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第十一話:焦り

「ねえ、どうしたのよ。疲れちゃった?休憩する?それとも私がユリアちゃん背負おうか」


 レベルが上がってない衝撃がいつの間にか足を止めたからか、顔が真っ青になっていたからか、桃色が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「……いや、大丈夫、このまま、進もう」


 声が擦れていないか心配になったが、途切れ途切れになってしまったが普通に喋れる。大丈夫まずは落ち着こう。それからもちょいちょい桃色は俺の体調を気にしていたが、3人でシギルラに向かって進んでいく。


 落ち着け、落ち着け。焦っても仕方がない。思考を放棄するな。ただ、偶然レベルが上がってなかっただけの可能性もあるじゃないか。レベルについて俺はまだ何も知らない。もしかしたら人によって上昇のスピードが違うだけかもしれないじゃないか。自身を苛む謎の焦燥感を無理やり思考の檻に閉じ込め平静を保つ。


 そう、俺は何も知らない。ギルドで聞けばよかったと思うが過去は変わらない。変えれるのは今からだけだ。むしろこの世界にとって当たり前すぎるであろう常識であっても勇者と名乗った今の方が桃色から聞きやすいのではないか。知らなければ聞けばいいのだ。


「なあ、桃色。聞きたいことがあるんだが」


「……ひょっとして、桃色ってわたしの事だったりする」


 ああ、失敗失敗。ついつい癖で心の中で呼んでいたあだ名で声を掛けてしまった。やはり動揺しているようだ。深呼吸して落ち着こう。スーハ―。よし、失敗は成功の母と言うし次間違えなかったらいいんだ。桃色が顔に青すじ立ててめっちゃ怒ってるように見えるけどきっと気のせいだ。たとえ怒っていたとしても誠心誠意謝ればきっとわかってくれるはず。なぜなら桃色は優しい娘だから。


「悪い悪い、でだ、桃色に聞きたい……」


「誰が、桃色よ!!わたしにはイチカって名前があるのよ!!どうして謝ってすぐ同じこと言ってるのよ!!」


 反省。落ち着こう。どうやら思った以上に動揺している。猛省だ。どうにか謝り倒して罰を受けたら許してくれると言ってくれた。その罰は名前を覚えるという事で『イチカ』と耳元で100回囁くように呼びかけるという物だったがその話はどうでもいいので省略しておく。ただ、何故か罰をしている俺より桃色の方が悶え苦しんでいたような気がするのは見なかったことにしよう。


 さて、俺の馬鹿の所為で大分遅くなってしまったがレベルについて聞くことが出来た。

 レベルが上がる条件は生物の命を絶つことである。あらゆる生物にはオーラと呼ばれる生命力の流れがあり、身体中を張り巡っている血管の様にいたる所にオーラが流れている。そのオーラを得る事でレベルが上がる。オーラは生命が消える際に身体から放出される。4~5割は大気へ、もう4~5割は大地に吸収され、残りの1~2割がその生物を殺した者の中に吸収される。殺した生物のオーラも吸収されれば血脈のように張り巡り自分のオーラとなる。なので、高レベルの生物を殺した方がレベルが上がりやすい。その方が自分に吸収されるオーラの量が多いからだ。

 

 この世界にはまれに魔眼と呼ばれるものを持って生まれて来る人がいる。オーラは普通の人には見えないが、この魔眼の中にはオーラを見る事が出来ものもあり、遥か昔からオーラの存在は確認されていた。

 調べたところオーラの総量が多い人ほど、体力、魔力、筋力、素早さ、知識力など、そういったものが比例して強い結果となったので、オーラの総量を強さの物差しとして分かりやすく数値化したものがレベルということだ。


 以上がこの世界で生きる人なら誰もが知っている一般常識だ。とイチカが分かりやすく説明してくれた。さらに性質が悪い貴族の中には、自分の息子等に簡単にレベルを上げさせる為に死刑囚を殺す機会を金で買う事が少なからずあるらしいと苦虫を噛んだかのような表情で吐き出すように知りたくもないこの世界の裏事情まで教えてくれた。


 レベルの事については知る事が出来た。後はなぜレベルが上がらなかったのかだ。

 イチカはゴブリンを5体倒していた。それに対して俺はゴブリン10体にゴブリンリーダーも倒している。ステータスチェックでゴブリンのレベルを確認しておけば分かりやすかったが、仮にイチカが倒した5体が偶然高レベルだったとしても、俺はその倍の数にさらにはリーダーまで倒しているのだからオーラの獲得量がイチカ以下と言うのは考えにくい。


 であるならば、何故レベルが上がらないのか。異世界人だからか。いや、わざわざ勇者の召喚とやらがあるぐらいなのだから、それで召喚された勇者のレベルが上がらないとは考えにくい。上がらなければ魔王を倒すなんて夢のまた夢だ。


 他に原因はあるか。分からない。違う、考えないようにしていたが心当たりが一つだけある。ずっと見ないように、考えないようにしていた。問題ないから気にしないと自分の心を偽り視線を逸らしてきた。一度気にしてしまえば恐怖の泥沼から逃げ出すことが出来ないと思っていたから。だけど――


 状態異常:[呪]血脈封印(解呪不可)


 ――呪い。これの所為じゃないのか。

 

 最初は何のことだが分からなかったが、イチカの説明を聞いて一つの仮説が生まれてしまった。血脈封印。血の何を封印しているのか、それとも血と一緒に流れている何かを封印しているのか。イチカはオーラが血管のように張り巡っているといっていたが、それは血と一緒に身体中を流れていると考えられるのではないか。血脈の中にオーラがありそれを封印しているのではないか。これ以上勇者が成長出来ないよう封印を。


 そこまで考えてしまい、体中が強張り、胃の中身全てが逆流せんとしたが、かぶりをふる。まだそうと決まったわけじゃない。考えすぎだ。でなければ、でなければ俺の存在意義が。いやこれ以上深く考えるな。まだレベルが上がらないと決まったわけじゃない。何か、何かがあるかもしれない。


「ちょっとちょっと、さっきから歩くの少し早いのよ」


 桃色から窘められ、謝りつつも依然と続く焦燥感に蓋をして俺は歩みを進める。俺たちがシギルラの街へたどり着いたのは太陽が真上を少し過ぎた頃だった。






「処分ってのはどういう事だ」


「はい、旦那様。知っていると思いますがこの娘は目が見えず左足も動きが悪い。せっかく連れてきてもらっててなんですが売値としては大銀貨1枚にもなりやしないでしょう。それなのに病気か知らないが、今にも倒れそうときている。薬代に他の商品にうつるリスクとあの娘を商品として扱うのを天秤にかければ、処分するのが妥当でしょう」


 奴隷商は申し訳なさそうに、けれども意見は変える気がないと分かるように言い切った。

 俺たち3人は現在シギルラの奴隷商の館にたどり着いていた。ちびっこの持ち主であるルーナ商会はシギルラでは有名であるようで、思った以上に簡単に向かう事が出来た。


 奴隷商の主人にあったところ、快く出迎えてくれた。見た目は恰幅のいい親父といったところだ。申し訳なさそうに御礼をお渡しする事は出来ませんがと前置きを置いて、感謝の言葉を頂く。また、奴隷を購入する機会があればサービスいたしますのでぜひ当店をご利用下さいと店の宣伝も抜け目なく行われた。


 ちびっこはさらに具合が悪化したかのようだったので、急ぎ店主に引き渡したところ別の者が現われ安静にする為にだろう店の奥に連れて行かれた。別れる前に声きれぎれにありがとうございますとちびっこから感謝の気持ちを告げられた。


 ほんの少しだけとはいえ一緒にいた仲だ。体調がかなり悪そうだったのが心配になりあの娘は大丈夫そうか聞いてみたところ、安静にしておけば恐らく回復はするのでしょうが処分するでしょうと言われたのだった。


「……どうする事も出来ないのか」


「はい、わたしたちも商売ですのでどうしても利にならない事は、あの娘はすぐにでも処分しますよ……」


 今すぐ、あの娘を買うような人が現われれば別ですが、と最後に付け足して。


「俺が、」


「ちょっと、ユウ。あなた今すぐにでも王都に行きたかったんじゃないの。奴隷の購入はあなたの好きにすればいいと思うけど、流石にあの体調でユリアちゃんを連れていけばどっちにしろ死んでしまうわよ」


 俺が何も考えずに声を上げようとしたところ桃色が窘めるような口調で会話に入り込む。

 確かに桃色の言うとおりである。今出発すればちびっこは身体が持たないだろう。ちびっこの為に遅れたのに後悔は無いが、王都行きが遅れているのもまた事実。

 そして、レベルが上がらない不安が俺を苛める。王都へ行けば何かが分かるかもしれないという期待が俺を揺らがせる。


「……購入した奴隷を一時的に預かってもらうのは可能ですか」


「はい、7日間まででしたらお預かりしましょう。しかしお預かりするだけですので、現状ではあの娘は2日と持ちますまい。よろしければ、あんな粗悪品よりもましな奴隷はたくさんいますんで見て……」


 ダンッ!!

 持っていた金貨を手ごと机に叩きつけ、奴隷商の言葉を遮り、有無を言わせぬよう話し始める。


「金貨5枚だ。大銀貨1枚だったら50倍だろ。これで七日間、治療と介護と保護を承ってくれないか」


「はい、それは構いませんが、金貨5枚でしたら一般的な奴隷の相場です。他にも良い奴隷はいくらでもいますが……」


「あの娘がいいんだ」


 再度言葉を遮り言う。


「わかりました。7日間責任もってお預かりしましょう」


 分かっている。偽善だってことは百も承知だ。それでも焦燥感がまるで毒蛇のように這ってくる。気にしないようにしていてもいつの間にかやってくる。もし、このままレベルが上がらなければ勇者になれないのでは。勇者になれないのならお前がこの世界に来た意味はあるのか。この世界で救えたのはちびっこただひとりじゃないか。そのちびっこもお前がここで見捨てれば死ぬだろうな。だったらお前はこの世界に何しにやってきたんだよ。と、毒蛇が囁き続ける。


 自分が冷静になれていない事は分かっているが、それでも今ここでちびっこを見捨てる事は俺が俺である為には決してあってはならない事だと感じてしまう。


 奴隷を購入するに当たり奴隷についての知識を一通り教えてもらう。

 奴隷は持ち主の命令に絶対服従である。命令をするかどうかは持ち主しだい。命令を違反するような行動をした場合は罰が与えられる。罰の設定も持ち主が決める事が出来る。一番酷い罰で殺す事さえもできる。罰の執行及び設定は首元に描かれている奴隷紋が行う。との事だ。


 持ち主の移行を行うのでちびっこには体調が悪いだろうが、出てきてもらった。俺が持ち主になったと伝えると泣きながら喜んでくれた。その笑みが体調の所為で歪んでいたのが少し残念だったが満面の笑顔である。

 まずはじめに持ち主がルーナ商会であるのを取り消す。これは何か呪文のようなものを唱えていたがよくわからなかった。次に持ち主を俺に設定する。こちらは首元にある奴隷紋に俺の血を一滴垂らすだけで設定する事が出来た。


 持ち主の移行と金銭の取引が終わり、7日間ちびっこを頼むと店主に伝える。ちびっこが店の奥に向かう前にちびっこだけに聞こえるようにさっそく命令をさせてもらった。


「7日間待って俺が戻らなかったら、自由に生きろ」


「えっ、いや、です。ご主人、様を、待っています」


「命令だ。それに万が一にも戻らなかった時の話だ。心配しなくてもすぐに戻ってくるさ。ここに金貨が10枚あるからこれを自由に使っていい。大丈夫戻ってくるから」


「わかり、ました」


 体調が悪い為、途切れ途切れだがちびっこが了承する。最初は拒否したが奴隷であるため命令と言えば拒否する事は不可能である。金貨を10枚入れた小袋を渡す。たとえ目が見えなくてもこれだけあればある程度は生きていくことが出来るはずだ。この世界は何が起こるか分からないから念のための命令だ。それに俺にとってちびっこは奴隷である必要は無く、どこかで生きていてくれさえすれば十分なのだからこういう命令にした。ああ、分かってる。偽善だよ。



 最後に、ちびっこと店主に別れの挨拶をして館から出て行く。日はまだ頭上の高い所にあるので、今から王都へ向かっても日が沈むまでにある程度距離は稼げるだろう。桃色にもそう伝え、二人でシギルラの街から王都へ向かって出発した。


 王城に行けば、レベルや呪いについて何か分かるかもしれない。それが楽観しすぎだとは分かってはいる。けれども、王城に行けば勇者として生きていく事の始まりであるのは確かだ。まだ、俺は勇者としてスタート地点に立ってすらいない。何をなすべきか、漠然と魔王を倒すというのを知っていてもそれ以外何も知らないのだから。


 桃色と二人、前回出発した時よりも速く、少し小走りになりながら王都へ向かう。

 急げ、急げと毒蛇に急かされながら。

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