第七話:出会い
「だから、こっちはあんたたちとなんかといっしょに行きたくないのよ!!」
新規登録のお姉さんの笑顔にめげず、4番窓口に並び直し、相談担当のオジサンにいろいろ話を聞いていた頃、その叫び声はギルド内に響いた。その声の発信源の中心には冒険者であろう年頃の少女と男が2人の諍いが起きていた。
ぶっちゃけ関わりたくない。出来れば早く王都に出発したいし、こちらの世界の世事にも詳しくないので今起こっている光景がもしかしたら普通の可能性がある。さらには少女の方が圧倒的強者なら俺が何かする前に軽くあしらう可能性だってあるだろう。そう、ここは冒険者ギルドなのだから職員が何とかするだろう。
だけど、だけれども。見る気はなかったのに、つい見てしまった。少女のレベルが7で、男たちのレベルが15と19であるのを。この瞬間、俺は彼女たちに介入しないという選択肢は消えてしまった。
川越優にとって、この世界はなんなのか。
勇者になる為の世界であろう、そのためなら魔王を倒す為の世界であろう。
世界の平和を救うための世界であろう、そして苦しんでいる民を救うための世界であろう。
なにより自分が貫くことが出来なかった正義を今度こそ貫くための世界である。
少なくとも俺にとって弱者と思われる少女が強者である男たちと諍いを起こしているなら、他の誰かに期待するのではなくそれは自分が救うべき状況である。むしろ、彼女を見捨てるようなことができるのなら俺はもう少し上手に前の世界を生きる事が出来たであろう。
俺は前の世界で死んでいると考えている、一度死んでいるのだ。ならば、何を恐れる事がある。
いや、実際に死の塊のような存在である魔王と相対した時は何を投げ出してでも逃げ出したいと思うほど怖かった。それでも誰かを救うためにもう一度魔王と会わなければならないのなら会って見せよう。どうせあったところでどうすることも出来ず、怯えるだけと分かっていてもそれが誰かの為なら勇ましく魔王の目の前に現れて見せよう。
俺にとってこの状況で彼女を諦めるような事は死ぬより怖い。まだ、立ち向かって殺される方がましだ。立ち向かえない恐怖に怯え、自分の正義を貫けなくなってしまう事が何よりも恐ろしい。この世界なら、この世界でこそ、俺が俺らしく生きてみせる。
「こっちが優しく言っておけば」
「人の好意をなんだと思っているんだ」
「うっさい、そんなのあんたたちの自己満足でしょ。勝手に押し付けないでちょうだい」
諍いはどんどん熱さを増してきていき、声を掛けるころにはとうとう、男たちも怒鳴り声を上げだしそれに合わせて少女も更なる怒声を浴びせていた。
「あのー、うら若き乙女に怒鳴り声を上げるのはよろしくないのでは」
「「「なんだよ、あんたは」」」
わー、きれいにはもるもんだ。かばってやった少女までこちらを怒鳴り睨んでいる。もう少し冷静になれないものなのか。愚問だ、そんな奴がいればこんなところで諍いなんて起きていないだろう。
少女は俺に気付くときょとんと少し驚いたような顔をした後、じろじろと俺の顔や全身を見渡した後口を開いた。
「……あなた、王都に行く気はないかしら」
「一応、今日中には向かおうとしてますが、それが何か」
「よし、決めた!!あなたにするわ。一緒に王都へ向かいましょう。今日。今すぐ。この場から」
は?何を言っているんだろうかこの少女は。
「おう、そうかそうかあんちゃんが一緒に行くか。それなら大丈夫だろう、任せたぜ」
「よっ、さすが色男。じゃぁ嬢ちゃんの事任せたぜ。危なっかしくて見てらんなかったからな」
へ?この男たちも何を言っているんだ。なぜ先ほどまでしかめっ面だったのが笑顔に変わってるんだ。
「さあ、行きましょう!!」
そして、なぜ少女は満面の笑顔で俺に語りかけているんだろうか。
……なっ、上手に生きるって難しいだろ。
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どうやら、話に聞くところ冒険者ギルドは初めての依頼や野営込みの長距離移動などは初心者一人では良しとしない風潮が出来上がっているらしい。それというもののどこの都市でも冒険者初心者の死亡率が高く問題になっているらしいのだが、この不文律が出来てからという物の眼に見えて死亡率が減ったらしい。それからはどこの街のギルドでもこういった風潮が出来上がっているらしい。
だが、どこにでもクズみたいなやつはいるらしく、最初の方は初心者を騙くらかす冒険者が少なからず出現したとのこと。甘い声に、虚言に満ちた手ほどき、初心者が分かるわけもなく多くの冒険者がコロッと騙されたらしい。そうして出来上がったのが仮パーティシステム。ランクEの冒険者に限り、一依頼もしくは3日以内の冒険に適用できる仮のパーティを作成できるシステムである。
この仮パーティシステム、仮パーティを組んでいる間に初心者冒険者側が死んでしまったりするとランクは2段階降格、信用はガタ落ちといった感じになるらしく、また初心者側が騙されたりするとギルドへ訴えをすることで、厳しく調査が行われそれに伴った罰等もあるらしい。このシステムが確立してからは騙す奴も減り初心者冒険者は比較的安全に最初の一歩を歩んでいけるようになったとのこと。また、きちんと指導係的な上級冒険者にも旨みはあり、ランクとは別にギルド貢献度が用意されてありそれをためる事でアイテムの割引に高額買い取り、情報の無料提供と受けられるサービスがあるらしい。
この仮パーティシステム、なんと初心者同士、ランクEの冒険者同士でも使用する事が出来るのだ。さて冒険をしようかと言う時に似たようなレベルの冒険者がいる事を知る。パーティを組むほど仲が良くもないし知っているわけでもない。何回か上級者冒険者に指導してもらったけど、まだ一人で組んで冒険するには危ないかもしれない。そんな人たちはランクE同士で仮パーティを組めば危険を抑えることも出来るし、いずれパーティを組む際の良い練習にもなるというわけだ。
さて、察しがいい諸君は気づいているであろうが、そう今、俺は王都へ向かう草原を歩いている。二人で。傍らにいる少女と一緒にだ。あぁ、分かってる。分かっているよ。だけれども俺は叫びたい。どうしてこうなったかと!!
傍らにいる少女はイチカという名前である。見た目は14、5歳といったところか。隣というよりは少し前方で俺を引きつれるかのように笑顔で歩いている。その桃色の髪は頭部で二つに分かれ草原を流れる風を、動物の尻尾を思わせるかのように、気持ち良さげになびかせている。その瞳は黄色く、キリッとしたツリ目気味の眼差しは男女問わず気が弱げな人物なら目を背け関わりあいたくないと思わせるほどの眼力がある。
いや、仮にも女性に向かって物騒な感想である。きっと最初の男の冒険者に怖気もせず怒鳴り合っていたからそのイメージが根付いているのだろう。本当は女の子らしい性格をしていて、暴力なんてもってのほか、何か事情があるからしょうがなく冒険者をしているかもしれない。きっとそうだ。
「ねえ、ユウ」
「なんだい」
「最初に出てくる魔物って何かな」
「多分、ゴブリンか、ナイトフルフだと思うよ」
「そう、楽しみね。早く出ないかしら」
ギルドで得た情報を元に答えると、桃色(その髪色から安直だが心の中でそう呼ぶことにしている)は太陽もびっくりの気持ちが良い笑顔で答えてくれた。桃色さん、顔の表情とセリフの内容がかけ離れすぎてはいませんか。俺の中の桃色さん像が一瞬で消え去ってしまった。
彼女もまた先ほどの街シギルラにて初めて冒険者になったらしく意気揚々と依頼板に書かれてある依頼書を眺めていたらしい。彼女は王都に行く用事があるらしく、王都に行きながら出来る依頼はなんだ、そうだ護衛だ。という事で護衛の依頼を見ていたが当然ランクEのひよっこ以前の卵ですら怪しい冒険者を雇うわけがなく、どれも護衛はランクC以上からの条件が付いているとのこと。
そこで彼女は依頼をこなすのは無理だと諦め、一人で歩いて行こうと思ったところで、優しいお兄さんたちが依頼板の前でうろうろしている明らかに初心者らしき少女が気になり声をかけたらしい。のだが、一緒に行ってあげるという優しいお誘いに彼女は断固拒否。だけれどギルドの方針的にも、お兄さんたち的にも気になり、仮パーティシステムと言うのがあって騙されないよと伝えても断固拒否。
なんだかんだで怒鳴り合いにまでヒートアップしたところで俺が登場。王都までの道なりならいくら初心者でも一人でなければそんなに難しいものではない、むしろ容易いレベルらしく、少女も何故か俺を気に入っているので、どうぞ、どうぞお任せしますといった展開だったらしい。俺としては上級冒険者が手取り足取り指導してくれるのならむしろお兄さんたちと一緒に行きたいところだったが、何が何だか分からない内に彼女にひっぱられ仮パーティ登録、言われるがままに準備を整え出発。やっとこさ理解が追い付き説明が終わったのは王都へ向けて既に2時間は歩いていた頃だった。さすがに今からシギルラに戻るのも時間が掛りすぎると判断し、彼女と一緒に王都へ向かう事へ決めたのだが、それでも俺はこう叫びたい、どうしてこうなったと。
「なあ、どうして俺にはいっしょに行こうって言ったんだ。普通に考えて最初は上級冒険者に教えを乞うた方が安全じゃないか」
ある程度お互いの事を説明し合った後は、もくもくと王都へ向かって歩いていたが、いつまで経っても魔物は出ず、少し緊張感が薄まってきたのもあり気になっていたことを桃色に聞いてみる事にした。
「どうしてって、気に入ったからに決まっているじゃない」
「だから、一目会っただけなのにどこが気に入ったかが分からないんだけど」
「あうえと、あーっと、えー、そう!!あれよ!!あれが気に入ったのよ!!」
あたふたと慌てふためいていたが、何かが決まったのかビシッと俺に指さして言い放った。自信満々にあれよと言われても俺に通じるわけがなく再度聞き直すと、またあたふたしている。良かった、物騒な娘だと思っていただけに年相応の反応も出来るのだと、勝手に心が和んでしまった。
「あっ、そうよ。顔よ。あなた顔が綺麗だし。格好良いし。私好きよ、あなたの顔。だから、気に入ったの。どうせ一緒にいるなら自分が気に入ったものと一緒にいたいじゃない」
「ありがとう。嬉しいよ。でも、キミ正面切って言ってくれるのって恥ずかしくない」
「……すっごい恥ずかしいにゃよ。それがにゃにか、見た目ってだいじじゃにゃにゃ」
「今、かまな……」
「いやあああああああああ、これ以上にゃにも言わないで、なんでもないの。今言ったこと全て嘘よ。あっ、顔が好みなのはその通りなんだけど。ってそんなこと言いたいんじゃにゃくて、、、、、あっ、向こう側で何か影が動いたわ魔物かしら、ユウ行くわよ。戦うにょよ」
容姿に関しては前の世界の頃から誉められ慣れていたから淡々と返答したのだが、それが自分で言ったセリフ以上に恥ずかしかったのか、彼女の髪色ほどではないが顔中を染めて色々と自爆しているように思えた。そして何かを見つけたのか、顔を下に伏せたまま猛ダッシュと言う危険極まりない事を行い走っていった。最初は物騒だと思っていたが、予想以上に可愛らしい娘である。
「ユウ、ちょっと来て」
先ほどまでの少し浮ついた声ではなく、通常の声質で大きく声を上げて俺を呼んでいる。適当な事を言ったわけでなく本当に魔物がいたのかと、少し緊張感を高めつつも急ぎ桃色の傍まで走る。
そこには少女が二人いた。一人は言うまでもなく一緒に王都を目指している桃色。もう一人はぼろぼろの布をまとい、薄汚れた格好をしていて、全体的に汚い。彼女は座っているが俺が来たのが分かったのか目をつぶったまま顔を上げると小さな声で呟いた。
「……どなたさまでしょうか」
これが俺と少女ユリアの初めての出会いであった。