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 深夜二時までレポートをやっても、一限に間に合うためには六時半には起きなくてはいけない。今日は九時二十分に始まる一限から十六時四十五分に終わる四限までフルで授業が詰まっている。目覚ましが煩い。身体が重い。ベッドから出たくない。隣の部屋で眠る高校生の妹だって七時起きで間に合うって言うのに。


朝食の食パンを無理やり喉の奥に押し込んで、顔を洗って、こんな日は化粧をするのが面倒くさく感じる。だけどしないわけにもいかない。ブラウスとスカートを身に付けて、駅まで自転車を漕ぐ。せっかく整えた髪も風で一気に崩れて行く。


身体が浮きそうなほど混んだ電車のなかで、せめてもの現実逃避としてスマホを見る。何の通知も無い。ツイッターとインスタグラムとフェイスブックを流し読みするけれど、昨晩寝る寸前まで同じように見ていたから新しい投稿の数は少ない。せいぜいボットが何度か見たことのあるツイートを繰り返したぐらい。イヤホンを取り出して音楽を聞きたくても、身動きが取れなくてバッグを漁ることさえできない。


途中のN駅で半分以上の人が下りて、ようやく釣り革を握ることができた。降車するK駅まではあと五分ぐらい。立ったままでも眠れそうだ。


K駅から地下鉄に乗り換えてさらに二十分。この時間は混んでいて座れない。釣り革をぶら下がるようにして握って、スマホを見るでもなくいじっていた。地下鉄を待つ間に耳に付けたイヤホンからは適当に詰め込んだ流行りの歌や懐かしい歌がランダムに流れる。


最寄駅を出て十分歩く。坂道を上って古い建物へ。机に重たい荷物を置いてふーっと息を吐いて、手鏡で確認しながら髪を直す。誰とも目が合わないように気を付けながら周りを軽く見渡してみたけれど、アキナリもジンもいない。マリアはもともとこの授業を受けていないから、いない。バッグからレジュメの入ったファイルとペンケースとスマホを取り出す。なんとなくホームボタンを押してみるとジンからラインが来ていた。


Jin:ごめん。俺もアキも寝坊した。一限サボるからレジュメだけ貰っといて。


なんだそれ。舌うちをしたくなるのを堪えた。どうせ昨日飲んだか喋ったかしていて夜遅くなったんでしょ。こっちはレポートを書いてたって言うのに。それで授業をサボっておいてレジュメだけ貰っておいて、なんて都合よく使われているみたいで腹が立つ。


斜め前の少し離れた席に英米の女の子たちが数人纏まって座っている。入れて、と言えるほど仲が良い子たちじゃない。躊躇半端に狭い教室で、一人でいなくちゃいけない。そういうときの周りの視線はやけに鋭いように感じる。必死に纏った化けの皮の奥を見透かされそうだ。荒れた感情を鎮めるために大きく息を吸って吐いて、ジンに返信を打つ。


Asako Horie:わかったー。二限は間に合いそう?


せめて文句の一つや二つ、ぶつければよかったのに。冗談でもそんなことを言えない自分が、こんな些細なことで友だちに苛立つ自分が、惨めで悲しい。


単位を稼ぐためだけに入れた特に興味も無い講義を、舟を漕ぎながら聞く。メモを取ろうと思って何度シャーペンを手にしても、ルーズリーフに蛇行した線と謎の文字を量産していくだけ。教室のあちこちで机に突っ伏して寝ている子たちがいる。いっそアサコも寝てしまいたくなる。無表情だったスマホに通知が届く。


Jin:間に合わせる!


ジンからだ。お願いだから万が一にも遅刻するなんてことはしないでほしい。一人で授業を受けるのは心細くて嫌いだ。ラインを開くことなく、スマホを机の端に追いやって、文化史の授業のはずなのになぜかカフェラテとカフェオレの違いについて熱弁を振るう教授を睨んだ。


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