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保健室のねむり姫







授業中の廊下は独特の静けさに包まれており、無意識に足音を立てないように忍び足になる。

本来なら私のクラスは体育の授業中なのだが、ちょっとした事情の為保健室に向かっているのだ。

校舎は各学年の教室がある生徒棟と教務室や音楽室などのある管理棟に分かれる。保健室は管理棟の一階、最奥に位置しており、校舎全体はコの字型をしている。

体育館は生徒棟の端にあり、保健室まで行くには校舎をぐるりと歩かなくてはならない。

つまるところ───かなり遠い。

保健室に行くのがプチ面倒くさくなるくらい遠い。

やっと保健室に辿り着くと、中から人の声が聞こえてくる。どうやら先客がいるようだ。

「失礼しまーす……あれ?先生?」

そっと開けた扉の内側は無人───いや、部屋の奥にある白いカーテンで仕切られた空間には誰かいるようだ。

「先生?います?」

控えめに声をかけるとカーテンの奥で人が動く気配。カーテンを開けて現れたのは慎司さんだった。

「あれ?慎に……慎司さん?どうしたの?もしかして体調が……!?」

「そんなに大騒ぎするほどじゃないよ。ちょっと疲れが出ただけだから」

「本当?」

「恋は心配性だね、大丈夫だよ。それより恋はどうしたの?」

「私?そうだった、加奈ちゃん先生いない?」

保健室の主である柳川加奈女史はみんなの頼れるお姉さん的な教諭だ。生徒には加奈ちゃん先生と呼ばれている。

先ほど室内から声がした気がするのだが……。

「いないよ。恋、具合が悪いんでしょ?顔色が悪いよ。横になった方がいい」

保健室にはベッドは3つあり、それぞれがカーテンで仕切られるようになっている。

1つは慎司さんが使っていたようでカーテンが閉まっているが、2つは空いている。

あれ?て言うかもしかして今慎司さんと2人っきり?

「う、うん……ありがとう」

意識をすると急に恥ずかしくなってしまう。赤くなった顔を見られないように俯く。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫っ!ただの……軽い貧血だから」

顔を覗きこまれ、余計に心拍数が早くなる。

なんでもない事をアピールするように歩き出そうとするが、頭がふわりとする感覚に襲われる。

「あ、」

「恋っ」

倒れる、と思った時には慎司さんの腕の中に抱きとめられていた。

「ごめんっ、私重いよね、自分で歩くからっ」

「無理しないで」

珍しく強い口調で諭される。

「……はい」

そのまま抱きかかえられてベッドまで運ばれる。いわゆるお姫さまだっこで。

乙女的には何でもない時なら諸手をあげて喜ぶのだが、つい1か月前まで入院していた慎司さんにそこまでしてもらう事が申し訳なくなる。

女の子みたいに華奢で体が弱かった事が嘘のようだ。

優しくベッドへ下ろされるのだが、何故か慎司さんに覆い被さられる。

それは少しでも動けば触れてしまいそうな距離で。

何故私は慎兄に組み敷かれているのでしょうか!?

「えっと……慎司さん?」

「恋昨日悠太の家行ったんだって?」

「そう、だけど……?」

て言うか慎司さんめっさ笑顔だけど瞳が笑っていませんよね?あれ?

私何かしましたか!?

「何かされなかった?」

「なにか?」

何かと言われても美琴ちゃんの用事とご飯食べた事と悠太の部屋で話した事くらい?

あ、慎司さんの快気祝い!これは秘密にしておかなくては。

「別に何もないよ」

悠太ですから。

「悠太も男の子だよ。勿論僕もね」

「えっと……慎司さん?」

慎司さんの指が私の髪を掬う。

真剣な眼差しに射抜かれ、思わず顔が赤らむ。

なんて自意識過剰だと思いながらも鼓動が速くなる。

「慎……」

「恋」

「な、……!?」

慎司さんは突然私の隣に崩れ落ちるように倒れ込む。糸の切れたマリオネットの様に動かなくなってしまった。

まさかどこかが悪いのか────!?

こういう時はどうすればいい?声をかけて、意識の確認?体は揺すらない方がいいのか?先生は?呼ぶべきだろうか?

声が喉に張り付いて出てこない。

「───、恋?」

名前を呼ばれてはっと気が付く。

慎司さんは不思議そうに私を覗き込んでいた。

「っ!!慎兄っっ!!」

半ば掴みかかるように慎司さんの胸元に顔を埋める。

「え?わっ、恋!?」

「心配したんだからっ!慎兄が……どうしようかと……私っ」

「ごめん。意地悪し過ぎたね」

「慎兄のばかぁ……」

ほっとしたら涙が溢れて止まらなくなる。

「うぅっ……ぐすっ……ぐすっ」

「恋」

そんな私を慎司さんは優しく抱きしめ、子どもの頃そうであったように頭を撫でてくれた。

「ぐすん、泣いちゃってごめんね慎兄」

「いいよ、恋の可愛い泣き顔見られたから。それと……お願い聞いてもらってもいいかな?」

「何?」

「1人だと眠れないんだ。暫く傍にいてくれるかい?」

そう言えば慎司さんも何か用事が───具合が良くないから保健室に来たのだろう。すっかり失念していた。 

「どこか、悪いの?」

「もうすっかり元気だよ。ただ───1人で眠るのが、怖いんだ」

「慎司さん……」










昔から夜は嫌いだった。

小さい頃から身体が弱く入退院を頻繁に繰り返していた僕にとって、眠りにつくという行為は死に等しかった。

一度目を閉じてしまえば、朝になっても再び目覚める事はないのではないかと恐怖に震える。

場所がどこでも───それが病院なら尚更の事、目を閉じるのが怖かった。

暫くなりをひそめていたそれは最近少しずつまた僕を苦しめるようになってきた。

眠れない夜は恐怖を───『眠る』という行為を忘れる為、人の温もりを求める事も多かった。

悠太は聡い子だ。きっと気が付いているだろう。

しかし恋は知らない。知られてはならない。

穢れた僕では恋の傍にいる資格はない。

僕が恋の傍にいるためには『良き兄』でならなくてはならないのだ。











「いいよ」

先程まで慎司さんがしていたように、私はそっと慎司さんに寄り添い背に手をまわす。

「ごめん」

一言だけ呟き、慎司さんは静かに瞳を閉じる。相当無理をしていたのか、すぐに寝息が聞こえ始める。

「慎兄……」

慎司さんにまわしていた腕に少し力を込める。

慎司さんの心の負担が少しでも軽くなるようにと願いながら。










 

「ふわぁ……あー、よく寝た!」

気持ちよく伸びをしながらさっと寝乱れた衣服を整える。気が付くと私を眠りに誘った張本人の姿はない。

「あの野郎……」

生徒の前では見せない様にしている悪態が思わず口から飛び出す。

保健室の天使を自負する柳川加奈は具合が悪い生徒を分け隔てなく受け入れ、去るもの追わずをモットーにしている。

桐谷 慎司が具合が悪いといって現れた時も例に漏れず受け入れたのだが、『1人で眠れない』とベッドに引っ張り込まれたのだった。

「寝ちゃう私も私だけど……」

ベッドから降り、ふと隣のベッドから人の気配がする事に気が付く。自分の隣にいた桐谷が居ないことを考えると隣のベッドに寝ている可能性も───。

そっとカーテンの隙間から覗くと、案の定桐谷と───体操服の少女が一緒に寝ていた。

あまりもの衝撃に頭を抱える。

服を着ているだけましか。いや、そういう問題ではない。

どちらを起こして問いつめるべきか?どちらにしても恐ろしいのだが。

「……ったく、揃いも揃って冴えない顔色して」

起こしにくい事この上ない。

まあ……もう少しくらいなら寝かせてやってもいいか。












「って、下校時間だ!起きろ、馬鹿者ども!!」















 

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