一番の薬は君の優しさ
「ごきげんよう、みほさ……み、みみみみほさん!?」
「え、おはよう?どうしたの、うさぎちゃん?」
ついにやってきたテスト当日、早く帰りたいなぁと思いながら登校し 悠太お手製の対策ノートを見ていると、
「詳しくお話を聞かせていただきますわよ!!」
何故か珍しくうさぎちゃんが取り乱しております。
「これ?ああ、悠太がね」
「み、水嶋さんですの!?水嶋さんですのね!?」
何故そんなに取り乱しておられますのでしょうかうさぎさん?
「うさぎちゃんも見る?悠太お手製ノート」
「ノートの事ではありませんわ!」
急にうさぎちゃんは顔を近づけ、秘密の話をするかのように小声になる。
「その……首ですわよ!そんなわかりやすいところに……許せませんわ!」
首?許せない?
いったいうさぎちゃんは何を言っているのだろうか。
「気づいてないんですの!?」
うさぎちゃんはカバンから乙女チックな手鏡を取り出し、私に差し出す。
鏡を覗き込んで見る。そう言われれば確かに首もとに赤い痕が……。
「虫さされ?」
「もう!天然にもほどがありますわ!!」
うさぎちゃんの絶叫とともに鐘の音が鳴り響いた。
「お、終わったぁ」
色々な意味で。
ああ、私の答案用紙が回収されていく。どうか赤点だけは回避できますように!
今更祈っても遅いけど。
私が机にぐだっと突っ伏していると、悠太が呆れたように声をかけてくる。
「あと2日あるからな。てか、山当たってただろ」
「そうそう!ドンピシャ!さすが悠太だよね!頼りになる!」
「お、おう。まあな」
悠太はつんとそっぽを向く。
あれ?心なしか顔が赤い?
「どうしたの?まさか、知恵熱!?」
「れんじゃあるまいし」
ばしっと頭を叩かれる。
「頭叩くな細胞が死ぬでしょ!?あと、」
名前で呼ぶなバカぁぁあ!
「水嶋さん、少しよろしくて?」
「な、なんだ」
あの悠太でさえたじろぐようなオーラを背負ったうさぎちゃんが声をかける。
とてもいい笑顔なのですがとても怖いです。
まるで蛇に睨まれた……なんとかみたいだ。あれ、カッパがどうとか、だっけ?
「大事なお話が」
悠太はうさぎちゃんに教室の隅まで連れて行かれ、なにやらひそひそと話しだす。
2人は何を話しているのだろうか。気になる!
ここからでは教室の喧騒に紛れてしまい、2人の会話は聞こえない。
何故私だけ仲間はずれ?
しばらくすると顔を赤くした悠太とハンカチで涙を拭ううさぎちゃんが戻って来た。
「心中お察ししますわ、水嶋さん!」
「全部れんが悪い」
「私か!?何故だ!?」
私を除け者にしていったいどんな話をしてきたんだ、この2人は!?
そんなこんなで地獄のテスト週間が終わり、待ちかねていた至福のテスト休みが、
「ふぇっ、ぷっしゅん」
来ると思ったらこれだ。
「うぅ…」
朝起きたら寒気と頭痛のダブルパンチで直ぐにベッドへ逆戻りし、食欲もない。
平日の昼間からベッドでごろごろ、と思えば贅沢なのかもしれない。
「って、そんなわけないよ……」
あー、だるい。
お腹もすいてないし、動くのも億劫だし、このまま父さんと母さんが帰って来るまで寝よう。
目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる。
遠くで携帯が鳴っている気がしたが、意識が落ちるのが先だった。
ひんやりとした何かが額の上に乗っている。
うっすらと目を開けると、見えたのは優しい笑顔を浮かべた慎司さんだった。
まさか幻覚が見えているのだろうか。
「恋?大丈夫?」
ああ、幻聴まで聞こえてくるなんて。
これは相当ヤバい。
もう一度寝ようともぞもぞしていると、耳元で慎司さんが囁く。
「恋?起きないと……キスするよ?」
「おっ、おはようございますでありますっっ!」
シャキーンとベッドの上で飛び起き、正座になって敬礼すると冷たいタオルが額から落ちた。
「え、あ、あれ?慎司さん!?何故!?」
「熱で寝込んでるって聞いたから」
お見舞いにね、と慎司さんは微笑む。
その微笑みは熱が出ている私には逆効果で、さらに熱が上がってしまうような気がした。
「お腹すいてる?何か食べられそう?」
「いやいや、慎司さんに作らせるなんてめっそうもござぁせんよ!わたくしが作りまするっ」
勢いよく立ち上がったのはいいが、熱のせいでぐらりと視界が揺れる。
危ないと思った時には手遅れで、顔面から床にこんにちはしていて───。
あれ?痛くない?
「しっ、し、慎司さん!?」
「痛たた……恋は大丈夫?」
痛くないと思ったら、なんと慎司さんが私の下敷きになっていた。
「ええもちろん!私より慎司さんの方が重傷!!今退くからっ」
「んー、もう少しこのままで」
慌てて退こうとするのだが、逆に抱き寄せられてしまう。
「し、慎司さんっ」
体が密着して恥ずかしい。
私汗かいてるのに!
「恋、柔らかい」
「ひゃっ」
耳元にかかる慎司さんの吐息と、背中を撫でる手に思わず変な声が出てしまう。
「可愛い」
慎司さんが笑うと、耳元に吐息がかかってくすぐったい。なんだか最近慎司さんとしょっちゅうくっついている気がする。
私が慎司さんの上であわあわしていると、階段をばたばた登る音がした。
「れん!慎司!どうした!?」
大きな音を立てて扉を開いたのは、これまた何故かエプロン姿の悠太だった。というか似合うな。割烹着も似合うんじゃないか?じゃなくて!!
「ゆゆゆっ、悠太っ!?何故っ!?」
なんで慎司さんと悠太がっ!?
「しっ、慎司!!退けっ!離れろっ!」
「いや、僕は何もしてないよ?」
うーん、どういう状況なのか誰か説明ぷりーず!!
「電話したけど出なかったろ?で、みにきたら外で慎司に会って」
「そうそう、心配だからあがっちゃった」
慎司さんによってベッドへ戻され、受けた説明がそれだった。
何故教えてしまったのだ、母よ!てか鍵は!?
「開いてた」
ウエルカムすぎるだろ。年頃の娘が大切じゃないのか!?
「どうせ飯食ってねぇんだろ。台所勝手に使わせてもらったから」
そう言いながら差し出されたのは、作りたての卵粥だった。
そうか、だからエプロンなのか。前も思ったが、びっくりするくらい似合うよな。というかそれは自前か?
そこは怖いからあえて聞かないことにする。
「はい、あーん」
一口分をスプーンにすくい、慎司さんはそのスプーンを私に向けてきた。
「あー…ん」
お、うまい。
あまり食欲はなかったのだが、少しずつなら食べられそうだ。
「慎司……」
あれ、悠太が鋭い瞳で慎司さんを睨んでおりますがなにゆえでございましょうか。
「美味しいよ、悠太ありがと」
「お、おう」
若干赤くなる悠太に、微笑みながら慎司さんは視線を投げる。うん、目が笑ってませんよ、慎司さん?なんだか仲がいいのか悪いのかわからない2人だ。
悠太の視線が怖いので、慎司さんからお盆を受け取り自分で食べる。小さい土鍋に少な目に作られた卵粥はちょうど食べやすい量だった。
悠太お手製のお粥を完食すると、再び布団に戻された私ですが……。
「っしゃあ!俺の勝ち!」
「あー、やっぱり悠太にはかなわないね」
2人が何をしているかと言うと。
「……何で私の部屋でゲームしてるの!?」
「いやー懐かしかったから、つい?」
本棚の漫画を読んだりアルバムを漁ったり、挙げ句の果てにはゲームをしています。全部私のだけどね!
てか乙女の部屋ですよ、ご両人!
「ベッドの下からエロ本出てくるんじゃねぇの」
「いやいや悠太の部屋じゃあるまいし」
「持ってねぇよ!」
「いや私も持ってませんよ!?」
ちょっと、さり気なくベッドの下覗こうとするのやめてもらえますか慎司さん!?
「じゃあ僕たちはそろそろおいとましようか」
カーテンが開いた窓からは夕方の陽が差していた。
「おう。そうだな」
散らかっていた部屋を手早く片付け、悠太も立ち上がる。手際の良さは主婦か。
散らかしたのはもちろん2人で私ではない。本当だよ!
「食欲は?」
「んー、あんまりないかも」
「だろうと思ってプリンつくっといた。冷蔵庫にあるから」
「焼きプリン!?」
「いや、冷やして固めただけのやつ」
焼きプリンじゃないのは残念だが、手作りプリンだ。
思わず頬が緩んでしまう。
「ありがと」
「お、おう」
「慎司さんもありがと。わざわざ来てくれて」
「暇だったからね、ちゃんと寝るんだよ」
半ば強引に悠太を引っ張りながら、慎司さんは部屋を出て行く。
部屋の外からはしばらく2人の言い合う声が聞こえて着ていたが、それも遠ざかりやがて静かになった。
2人が帰ると、なんだか急に寂しくなってしまうような気がした。
「早く寝て治さなきゃ」
もぞもぞと布団をかぶり、目を閉じるとすぐに睡魔が訪れる。
プリンは後で食べる事にしよう。