18
「アサコ?」
「……やっぱいい」
「なにが?」
「やっぱ言うのやめとく」
「なんで?」
「だってさすがに性格悪すぎるもん、私」
「そんなことねぇって。そうやって我慢ばっかしてるからしんどくなるんだって」
「でも……、これ以上しゃべったらもう泣きそう」
「泣けばいいじゃん。ティッシュならあるよ」
棚から取ったティッシュボックスを差し出してくる。ジンなりのユーモアに感心して、少しだけ笑いそうになる。
「そういう問題じゃないよ」
「アサコはさ、人の目気にしすぎなんだってたぶん。もっといろんなこと言っても誰もそんなことでアサコのこと嫌いになんないよ」
「なるよ。だって私ジンくんが思ってるより性格悪いし、頭のなかでいろんな人のこと口汚く罵ってることもあるし。そういうこと、知らないでしょ」
「口汚く罵る、ってことばを使うこと自体がなんかアサコっぽい。俺、人生で一回も使えたことないわ」
「……なんでそんな話になるの」
「そういうとこがアサコっぽくて良いなってこと」
ジンがポテトチップスを口に運ぶ姿を、思わずまじまじと見つめてしまった。
「真面目なだけの良い子より、ちょっと毒があったほうが人として面白いと思うけどな、俺は。もともとちょっと斜に構えてるような捻くれてる人のほうが好きだし、考え方とか物の見方とかも変わってるから聞いてて面白いしね」
「……なにそれ」
「だからアサコももっと黒い部分出してくれたほうが、俺としては楽しい」
「ジンくんはそうだとしてもさ」
「まあ万人受けはしないかもしれないけど、きれいなだけの人ってずっと一緒にいると疲れるじゃん。自分の汚さが浮き彫りになるからさ。でも相手もどっかしら仄暗い部分があるってわかれば、自分のそういう部分を見せても大丈夫かもなってちょっと安心するし」
「ジンくんにもそんな部分あるの?」
「もちろんありますとも。もうあれだよ。俺はドッロドロのギッタギタだよ」
「なにそれ」
ふふっと軽い笑い声が自分の口から漏れたことに少しだけ驚いた。マリアみたいな女の子になって誰からも好かれて羨ましがられてみたいけれど、彼女になれないことは初めからずっとわかっている。どれだけ願ったってもう、しょうがないことだ。
グラスに残ったサングリアを一気に飲み干す。
「さあさあどうぞどうぞ」
ジンがボトルのなかの赤い液体を注ぎ込むと小さくなった氷が踊った。最後の一滴がグラスへと落ちる。
その瓶のように、心の中を空っぽにしてしまえたらいいのに。ネガティブな感情を甘くて苦いお酒に変えて、全て注ぎ込めるような、受け止めてくれるようなコップがあったならいいのに。
汚い感情を全て曝け出しても受け止めてくれる人がいたらいいのに。それがアキナリだったらいいのに。
「アキくんって本当にマリアちゃんのことが好きだよね」
温くなったサングリアの味が美味しいのかそうじゃないのかはもうわからなかった。鍵を掛けてしまっておいたはずのことばが勝手に飛び出していったけれど、ジンならきっと自分を助けてくれる一言を持っていると期待していたせいだろう。
「……アキ、わかりやすいもんな」
「ね。もう少し隠そうとしてくれればいいのに」
ジンの細くて筋張った指先がリズムを取っている。何もかもを忘れて身を預けたくなるような曲がかかっている。あれこれ考えるのはもうとっくに煩わしくなっていた。
「しかもアキくんって鈍くて、全然人の気持ちとか気づかないし」
ジンが無言でビールを呷る。まだ残っていたのかと、少し意外に思った。
「あーあ……、好きなんだけどなぁ」
アサコの声が部屋中のどの音にも馴染まずに、ぽつんと一つだけ浮いた。そしてしばらくの沈黙の後、ジンが口を開いた。
「知ってた」
「え?」
「アサコも結構わかりやすいほうだと思うよ」
「なにが?」
状況が呑み込めなくてジンの二重の切れ長の目を覗き込む。薄い唇が動く。
「アサコがアキのこと好きって、俺知ってたもん」
「うそ」
「ほんと」
「え、やだ」
「うん、ごめん」
「え、やだ」
「うん、ごめん」
「え……」
身体の芯が熱くなってそれがぱっと一気に全身に広がった。顔も耳もじりじりするぐらいに熱い。気づかれていたなんて。もしかしてジンは初めから全てを知ったうえで、今日誘ってくれたのではないか。恥ずかしくて堪らなくなって、誤魔化すためのことばさえ見つからなくなって金魚みたいに口をパクパクさせるしかなかった。
「……いつから」
「結構前から」
「なんで……」
「そのせいでそんなにしんどくなったのかと思ってた」
その一言がお酒と一緒に血液の中に入り込んで身体中に回っていくようで、急に頭がくらくらした。
「なんでそんなにアキのことが好きなの?」
「なんでって、……そんなこと聞く?」
「話したいかなーと思って」
ジンの整った横顔を呆然と見つめる。メンズノンノとかに載っていてもおかしくない顔だよね、とかそんなことを考えてしまうのは、混乱し続ける脳内を整理する時間が欲しかったからかもしれない。




