奴の中に鍵を持ち歩くという発想があることは新鮮な驚きだった
いよいよ任務の日がやってきた。
いつもなら授業を受けている時間帯なのに、ユキオミと二人で時計を気にしながら部屋にいるのは変な感じだ。初めて着たこげ茶色の任務服は、着ていて肩が凝りそうなほど体になじんでない。これから始まる任務の緊張に身を固くしているおれに背を向け、ユキオミは窓辺で不吉な色の雨雲を見上げている。その後ろ姿はとてもリラックスしてるように見えた。
「お前って緊張しないんだな」
振り返ったユキオミはこくりと頷いて見せた。いつもは小憎たらしい感じのその目が、いまは静かな覚悟を宿しているように見えて、こいつも生まれながらの傘師なんだな、と思う。おれはベッドから立ち上がって部屋の中をぐるぐる歩き始めた。
「全然緊張してない。でも、それは心が強いからじゃなくって、これからのことをうまく想像できないからだよ。ハルヤは緊張してるの?」
「してるよ。このまま窓を突き破って、外に飛び出しちゃいたいくらい」
「そんなことで死ぬくらいなら、その命をカナミズ地区のために使ってよね」
ユキオミにまともな指摘をされるなんて、どんだけ平常心を失ってんだ、おれ。悔しいけど、でも自分がいつもと違うと気付ける分まだ大丈夫なのか。
「傘、緑色なんだね。緑色が好きなの?」
おれがぎゅっと握りしめている傘を見てユキオミが言う。もしかすると、おれの緊張をほぐそうとそんなことを訊いたんだろうか。まさかね。そんなに気が利く奴とは思えない。
「好きっていうか落ち着くんだ。昔からなんでもおれの持ち物は緑色。兄さんは赤色。そうやってルール化しておけば、どっちの持ち物かすぐ分かるだろ」
「へーえ、なんて合理的な親」
「親には育てられてない。両方とも傘師だから」
傘師として多忙な両親とは、物心ついたときから顔を合わせたことがない。
高校に入る前まではたまに手紙をくれたけど、おれが成長したいまとなってはそれもない。
彼らが身近にいないことは何よりも悲しかったけど、優秀な両親の子だということは誇りだった。
手紙にはいつも、二人がいまどこにいて、どれほど多忙かが綴られていた。文末の「ハルヤの成長を遠くから見守っています。元気でね」の決まり文句を読んだ後に地図を広げ、二人がいる地を眺めることが習慣だったこともある。
おれの想像の中では、母さんは腰ほどまで髪を伸ばしていて、父さんは眼鏡を掛けてひげを蓄えている。二人とも知的な顔をしていて、いる場所はセンスのいいしゃれた部屋。この想像は外れてないんじゃないかっておれは信じてる。
そうであってくれないと、困る。
そんな両親のために立派な傘師になりたい、と思わせてくれないと。
とりあえず目の前の任務だ。今日の初任務を成功させよう。
「お前は黄色好きなの?」
おれはユキオミの傘を見てそう尋ね返した。
「そうだよー、目立つじゃん。みんなの使ってる蛍光ペンはたいてい黄色だしね」
「そうかな。緑とかピンクの人もいるけど」
「まあ目立つってところには変わりないよね。ぼくは髪だって黄色だよ」
「それは金髪だろ」
「同じようなもんだよ。みんなの視線が自分の髪に集まるのって、いいよね」
「目立ちたがり屋だな。そろそろ集合場所に行く?」
「うん」
ちょっと早いかとも思ったけど、どうせユキオミと話すならどこへ行っても同じだ。おれが先に立って部屋を出ると、後に出たユキオミが部屋に鍵を掛けた。いつもはおれがやっていることなのに。奴の中に鍵を持ち歩くという発想があることは新鮮な驚きだった。
寮を出、校舎とは反対の方に進むと、すぐに広い公園に行き着く。遊具などは一切ない簡素さが特徴で、代わりに岩でできた大きなステージがある。そのステージに上るための階段が四方に広がってる壮大さは、見る者に公園っていう言葉の定義を考えさせる力がある。
そこがおれたちカナミズチームの任務の開始場所だった。前は校舎の屋上をに集まったけど、本来はこのステージを使うのがカナミズチームの伝統らしい。カナミズチームはカナミズ第一高校の代表的なチームだとクラスの友達に教えられた。その話もさもありなんと思えるくらい、このステージは立派だ。実体はミナミさんが急場でこしらえた寄せ集めチームなんだけど。




