第八話:進むか、引くか
少女と出会った時には既に日が沈もうとしている時刻であった。薄紫色のショートヘアは汚れていてお世辞にも綺麗とは思わないし瞳は常に閉じており鎖骨当たりには首元を一周するかのように刺青のような紋章が描かれている。目を瞑っているし、顔も薄汚れているので分かりずらいが容姿は美少女とまでいかないがまぁ可愛いかなといったな感じの娘であり、着ている服装もぼろぼろで第一印象は汚らしい少女としか思えなかったからか、
「……綺麗」
桃色が少女を見つめ、零れ出た呟きに疑問を抱かずにはいられなかった。
「何がだ」
「あっ、えーと、いやなんでもないわ。それよりこの娘どうするの奴隷よ。なんでこんなところに一人でいるのかしら」
思わず零れ出ていたのだろう。俺に聞かれていたとは思っていなかったのかあたふためいた後話を少女の事にそらした。別に追求したいわけでもなく、少女の方が気になると言えば気になるので話に乗る事にする。
「君は、なんでこんなところに座っているんだい?名前はなんていうんだい」
「……私の名前はユリアと申します。奴隷商様へ連れられて王都からシギルラの街へ向かっていたのですが」
少女の名前はユリア。ユリアの持ち主である奴隷商の本店がシギルラにあるらしく、ユリアを含む商品である奴隷たちを荷馬車へ乗せシギルラへ向かっていたところ魔物に襲われたらしい。らしいというのもユリアは目がもともと見えず、状況を把握できなかったとのことだ。その騒ぎの際に荷馬車から何人か落ちてしまったが、拾い上げる余裕がなかった為かそのまま放置されたらしい。他にも何人か落ちたが皆魔物から逃げるため散り散りになっっていったとの事。運よく助かったらしいが、目は見えず周りは誰もいない、目指すべき街の方角も分からず途方に暮れ、自分はここで死ぬのだろうと諦めたところに俺たちが現れたとの事だ。
さて、少女のステータスを見てみたところ、確かに状態異常の項目に盲目あがり、それどころか左脚部麻痺[中]とまで書かれてあった。だが俺が一番驚いたのは、
ユリア・リズバーグ Lv:3
状態異常:盲目・左脚部麻痺[中]
スキル
祝福
称号
奴隷・落ちた王族・囚われの姫君・輝宝の眼
持ち主:ルーナ商会
少女ユリアは名字持ちであった。いや、名字を持っているだけなら貴族なら全員持っているらしいし、平民でも半数以上は名字を持っているとの事だから何もおかしくない。現に隣にいる桃色だって名字持ちである。だが、少女の名字はリズバーグ、この国の名前だ。さらには称号には『落ちた王族』なんて称号まである。明らかに王族の一員であろう人物が何故奴隷になっているんだろうか。
「ねえ、魔力板はもってる。見せてよ」
「はい、どうぞ」
俺がユリアのステータスを見たままどうしたものか悩んでいるうちに桃色はユリアから魔力板を受け取り確認をしている。まぁこの世界の事を知らない俺一人が考えこんでも仕方がないだろう。桃色の意見を聞こうと思った時に魔力板が見えてしまった。
「なんで名字がないし、称号が奴隷だけなんだ」
魔力板には俺が鑑定で見たステータスと違う表示がされていたとこがあった。名前だけの表示に称号が奴隷の一つだけであったのだ。
「奴隷だからよ。奴隷には家の名なんて大層なものは必要ないし、称号なんて奴隷だけあれば十分ってことから奴隷身分は魔力板には名字と他の称号は表示されない事になっているのよ。ユリア、あなた名字あったの」
「……いえ、最初からありませんでした」
そう、といって桃色は頷く。ふむ、名字がないと嘘をつくぐらいなのだから知られたくないのだろう。そりゃあ奴隷なんてものは自慢するどころか恥ずべきものだろう。だが、王族が奴隷になんてなる事があるのだろうか。それも王都から離れるようにシギルラに向かっているとの事だし。いや、考えても仕方がない。どうせ王城、王様には会いに行くのだからその時に聞けばいいじゃないか。だが、その前に。
「よし、一旦シギルラに戻るか」
「へっ、どうしてよ」
「どうしてって、もともとこの娘はシギルラに行く予定だったんだろ。一人で行けるわけがないし連れてやっていくしかないだろ」
「別にこのまま王都に行けば良くない。どうせ奴隷商にも横の繋がりはあるんだろうし、適当な奴隷商に頼めば元の持ち主の手に戻るでしょ」
「いや、本店はシギルラにあるらしいし王都へあまり行かないのかもしれないじゃないか。それにこの娘も知らない商売人では安心できないだろう」
「そうかも知れないけど、時間の無駄じゃない?今日はもう時間も遅いしこの辺りで野営しないといけないでしょ。一日かけてまたシギルラに戻るの。合わせて二日も無駄にすることになるじゃない。あなたも出来るだけ早く王都へ行きたかったのじゃないの。私は早く王都に行きたいわ」
「王都には早くいきたいよ。だけれどこの娘を見捨ててまでいこうとは思わないよ。たとえ一人でも俺はシギルラにこの娘を連れて行くよ」
「そう、どうしてそこまでするの。奴隷なんて道具みたいなものよ。道具が落ちてるからといって必ず持ち主に返さなければいけない訳じゃないし、見て見ぬふりをすることも出来るのよ。極論、使い捨てだって出来るものよ。だからこそ奴隷商は逃げるために見捨てていったんだろうし、彼女は状態異常もあるし大して高値で売れないのだから、連れて行っても誰も感謝はしないと思うわよ」
「感謝は別にいらないよ。どうしてって言われたらきっとそういう性格だからとしか言いようがないよ」
「性格って納得できない。あなただって何かしらやるべきことがあって急ぎ王都へ向かっていたのじゃないの。でないと、いくら私が無理やり連れてきたからって、安全に行くために上級冒険者と出発する方を選ぶでしょ。それをしなかったのは王都に早く行きたかったからでしょ。それが性格だからって納得できない。どうして」
桃色は結構少女に対して歯に衣着せぬ酷い事を言っていると思う。だけど、それは俺が前の世界の常識で考えているからそう思うのだろう。桃色が酷いわけではなくこの世界の常識で考えると奴隷というのはこういう立場が当たり前なんだろう。奴隷は道具だといった。道具が落ちてるからといって拾わなければいけない訳ではないし、見て見ぬふりをする事も出来ると。
そんな事が当たり前の世界の中で、桃色は王都までは連れて行ってやると言っているのだから十分優しい娘なんだろう。なんだかんだ道具だ、使い捨てだと言っても、自分の都合に悪くなければ奴隷と言っても人なのだから助けるべきであると思っているのだろう。だけれども自分の都合を殺してまで助けるつもりもない。なぜなら奴隷だから。それが普通だから。いや、普通の人より奴隷に対して明らかに優しい対応をしているのに何が不満なんだと。
それなのに俺が自分の都合を退けてでも奴隷を助けようとするのが性格だからってのが納得できないのだろう。まあ、この世界の人間からしたら納得できないかもしれないし、むしろこの世界で生きていくのなら郷に入れば郷に従えと言うし俺が折れるべきなのかもしれない。だけれども俺は少女を助けたい。そんな郷などしったこっちゃではない。確かに性格だけでもないかもしれない。それはきっと――――。
「―――俺が勇者として生きるために必要な事だから。だから彼女は助ける。ここで彼女を見捨てたら俺は勇者として生きていけないから」
「えっ!?何言ってんのよ。勇者?あなたが?レベル2で?」
レベルの事は突っ込まないで!!
後々、面倒になりそうだからとあまり自分が勇者と言うのを誰にも教えるつもりもなかったが、教える事で少女が救えるのなら俺は進んで後の面倒をかぶる事にしよう。俺は魔力板の更新をして称号に『勇者の卵』を表示させて桃色に見せる。
「えっ、勇者の卵?本当に勇者なの。あっ、だからか。だからこんなに」
桃色は一人何かしら呟き、納得しているような表情をしている。今までずっと俺と桃色の話を聞いていたままだった少女も、桃色の勇者という言葉に目を瞑ったまま驚きの表情を見せている。なかなか器用な事が出来るものだ。
「いいわ。あなたが勇者と言うのなら私はあなたに従うわ。シギルラに戻りましょう」
人が変わったかのように自分の意見を変えてくれた桃色。どうしてだろうか。ただ勇者効果すげーと喜んでいていいのだろうか。
「出来れば、人に俺が勇者であることは教えないでほしいのだが」
「あらっ、そうなの。慎ましいのね。分かったわあなたがそういうなら誰にも言わないわ。ささっ勇者様今日のところは野営出来そうな所を探しましょう」
「様づけも、勇者呼びも止めてくれ」
いきなりの態度の変化に戸惑いつつもシギルラに戻る事になったのなら良しとしよう。少女も話の流れが分かったのか何度もありがとうございます勇者様と言っている。だから勇者様はやめろと。
シギルラに戻りながら野営に適していそうな場所を探す。その間少女は目が見えないからと桃色と手をつなぎ歩きながらも色々と喋っているようだ。この少女ユリアは話を聞いているところ桃色と同い年の15歳らしい。なのにちっちゃい。桃色に比べると頭一つ分小さい。恐らく桃色が平均的な身長で、よく見ると平均を余裕でオーバーするであろう二つの柔らかな頂きをその胸に抱いているが、少女はちっちゃい。何もかもちっちゃいという感じだ。見た目は11歳ぐらいではないのだろうか。よし、少女の事は今後は心の中でちびっこと呼ぶことにしよう。
ある程度歩き、野営にそこそこよさげな場所を見つけた俺たちは本日はその場所で野営する事に決めた。その時、目の前に二人がいるのに後ろから物音がしたので振り向くとそいつはいた。
俺の半分ぐらいの身長にでかい棍棒を持った、猿に似ているがガタイの良さは猿に比べ物にならないぐらいゴツイ身体をした二足歩行の魔物。ギルドで見せてもらった絵にそっくりなそいつはゆっくりと俺たちに近づいてきた。そう、そこにはゴブリンがいたのだ。