03
自分だけが流暢に話せないという居心地の悪さやライアンの聞き取りづらい英語のことなんてすっかり頭から抜け落ちて、初回の授業だと言うのにどこかぼんやりしてしまっていた。
だからクラスメイトが一斉に席を立った時には思わずびくっと身体が跳ねた。授業が終わるにはまだ早すぎる時間だ。
「アキ、行かないの?」
事態を飲み込めずに固まっているとジンが声を掛けてくれた。
「え、なにが?」
「だから、くじ」
「くじ?」
「ほら、あれ」
ジンは細い顎でアキナリにホワイトボードを見るように促した。そこにはFirst Speechの文字。更にはMarriage in the worldと続いている。それが何を意味するのか未だ理解できないアキナリに、ジンは付け加える。
「世界の結婚について調べてスピーチするんだってさ。でペアを決めるためのくじを引けってこと」
クラスメイトたちは教卓の上にばら撒かれた小さな紙屑を取って席に戻っていく。次第に番号を呼ぶ声が上がり始めた。
「取りに行こ」
ジンに続いてアキナリも折りたたまれた紙切れを手にする。席に戻って二人同時に開く。アキナリのものには中心に大きく10と書かれており、右下にはそれより小さな文字でyour partner is 25とあった。
ジンのくじを覗きこむと28とyour partner is 13とあった。
「とりあえず俺らはペアじゃないってことだな」
アキナリのことばに頷くとジンは13番のくじを持つ人を探しに行ってしまった。妙に発音の良い数字が飛び交うなかでアキナリも25番を見つけなければならない。
「Who has 10?」
自分の番号を呼ぶ声が唐突に耳に飛び込んできた。顔を上げてその声の主を探そうと教室を見回す。それぞれが自分のペアを探すことに必死でくじをひらひら振っている。
「テーン!」
もう一度その声がする。今度こそそれが誰だかをはっきりと認めた。だけどまさかという思いが強くて、自分が10だと告げる声が出て来ない。
「who is number 10?」
そう声を上げながら手元の白い小さな紙をひらひらと振っているのは、他の誰でもなくあの渡瀬マリアだったのだ。
さっき恋に落ちたばかりの相手とこんなにすぐに共同作業をするチャンスが回って来ていいものなのか。神さまは不公平だと思ったばかりだけれど、案外そんなことはないのかもしれない。緊張で唾を飲むことさえ、意識しなければできなかった。
マリアの元へ近づいていく。
「I have 10」
真っ黒に澄んだ大きな瞳がアキナリを映す。そしてその顔に弾けるような笑みが広がった。
「よろしく!」
「よ、よろしく……」
思わずどもった上に小さな声しか出すことができなかった自分が情けない。けれどマリアはそんなことは一切に気にしていないように、元の持ち主が離れて空いている席に座った。マリアの席の後ろに座る。