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悔しさで胸が焦げそう

 次の瞬間、細く赤い光が兄さんの傘の露先――先端部分だ――から現れ、真っ直ぐ空へと伸びた。

 

 思わず見上げると、それが光じゃないみたいに途中でぐにゃりと折れ曲がり、分裂している様が見えた。


 兄さんの後を追うように、白、橙、紺と光が雲へと伸びる。おれも急いで傘と天が向き合うように腕の角度を正した。


 その途端、激しい水の流れに呑まれたような感覚が全身にのしかかってくる。

 

 浮遊感と重い圧力が同時に体に押し寄せてくる。

 水中の中にいるみたいに、視界はぼやけるし、体は冷たいし、息もできない。

 鉛のように思い腕が傘を取り落としたくなったけど、傘師だという誇りがなんとかそれをとどまらせた。


 きっとこの瞬間、おれの傘からも緑色の光が伸びていることだろう。


 急流に投げ込まれたみたいに体が弄ばれる。

 足元がすくわれる感じがして、思い切って地面を蹴ると、自分の体が宙に浮いたのが分かった。


 だけど心地よさは全くない。

 なんせ、感覚としては空を飛ぶというより、急流が荒れ狂う水底でジャンプしたそれに近いから。


 おれたち傘師はしばらく息をしなくても動けるように訓練されているけど、初めての実戦にパニックで肺の空気を吐き出してしまいそうだった。足を動かすたびに体が妙な方向へ、だけど確実に上へと上昇する。赤や青の光が見えたような気がしたけど、遠すぎてはっきりとは分からない。圧し掛かる圧に首が痛くなって思わず足元に視線を落とす。

 

 その先――地面と繋がる緑色の光の先に、さっきまでおれたちが立っていたステージがあった。


 その小ささに心臓が凍りつく。

 落ち着かなくちゃ。


 そう思うほどに体が強張ってしまって、もう何が何だか分からなくない。


 息が苦しい。

 体が冷たい。痛い。

 なんなんだよこれ。もうやめたい……。


 雲払いをするには雲に近付かなくちゃならない。首が重くて上を向くこともできないけど、それでもまだまだ雲に辿り着けないことは分かる。さっきから、あとどれだけ息が続くのかということが気になって仕方ない。このまま息を乱して集中力が途切れれば、この訳の分からない苦しさから解放される代わりに、真っ逆さまに落下して重力のままに地面に打ち付けられることになる。

 

 それはつまり、死。

 

 「死んだんだよ、七人」。


 今年の最初の一人がおれじゃないって、誰が断言できる?

 こんな任務、おれには無理なんじゃ……。


 紗がかかったような黒色の視界と、体中の不快な感覚に吐き気すら込み上げてくる。逃れるために目を閉じても瞼の裏は黒かったけど、まだこっちの方が馴染みがあっていい。

 

 とうとう感覚がいかれてきたかもしれない。

 さっきから、誰かに肩を抱かれている気がする。

 手足は冷たいのに、肩口だけが温かだった。


 もしかすると、むかしおれを抱いた両親の腕はこんなに温かだったのかもしれない。

 おれに会いに来てくれたんだろうか?


 目を開くとそこにあったのは、繰り返し想像した両親の姿じゃなかった。

 瞳。

 驚くほど近くに愛らしい瞳があった。


 それはぼやけた視界でも分かるくらい穏やかに、おれの目をじっと見ている。


「ミナミさん……」


 声は出なかったけど、口の中で呟く。

 息が肺から一気に抜ける。体から力が抜ける。


「おりようか」


 口の形だけでそう言ったミナミさんに頷いた。


 途端、意識が遠のいていくのを感じた。


 だめだな、おれ。

 未だに何が何だか分かんないし……。


 悔しさで胸が焦げそう。


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