第九話:ゴブリン
「ユウ!!わたしに任せなさい」
初めてみる魔物に呆然としていた俺に気付かないまま、桃色は叫びゴブリンへ向かって走り出した。動けないまま見送ってしまった俺とは違い颯爽と走り出したその姿は思わず見とれてしまった。が、こんなところで一人ボーっとしているわけもいかずちびっこにそのまま動かないよう指示を出してゴブリンの方へ向かう。
鈍い音が何度か響く。それは桃色の剣とゴブリンの棍棒が打ち合う際に発せられる音だ。一度、二度打ち合って、近づいては離れ、隙をついて切り裂いては距離を取る。十の打ち合いの内ゴブリンに攻撃が通るのは2度程だが桃色が攻撃を受ける事は無く全て危なげなく避けていた。その姿はまるで舞踏会で舞っているかのような優雅さと武道の型のような格好良さが混ざり際立っていた。4度も切り裂いたころにはゴブリンの動きも極端に悪くなり、そこからは一方的な攻撃となっていた。
凄い、綺麗、格好良い。そんな感想を抱きただ眺めていただけで、闘いは終わり桃色が満面の笑みと言うよりはドヤ顔でこちらを向き、その豊満な胸をこれでもかというぐらいに張ってこちらにやってくる。
「どうよ、これがわたしの……」
その言葉は最後まで言い切る事は無く、違う言葉に代わり桃色から発せられた。ゴブリンが今度は2体前からやってきたからだ。
「右はわたしが、左をお願い!!」
「わかった」
左のゴブリンと相対するときには既に桃色は右のゴブリンと先ほどと同じように華麗に打ち合っていた。闘いなんてしたことがない。どうすればいいのか。そんな中脳裏に浮かぶのは桃色の闘っている姿。見よう見まねでやってみるしかない。ゴブリンが振り下ろした棍棒に合わせて刀を打ち合わせるように振りぬく。
スパンッ。
イメージでは何度か打ち合わせながらも隙をついていく戦法だったのだが、実際は棍棒は刀が当たった場所から綺麗な断面を見せて真っ二つに分かれ、そのまま刀はその先のゴブリンの頭部を上半分身体から切り裂いていた。
流石は宝物庫にあった刀だ。切れ味良すぎである。だけど、その切れ味は違う意味で俺に衝撃を与えた。人間に似た何かを俺が切り裂いた。その事実は想像以上に精神にくるものがあり、胃の中の物を全て吐き出してしまった。気持ちが悪い。大丈夫あれは人じゃない。やらなければ俺がやられてた。俺は勇者だこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「気を抜かないで、前から来てる」
あーだこーだといろいろ考える間もなく、前からゴブリンが4体やってきた。桃色も戦っていた一体をちょうど倒したところで4体の存在に気付いたようだ。ちょうど何も考えたくなかったところだ。やってやるさ。
「二体ずつ倒すよ」
「わかった」
いらない事は考えるな。考えるのは闘いの事だけだ。複数の敵に対しては普通に考えて囲まれたら危ないだろう。いくら弱いゴブリンでも傷を負えばそこから簡単にやられてしまうだろう。それを考えると桃色みたいに打ち合いながらの闘い方は複数を相手にする際は死角に回られる事を考えるとリスクが高い。そうなると短期決戦が望ましい。先手必勝で回り込まれる前に一体ずつ倒すのが理想だろう。それが俺の刀なら出来るはずだ。
ゴブリンに向かい走り、そのままスピードを落とさないまま上段から振り下ろす。棍棒で受け止めようとするが棍棒ごとゴブリンを一閃。その勢いのまま隣にいるゴブリンにも横薙ぎに一振り。棍棒で受け止める事も出来ずに肉塊とかす。よし!!何を殺したかとか考えるな!!そのまま闘いの興奮に身をゆだね思考をロックする。桃色は二体相手に攻めあぐねているのか決定打を打てない状況だと判断。急ぎ近づきゴブリンの一体を後ろから袈裟懸けに斬る。もう一体は隣にいたゴブリンが俺に倒されたのに驚いたのか、その隙を桃色が狙い倒す。
「ありが……まだいるみたいね」
感謝の言葉を受け取る前に新たなゴブリン達がやってくるのに気づく。1、2、3、、、、8体もいるのかよ。いったい全部で何体いるんだよ!!
その時、俺は俺がまるで膨れ上がったかのような感覚を覚える。
実際に膨れ上がっているわけではなく精神と言うべきか感覚と言うべきかが膨れ、広がるように感じる。広がった感覚は大体俺を中心に200m程だろうか、その感覚の中に何があるのかが手に取るように分かってしまう。隣に桃色がいて、かなり距離を置いて後ろにちびっこ。前には8体のゴブリンがいて、その奥にも恐らくもう1体いるだろう。ああ、これがスキルの索敵術なのかと直感が教える。
「いったい、何体いるのよ!!」
「この8体倒せば、後方に1体いるだけだ」
「それはどうしてわかるのよ」
「スキルだよ」
「それは便利なもの持ってるわね。とりあえずは4体ずつ捌きましょう。いくわよ」
終わりが分からずイラつく桃色にスキルで感じたことを伝え、二人ゴブリンに走り出す。戦いをみてみた感じ恐らく桃色にはゴブリン4体でも危ないかもしれない。実際は俺より桃色の方がレベルも高く、剣術の腕だって良い。だが俺の方がゴブリンを上手く倒すことが出来る。それはレベル差、剣術の差があってなおそれを覆すほどの道具の差があるという事だ。
別に俺が強くなったわけではないし、自慢するわけでもない。むしろ助長しないよう気を付けるべきだ。けれども、これが俺が本当に強くなるための、勇者としての第一歩なのだと心臓の鼓動が激しく伝える。この世界で、今度こそ俺は正義を貫き生きてみせる。
先ほど同様まずは一匹を走り抜けざまに斬りつけて、その勢いのまま二匹目も処理する。そこで後ろに回ったゴブリンが背中から棍棒を叩きつけようとするところを後ろも見ずに振り向きざまに棍棒ごとゴブリンを叩っ斬る。その際背後の位置となったゴブリンがまさかの棍棒を投げつけるという行動に移ったが、危なげなく避け切り丸腰のゴブリンに近づき頭に突き刺す。
達人のように背後にいる敵の攻撃を避けていくのは、当然ピンチに陥った俺の実力が覚醒した、わけではなくスキル索敵術である。最初に行った広範囲の索敵ではなく、自分を中心に10m程の索敵術はまさにその範囲で誰がいてどんな動きをしているか等、何が起こっているのかを全て理解出来たのだ。
索敵が届くか否かの場所で桃色が戦っているのが目に見ずとも分かる。1体は倒したものの残り3体に囲まれ今にも袋叩きにあいそうなのを必死に剣技で立ち回っているが今にも拮抗が崩れそうである。間に合わないと思ったときには手に持っていたものを投げつけていた。
刀が1体のゴブリンに突き刺さり、回転は止まらず肉を切り裂き、その奥のもう1体の喉元まで突き刺さった。その隙に桃色は最後の1体にとどめを刺した。投げた刀を回収するために桃色の傍に駆け寄るが、桃色の視線は俺の背後に向かれており、表情は暗く怯えているようにも見えた。
「ねえ、あれってただのゴブリンじゃないわよね」
残り1体のゴブリンがただでさえ醜い顔を怒りで歪ませゆっくりとこちらに向かって来ていた。他のゴブリンの1.5倍はある肉体を持ち、右手には剣を左には盾を胴体には鎧を身に着けている。他とは一線を画した魔物だという事が見ただけで伝わってくる。ギルドで得た情報に間違えがなけれ、ゴブリンが能力を得て強くなったゴブリンナイトのさらに上のゴブリンを総べる存在、適正冒険者ランクCのゴブリンリーダーがそこにいた。
「どうして、こんなところにあんな魔物がいるのよ、王都までの道にあんなのいるなんて聞いたことがないわよ」
ただでさえゴブリンで手一杯であった桃色は恐怖からか錯乱しているのか俺に怒鳴りつける。
「そうだ、逃げましょう。あんなのと初心者の私たちだけで戦えるわけないわ」
「いやだ」
「どうしてよ、死んだら意味ないわよ!!」
後ろにはちびっこが控えている。逃げ切れるとは思えないし、ましてやちびっこを見捨てて逃げるなんて選択肢はありえない。さらにいうなら俺にとって死ぬことよりここで逃げた方が恐怖に苛まれる。だったら闘うしかないだろう。
刀をつかみゴブリンリーダーへ向かい駆ける。別に勝算がないわけじゃない。今の俺には索敵術によりどんな動きでも把握する事が出来るし、何よりこの刀ならゴブリンリーダーでも切り裂くことが出来るという自信がある。
ゴブリンリーダーに刀の間合いまで近づいたとき、刹那、横からの衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされた。索敵術で相手の動きは理解できていた。持っている剣で俺の横腹に斬りつけただけである。どんな動きでも把握できる自信はあったし、きちんと出来た。ただ、あまりの速さに身体が追い付かなかっただけである。圧倒的なスピードに俺はどうすることも出来ずに吹っ飛ばされた。身体を真っ二つに切り裂かれなかったのはただ宝物庫で手に入れたローブの性能に救われただけである。刀にローブと性能がいくら良くても使う物の性能が悪ければただの宝の持ち腐れである。
「ゆうううううううううううううう」
桃色が叫んでいるのが遠くで聞こえた。失いつつある意識の中索敵術でゴブリンリーダーが桃色に近づいて行っているのを理解していた。ここで意識を失えば、俺は死んでしまうだろう。それどころか桃色もちびっこもなすすべもなく殺されてしまうだろう。死ぬことは別にいい。俺は勇者になろうと、この世界で生きようと努力して、その結果だったら仕方がない。だけど、だけれども、怖い、俺のせいで救えない人がいることが何より怖い。力が抜けていく身体を歯を食いしばり唇を噛み切り痛みで奮い起こす。失いかけの意識を恐怖で呼び覚ませる。俺にはまだ出来る事があるはずだ。
「ゴブリン、まずは俺を倒して見せろ」
叫びながら近くにあった石を投げつけた。その姿は土に汚れ、立っているだけでも膝が震え今にも倒れそうで、手にした刀は杖代わりに身体を支え、身体中に走る痛みのせいか目がおぼつかない。誰が見ても満身創痍と分かる状態だ。それでもゴブリンリーダーは進行方向を変え俺の方へやってくる。
ゆっくりと、俺では敵わない魔物が近づいて来る。刀を投げつける力も既になく、腕を持ち上げゴブリンに向けて指差すだけでもいっぱいいっぱいである。指を差しさらに叫ぶ。
「俺は、勇者だ!!今度こそこの世界で勇者として生きてみせる!!こんなところで死ぬわけにはいかない!!この世界を平和にし、皆で仲良く暮らせる世界にしてみせる」
自分でもなんでこんなことを叫んでいるのか分からないが、意識が消えないよう、痛みに押しつぶされないよう意味が分からずとも叫び続ける。ゴブリンリーダーが理解できているとは思わないがそれでも叫び続ける。
「わかってるさ。俺にはそんな実力なんてないってことぐらい。勇者になるやつがレベル2ってなんだよ。こんな序盤で殺されそうになるほど弱いって。魔王とか怖すぎるだろあいつ。戦いの前に修行の時間はないんかいとか」
支離滅裂である。どうして叫んでいるのか。叫ばないといけないのか。こんなこと止めてさっさと意識を手放して楽になればいいのにとか。色々な感情が混ざり合って叫びあっている。
ゆっくりとけれども確実にゴブリンリーダーは近づいて来る。言葉なんて理解していないくせにニヤニヤと獲物を追い詰めるかのように。
「俺は弱い。まだレベルは2で大した実力もない。絶対に強くなってみせる。この世界の皆を救えるだけの実力をこの手でつかんでやる。勇者として生きると決めたんだから、絶対に強くなって見せる。今はまだ弱いさ。自分に実力がなく、凄まじい能力の道具に頼っているだけの冒険者なんて勇者になんて程遠いとは俺にだってわかっているさ。そのくせ道具を使いこなす事は出来ず、今にも死にそうな状態だ。道具に頼るべきじゃない、そんな事では本当の意味で強くならない。そんな事は分かってる。でも俺は今、弱いんだよ。弱くてどうしようもないんだ。だったら、だったら―――」
そして、再び刀が届くの間合いに、先ほどなすすべもなく吹っ飛ばされた間合いに、
「シャットダウン」
俺の口からは先ほどまでの叫び声ではなく、ただ平坦な声が零れ落ちた。
先ほどまで俺に近づいていたゴブリンリーダーはその醜い笑みのまま動きを止め、そのまま倒れた。すぐそばで倒れたゴブリンリーダーに近づき、持っていた刀を頭部に突き刺した。
「――だったら、今は無様でも、道具に頼って生き抜いて見せるさ」
もう動かぬゴブリンリーダーに喋りかけたところで俺は張り詰めた糸が切れるかのように意識を手放した。倒れた俺の人差し指には宝物庫でくすねて指輪に収納していたつけ爪に似た指先に着ける金属製の宝具が装備されていた。
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遮断の爪
『シャットダウン』の詠唱時に遮断の爪の直線上にいる生物の意識を強制的に落とす事が出来る。遮断の爪に魔力が無い状況では使用できず、基本的には24時間で自動的に魔力はたまる。