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リョウは店先から数メートル離れたところでスマホの画面を目で追いながら待っていた。


「ごめん。お待たせ」


そう声を掛けるとはっと弾かれたように顔を上げて、そして子どもをあやすような笑顔を浮かべた。


「いいよ。おつかれさま」


地下鉄に乗って三つ目の駅から歩いて十分弱のところにあるリョウの部屋は、大人の一人暮らしらしく統一感があってお洒落だと思っていたけれど、それもジンの部屋を見た後ではどうしようもなく生活の香りがする。基本的に黒と白の空間のなかに、一部分だけカラフルで異様に目立つスペースがある。


壁に女性アイドルのポスターが貼ってあり、棚の上には写真とCDが飾られているのだ。二度目にこの部屋を訪れたときに勇気を出してアイドルが好きなのか聞いてみたけれど、ただ彼女のファンなのだと答えられた。個人の趣味に対してあれこれ口を出されるのも鬱陶しいかと思って、それ以来聞けていない。


 部屋に着くなり冷蔵庫からアルコール類を取り出す。散々お酒を飲んで気持ちよさそうに酔っぱらう人々の相手をしながら忙しなく働いたあとは、身体中に染み込んでいくような感じがして普段より美味しい。


 ゴールデンタイムとは違った顔を見せる芸人がやっている深夜放送の番組を見るでもなく見ていた。どちらかと言えば一発芸やギャグみたいな力業で笑わせてくるようなお笑いが好みで、綿密に計算されて笑いを取りに来るものは苦手だった。テレビの中の芸能人たちが途中で笑い出すなかで、いまいちどこに笑う要素があったのかわからないまま進んでいってしまうことが多い。


そんなことをぼんやりと考えていると、お手洗いに立ったはずのリョウが戻って来て、テーブルにそっと箱を置いた。


何だろうかと思いながら視線を移すと、あたしでも知っている有名洋菓子店の名前が細かい字でプリントされているのを発見した。


「これ……」

「開けてみて」


リョウのほうが箱の中身が現れる瞬間を待ちきれない様子だった。


「いいの?」


そう尋ねながら既に手は箱のふたを開けていた。そっと中身を引きずるように取り出す。輝く宝石みたいな色とりどりのフルーツが山盛りになったタルトが出てきた。思わずことばを失くす。こんな美しい食べ物を見たことがなかった。このままガラスケースに入れて部屋に飾っておきたいほどだ。


「どう?」


なかなか感想を言わないあたしに痺れを切らしたリョウが弾んだ声で尋ねる。


「めちゃくちゃきれい……。ここってよくテレビですぐ売り切れちゃうとかってやってるお店でしょ? よく買えたね。高かったでしょ?」

「早めに予約しといたからさ」


得意げに笑うその顔は、どこか犬っぽい。リョウは今年で二十四歳になったけれど、黒髪に入った金色のメッシュのせいか、表情や仕草のせいか、年齢よりも若く見える。


「すごい。ありがとー」


具体的にどれくらい前から予約をしていてくれたのかはわからないけれど、二周年の記念日を祝おうと思っていてくれたことが嬉しかった。


あたしはきっと単純な性格で、こうやってリョウがサプライズをしてくれるたびに傷つけられたことを忘れてしまう。


「食べよう」

「待って。紅茶入れるよ」


普段のリョウは食べ物も飲み物にも拘りが無いから、カルディやお洒落な雑貨店で美味しそうな紅茶を見かけるたびに買ってはこういう特別なときのために、少しずつこの部屋に備蓄していた。


マグカップにティーバッグを入れて電子ケトルでお湯を沸かす間、壁に貼られたアイドルのポスターを見ていた。今までは意識的に目を反らすようにしていたかけれど、こうしてよく見てみるとなんとなく彼女に見覚えがあるように覚えてきた。あまりテレビを見ないほうだけれど、たまたま出演している番組でも見たのだろうか。CDに書かれたグループ名を見ても全くピンと来なかった。


幸せな香りのするマグカップをテーブルに並べてキッチンへ戻る。引き出しを探してみたけれど、リョウの部屋にはケーキナイフが無かった。そりゃ一人暮らしの家でホールケーキを切り分けて食べるような機会なんてそうそう無いか、と納得して、でもこれからのために今度買っておこうと決めた。普通の包丁を持ってフルーツタルトの前に戻る。


「これ、上手に切る自信ないよ」

「待って。その前に写真撮ろうよ」


リョウがケーキにスマホを向ける。カシャと軽い音がしたあとで、今度は二人で並んで写真を撮る。あたしは包丁を持ったままにっこりと笑って見せた。撮れた写真を確認してリョウが


「マリア、怖すぎるよー」


と声を上げて笑った。今回こそ平和で幸せな日々が続くと、信じてしまいそうだった。


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