第20話:夏休みの『魔』物Ⅲ
この世界では、長距離の移動はほとんどの場合陸と空だけだ。今回宮崎への移動は列車_貨物列車と寝台列車が合わさったような乗り物で正式名称はもっと長い_に乗ってきた。感想は快適でしたの一言に尽きる。
「ついたー、でもやっぱり暑い...」
冷房から切り離された影響でじわじわくる暑さが、より過酷に感じるような錯覚に陥っている
「確かに暑いですね、ですが現場は海と山ですから大分気にならなくなると思いますよ」
冷静な分析ありがとうございます。
「そだね、宿泊場所に着いたら体解さなきゃー」
「僕もそうします。父さんとほかの方々が降りたら輸送車に乗り込みましょうか」
「そうしよう、あ、ちょっとジュース買ってくるねー」
「ここで待ってますね」
「はーい」
何故輸送車か?流石に30人近くの術師を泊めてくれる旅館はないし
この世界には日本ではあるけど軍がある。だって日本は外の国と戦争するより『魔』の方が優先順位が高かったから戦争なんて参加してないし。でも他国では何回か戦争があったから、抑止力としての軍がある。
それが各都道府県に駐屯しているから、そこの空いてる官舎に宿泊して、私たちの討伐中は市街地に『魔』が侵入しないように警戒するのだ。
その辺にあった自動販売機で飲み物を10本買って戻る。ちなみに入れた袋は持参したレジ袋だ。
「お待たせー、全員降りたの?」
「はい、今荷物を受け取りに行ってるみたいです」
「じゃあ先に輸送車に乗っておこうか」
「ですね」
ここ数年で見慣れてしまったオリーブドラブカラーの人員輸送車_前の世界では73式大型トラックと呼ばれたそれ_に乗り込むと、既に何人か乗っていた。というか入って左奥は当主様だった...その向かいに幸くんが座ったのでその隣に座る。
「当主様、暑いですしジュース飲みません?買ってきたんです」
「さすが夕ちゃん、気がきくね。ありがたく貰っておくよ」
「幸くんも取っていいよ」
「ありがとうございます」
「残りは先着順ですね」
「...争奪戦になりますよ姉様...」
...仕方ないな
「じゃあ全員乗ったらじゃんけんしよう。それがいい。」
「...まぁ、買ってきたのは姉様ですしね...」
そのやり取りを聞いた当主様の顔が早速ニヤニヤしだした...相変わらずノリのいい当主様だ。
「...っかぁー!日陰だー!ちょっとだけ涼しいー!」
「うるせぇよ馬鹿ザル、お前が暑苦しいんだよ。すんませんね当主様、次期とお嬢も。」
「ンだよ、暑いのは事実だろー?なぁ大将?」
「どちらも事実、とだけ答えよう。」
うるさい方は丹波 克己という二十代前半の男で、戦い方が殴る一択の馬鹿だが、一応分家の当主でもある。私をお嬢と呼んだ方は時雨 秋時という、こちらは二十代後半の男だが、丹波が大柄なのに対し、こちらは細身だ。戦い方もこちらは大型の弓を使う、同じく分家の当主だ。ついでに言うならお母さんのお兄さんで、私の叔父さんでもある。
ついでのついでに言うなら、主家以外の分家の人たち全員に私は『お嬢』と呼ばれている。幸くんの事は『次期』と呼んでいる。
それから続々と全員が乗り込み座ったのを確認して手をあげる
「はーいちゅうもーく、じゃんけんで勝った7人には、ジュースが当たりまーす、欲しい人〜!」
その瞬間ババッと一斉に手があがった。当主様、幸くん、私を除いた全員だ。
「どんだけ欲しいんですか皆さん...」
『死ぬほど欲しい』
...ハモリやがった...まあいいや
「じゃあいきますよー、ジャーンケーン」
『ポン!!』
その瞬間、敗者は崩れ落ち、勝者は歓喜に奇声を上げた。丁度7人残ったみたいだ。
「じゃ配りますねー」
見事に丹波は崩れ落ち、叔父さんは勝ち残ったらしい手渡した時の丹波に向ける勝ち誇った顔は、それはそれは清々しかった。
席に戻ってしばらくしたらエンジンが掛かり出発した。後ろが大きく開いているので風が入って涼しかった。
しばらくして立ち直った丹波が外を見ながらぼやく
「ところでお嬢、次期にナイフ贈ったんですって?どうせまーたデタラメな性能なんでしょ?」
「何さ丹波、欲しいの?」
「いや、お嬢それ自作なんでしょ?」
「だよー」
ふい、と目を丹波が逸らしてなにか呟いたけど、エンジン音でかき消されて聞こえなかった。
「丹波何言ったかきこえなかったよー」
「いや、お嬢パネェなって言ったんだよ」
「褒めても何も出ないよ?」
「真顔で言うな」
アホみたいなやり取りをしていたら着いたみたいだ。エンジンが止まると入口にいた人から順に降りて荷物を取りに行く。
私も降りると幸くんと当主様も降りてきたけど、当主様は降りてすぐに基地の司令官のところに行ったけど、私たちは官舎へ向かった。
私の部屋は当然個室だった。程々に広かったけど、荷物を運び込んだら何だか手狭に見えて不思議だ。
荷物の中から芯に鉄を仕込んだ木刀をもって外に出ると幸くんが待っていた。
「中庭を使っていいんだよね」
「そう聞いてます」
中庭についたら向き合ってそれぞれ構える
「6割ほぐれたら終わりで」
「分かりました」
いうなり打ち合う。積極的に体術を使って解すのを優先するけれど、その合間に相手のすきを伺って容赦ない攻防を繰り広げる。
ちなみに幸成は普通にナイフを使っているのだが、ぶつかる音は木刀とナイフとは思えないほどであった。徐々にスピードが上がるにつれ音が連続して聞こえるようになった頃、双方共動きを止めた。
「十分十分、移動のコリもほぐれたよ」
「僕は少し疲れました...」
「体力無いなー」
「...意義を申し立てます」
「申しなさい」
「姉様が体力ありすぎの間違いです。」
ジト目で見られた。口笛を吹いて誤魔化す。
「なら討伐は夜でしょ?休んどきなよ、私も部屋でやりたいことあるから」
「...そうします」
ジト目は変わらなかったし、心なしか哀愁がただよってた気がするけど、見なかったことにした
次回、夏休みの『魔』物IV