示されると、それだけで胸が詰まった。
ずっとこのまま二人で話していられたらいいのに。
ジンと同じでマリアもまたこんな機会が無ければアキナリが絶対に話しかけるようなタイプの人ではなかった。見た目が派手というわけでなくても、マリアは存在自体が派手で目立つ。そういう人たちに対して苦手意識があった。
ジリリリリと耳障りな大きな音が鳴り響いて思わず肩を揺らした。入学から一週間経ってもこのやけに煩い始業と終業のブザーに慣れない。
「じゃあまた集まろ。連絡するね」
マリアはそれだけ言うと髪をくるくるに巻いた女子に呼ばれて行ってしまった。