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01


 目の前に居る一人の人間を、天使か女神と見紛うのは初めてだった。


新入生を歓迎する桜の花がそっとその役目を終えるころのこと。アキナリが通い始めたのは地方では名のある私立大学で、特に国際的な人材を育成することに力を入れており、全学部共通で二年次までは英語を履修することが必須となっていた。入学式の前日にはそれに伴うクラス分けテストが行われた。


秋成は自他共に認める文系学生だった。高校どころか小学生のころには既に算数に苦手意識を感じる一方で国語や社会のテストでは高得点を収めており、中学に上がって英語が科目に加わるとそれは一層顕著になった。そのまま高校二年生のときには私大文系コースを選択し、この三月に無事N大学のなかでも最難関とされる外国語学部英米学科に合格した。そしてそれは秋成にとって多大なる努力の結果、成り立ったことだった。


だからまさか自分より頭のいい人間がごまんといるこの大学で、まさか最もレベルの高いクラスに入るとは夢にも思っていなかった。確かに英語は得意だし、テストはいわばお受験英語、リーディングとリスニングさえできれば得点が取れるような形式だった。それにしてもこの大学は帰国子女が多いのに、まさか自分が、と喜びよりも不安のほうが大きかった。 


結果を疑い何度手元のクラス分け表を確認しても、北嶋(キタジマ)(アキ)(ナリ)の右隣にAという文字が書かれている。そのさらに右にはE21とある。溜息を吐いて顔を上げ、目の前のドアに貼られたプレートを確認する。E21。教室の中からはざわめきが聞こえてくる。既に何人かの学生がいるらしい。授業が始まるまではまだあと十分ほどある。授業の前に周りの学生と少しでも仲良くなれたら、それに越したことは無いのだ。


よし。短く息を吐いて、ドアノブを回した。


教室内の視線が一気に自分に集まる。顔が一瞬で熱くなるのを感じた。


空いている席を探して、どうにかそこに収まる。入学から今日までの一週間に親しくなった友人とは悉くクラスが離れてしまった。同じ学科の学生だったような気がする顔も見かけるが、何せ英米学科の一年生だけで三百人近く在籍しているのだ。名前が思い出せない。


だけど幸運なことに、秋成は極度の人見知りというわけでもなかった。多少というか多大な勇気はいるものの、初対面の人と話すことは楽しくもある。


さて誰に話しかけようかと教室内に視線を巡らせていると、黒髪の男子学生が入って来た。あっ。目が合った。反らすべきか挨拶でもするべきか迷っていると、黒髪はどんどん近づいてきて、そして空席のままだったアキナリの前に座った。


黒いリュックを机に置いて、彼は振り返った。


「よろしくー」


先手を取られたことと、近くで見ると黒髪が整った顔をしていることに唖然として一瞬言葉が飛んだ。


「よ、よろしく」


白いTシャツにジャケット。黒いスキニーパンツとスニーカー。シンプルなのに妙にお洒落に見える。その上顔が小さい。切れ長の目。細い鼻梁。バランスの良い唇。細い顎。どこかでモデルをやっていると言われても納得できる。


神さまはやっぱり不公平だ。


自分の癖のある黒髪を触った。


「俺、佐々(ササキ)(ジン)

「あ、僕は北嶋秋成」

「そっか。よろしく」

「うん、よろしく」

「北嶋って英米だよな?」

「そうだけど……」

「俺も英米。だから仲良くして」

「え、ほんとに?」

「うん。まじ。知らなかった? 俺はなんか見覚えあったけど……。まああんだけ人いたらわからんわな」

「いや、あれだけ人がいたとしても佐々木みたいなイケメン見たら一発で記憶に残りそうなんだけどな」

「はあ?」


佐々木がリュックを漁る手を止めて眉間に皺を寄せた。そして小さく吹きだす。


「それはねーよ。目ぇ疲れてんじゃない?」

「あるって。目は悪いけど、今眼鏡あるからはっきり見えてるし。さっきも世の中やっぱ不公平だなって思ったばっかり」

「なんだそれ」

「同い年でこれだけ顔面偏差値違うんだもんなって……」

「なにそれ。おもしろ。てかそんなハードルを上げるな。やりづらいわ」


佐々木は笑った顔も整っている。大学生活は残酷だ。着る服や身に付ける小物を自由に選べるから、センスが一目瞭然となってしまう。イケている人はよりイケて、ダサい人はよりダサくなる。それは男だとか女だとかというところに差異は無い。


「てかなんて呼べばいい? アキナリ? キタジマのほうがいい?」

「大体アキって呼ばれるからアキでいいよ。アキナリもキタジマも長いし」

「おっけ。俺のこともジンでいいから」

「わかった」


出会って数分しか経っていないが、それでもジンはいいやつだということを直感した。こういう機会でもなければ話しかけようとはしなかったかもしれないくらいのイケメンだけれど、友だちになれるという確信に近い予感がした。


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