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部活が始まる十六時まで、あと十五分。少し出るのが遅くなったかもしれない。新入生はその日の活動の準備をしておくことが暗黙のルールなのに。A食を出て活動場所であるD棟へ向かう。キャンパスの中では比較的新しい棟だからエレベーターが付いているから助かる。ヒールの付いた靴で階段を上り下りするのって本当に疲れるし、怖い。


ドアの向こうから女性の話す声が聞こえてくる。ノブに手を掛けても回す気になれない。このままサボってしまいたい。面倒くさい。もっとアキナリと話していたかった。どうしていつもやりたくないことまで、しっかりやらないと気が済まないのだろう。たまには授業だってサボって友だちとカラオケに行ってみたりしたいのに。


ドアを押し開ける。


「おはようございまーす」


室内にいたのはほとんどがアサコと同時に入部した新入生たちだったけれど、先輩たちの姿もちらほらとあった。ESCに所属するメンバーの全員が女だ。しかもここにはマリアみたいなタイプの子はいない。いるのはアサコみたいな子たちばかり。真面目なのは良いけれど、面白みの無い子たち。


「とりあえず机だけセットしとこっかー」


一学年上の先輩が声を掛けて、一回生たちがはいと答えて動き出す。教卓を囲むようにコの字型に並べて行く。その間に先輩がレジュメの枚数を数えて、端から順に配る。嫌になるくらいに無駄が無い。十五時五十五分には部員全員が集まって、欠席者なしで十六時ちょうどに活動が始まった。


二回生以上の先輩たちの多くはスピーチコンテストに応募していて、秋にある二次選考に向けてひたすら練習をしている。一人ずつ教卓になって発表をし、聞いている学生たちがそれぞれ意見をする。もちろん、英語で。


黒髪に不自然なパーマを当てた二回生の先輩が、緊張する様子も無く教壇に立つ。すうっと息を吸って、良く通る明るい声で話し始める。適度な間と強弱。オーディエンスとのアイコンタクト。そのどれもがわざとらしくて、聞いているこっちが恥ずかしくなる。


 ESC。正式名称English Study Club。その名の通り英語でのコミュニケーションが円滑に図れるようになるために勉強をすることを目的にした部活だけれど、部員のなかにマリアやAクラスの子たちのように、滑らかなネイティヴみたいな発音をできる人はいない。


皆アサコと同じだ。帰国子女の子たちはこの部に入る必要なんて無い。そういう子たちみたいになりたくてなれなくて、それでも努力をせずにはいられないアサコみたいな学生が集まっている。


自分でも何が楽しくて入部することを決めたのかわからないが、少しでも意識の高い場所に所属していないと怖かった。何も無い自分が、また何もないまま終わっていくようで。


 何人かの発表と意見交換が終わって、十八時半になると今日の活動は終わった。


「おつかれさまー、ご飯行く人ー?」


さっき動かした机を元の位置に戻していると、先輩の一人からそんな声が上がる。背中を向けて聞こえないふりをした。


「行きますー」


同期の女子たちのやけに高い声がする。


「アサコちゃんは?」


遂に振られてしまった。アサコはできるだけ申し訳なさそうな顔を作ることに挑戦しながら、「ごめんなさい。今日は家で食べると言ってしまったので……」と答えた。


「いいよー。また行こうね」

「はい、また。それじゃあお先に失礼します」


戸口に立って教室に向かって一礼して、エレベーターまで急いだ。早くひとりになりたい。それしか思えなかった。ボタンを押して、なかなか来ないエレベーターをいらいらしながら待った。ESCのメンバーと食事に行って、何を話すと言うのだろう。ラテンアメリカの治安とか? 南アフリカで猛威を振るっている疫病のこととか? 先輩たちのボランティアの体験談とか? 聞いておけばいつか自分の為に役に立つかもしれない。だけどそんなことを話すんじゃなくって、もっと。


やっと到着したエレベーターに乗り込んで1と閉めるボタンをすぐに押した。ひとりきりの小さな箱の中で深い溜息を吐いて、入学祝に父親に買ってもらった腕時計に目をやる。今から帰ると家に着くのは二十時頃か。混んだ電車に乗るのが煩わしい。こんなときに一日中話に付き合ってくれる友だちがいればいいのに。宿題のことなんか忘れてさ。


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